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Only one/10

くるりと振り返った望月の目が白黒している。まるで信じられないというように。 図星か、図星なんだな。 そういうことならと姫井はニンマリ微笑んで、しゅるりとネクタイを解いた。 「なぁんだ、言ってよ。何が僕とはやっていけないだよ。僕たちお似合いじゃん。失恋したもの同士傷の舐め合いも悪く無いよ?」 そう、傷の舐め合いから始まる恋もある。現に姫井が過去付き合った男たちの大半はそれだ。ちゃんと告白から手順を踏んだのなんて、秀一の他にいただろうか。だけどゲイの恋なんてそんなものだ。そうでもしなきゃ出会えない。 ワイシャツのボタンを開けて胸元を緩め、ゆっくりと近づいて行く。心情の読めない無表情の望月の、引き締まった腹にそっと手を這わせると、端正な顔を見上げた。得意の上目遣いだ。 そして、形の良い唇が開き、てっきりイエスの反応が返ってくると思った。 「………そんなやっすい言葉で片付けないでくれる?」 「え?」 「好き?ああ、好きだよ大好きだよ。本人に気持ち悪がられるくらいに俺は桜井 奏真が大好きだよ!!」 「は…えぇ?」 「あの感性!技術!バッハからガーシュウィンまで弾きこなすあの守備範囲の広さに例え体調が悪くても決してミスをしない驚異の集中力と舞台度胸!」 「う、うん…」 「普段ぼーっとしてるくせにピアノに向かった瞬間猛禽類みたいな顔するのも堪らんし時々ちょっと意味わかんないこと言い出す天然っぷりも可愛い!そして救いようの無いバカっぷりはもはや萌える!!」 「ちょ…あの…」 「あの見た目ですげぇズボラなのもギャップ萌えするし本当は優しいくせに俺にだけ妙にツンケンするのとか愛を感じる!そして実は巨乳好きとか肉食系なのがもう本当にツボ!好き!奏真の存在が!!尊い!!!」 「やべぇスイッチ押した………」 姫井がそれに気が付いた時にはもう遅い。元々おしゃべりな望月のよく動く口はもう止まらない。これはもう好きとかそういう次元の問題ではなく、そう言うなれば、どちらかというと崇拝ではなかろうかと姫井は頬を引攣らせた。

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