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Only one/11

姫井曰く「やべぇスイッチ」が入ってしまった望月の語りは止まることを知らない。姫井は帰ってきてからまだ手も洗っていないというのに、胸元を緩めたスーツのまま呆然と立ち尽くす。ピアニストとして奏真を尊敬しているだけならまだしも、この調子だと毛の一本まで素晴らしいと言い出しそうだ。 とはいえ望月も延々と喋り続ける訳ではなかった。喋り続けて喉が渇いたのだろう、手元にあったグラスに入っていた麦茶をグイッと飲み干した一瞬。その一瞬を姫井は見逃さなかった。 「そんなに好きなのに、シュウ君に取られちゃったの悔しくないの?」 毛の一本まで愛していそうな勢いなのに、ひょっこり出てきた男に掻っ攫われて、姫井なら怒り狂うだろう。実際秀一をひょっこり出てきた奏真に奪われてかなり凹んだ。 それなのにこの人は悔しいとか未練があるとかそういう様子は微塵もなくて、寧ろ応援さえしているような雰囲気がある。 とても理解が出来ない姫井に、望月はパチパチと瞬きした後ニッと不敵に微笑んだ。 「俺はね、奏真の恋人になりたかったわけじゃなくて、奏真の一番になりたかったのよ。」 姫井は首を傾げた。 「俺は奏真の一番のファンで、一番の友達になった。いわば一番の理解者だ。だから奏真の唯一は秀一くんに譲った。そしたらどうだ、困った時に頼ってくるのは俺だ。どうだ最高だろ?恋人じゃこうはいかない。」 姫井は納得がいかなかった。 好きなら、全部欲しくならないだろうか。友達なんかじゃ満足できない、一介のファンなんてとても耐えられない。 明らかに顔を顰めた姫井に、望月はケラケラと朗らかに笑う。 「昔流行ったろ、ナンバーワンよりオンリーワンって。でも俺捻くれてっからナンバーワンが良かったのよ。」 その晴れやかな笑顔で、嘘偽りがどこにもないのが付き合いの短い姫井にもわかった。 空になったグラスを下げにキッチンに向かう背中を見つめる。まっすぐに伸びた美しい姿勢、長い手足に小さな頭。艶やかな黒髪は今日もビシッと決まっている。 転がり込んできてから1ヶ月、毎日見ていても毎日感嘆のため息を漏らしてしまうその姿に、姫井はほとんど無意識に言葉を投げかけた。 「オンリーワンには、なりたくないの?」 振り返った望月の表情は無表情だった。ただ瞳の色だけは明るくて、どういう意味かと尋ねるように姫井をじっと見つめ返してくる。切れ長の鋭い視線はとても熱く力強くて、姫井は自然と顔に集まる熱を隠すように視線をそっと逸らした。 「僕のオンリーワンに…してあげても、いいけど。」

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