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第三章 -4

◆◆◆  アマーを出て十五日経った昼。祐貴はついに王都の中心部、シィアに入った。シィアに入ってすぐ、宿を取って荷物を預けた祐貴は城まで足を運んだ。夜行ってもよかったのだが、昼間は観光客などもいるらしく、人に紛れて観察することができる。  シィアに近付くにつれて城の影はちらちらと見えていたのだが、目の前にするとついにここまで来たのだと実感が湧いた。  辺りは想像以上に人が多く、ローブを目深にかぶった祐貴は観光客の一人として完璧にその場に同化していた。城壁に阻まれて中は見えないが、それでも観光客がいる理由は明らかだ。  城壁も白く美しいが、その足元には計画立てて花が植えてあり、ぐるりと囲った城壁を更に囲む堀には色とりどりの魚が泳いでいる。さらに、城のすぐ近くには博物館や学校のようなものもあり、それも人を集める要因のようである。  いつかシッチが城を外から見るだけでも楽しいと言っていたのを思い出す。確かに、立派に観光地の一つとなっている。きっと、シッチ達と一緒に見れたら楽しかっただろう。アイザが連れて来てくれると言っていた。彼は城に出仕していると言っていたから、もしかしたら、いるかも…そんな栓ないことを思い始め、祐貴は慌てて頭を振って思考を切り替えた。  グラッドストンの屋敷にいたのがずいぶん昔に感じる。彼らはもう、祐貴のことなど忘れているかもしれない。悲しいが、それが正しいことであるし、祐貴が望んだことでもある。  ここには観察に来たのだ。一時間近くかけて、祐貴は城の周りを一周した。しかし、解っていたことだが、どこにも隙はない。ただでさえ高い城壁に阻まれているのに、その城壁まで辿り着くにも五メートルはありそうな堀を越えなければならない。三つほどあった橋には、警備だろう人間が数名しっかりと立っている。  やはり、思いつく可能性として、ウィスプの虎に頼るしか―――お金を稼ぐしかないようだ。  本当はもっと早くシィアに入れたのだが、賭場に通っていたためこれだけ日数がかかった。一つの賭場で稼げる額は限られていたので、毎夜、数ヵ所の賭場を梯子した。毎日通っていると顔を覚えられてしまうので、ぎりぎりまで通うと、河岸を移動してまたその近くの賭場を梯子して稼ぐ、その繰り返しだ。  それと同時に、ウィスプの虎の情報もたくさん仕入れた。賭場で、なるべく人の良さそうな人間を見極めてから、話を聞いていったのだ。言われた通り、夜の人間の方がいろいろと詳しく知っていた。  ウィスプの虎は王都の北、ランドックの先にあるウィスプの森に住んでいるらしい。  そのウィスプの森というのが、とても危険な場所だった。何でも、「はぐれ召喚獣」というのがたくさんいるらしいのだ。 「はぐれ召喚獣?」  聞き慣れぬ単語に首を傾げた祐貴に、賭場で出会った男は気さくに説明してくれた。 「はぐれ召喚獣ってのは、命令前に主人を亡くした召喚獣達さ。召喚獣ってのは主人の命令を叶えたらもとの世界に戻るんだけどな」  それは以前、ファイラに聞いたので知っていた。 「契約だけ結んで、命令をする前に召喚主が死んじまったり…命令を遂行することができなくなっちまうことがたまにあんだよ。そうするとな、召喚獣は戻れなくなっちまうのさ」 「戻れない?」 「そう、魔導士は召喚獣の世界とこちらとを繋ぐ扉みたいなもんさ。その魔導士が死んで、戻れなくなった召喚獣をはぐれ召喚獣っつーんだ。そいつらはもう誰の命令も聞かないからな、退治することも難しいから困ったもんだ。でも、やつらはなぜかウィスプの森に集うから、安全なんだけどな。奴らの世界とウィスプの森が似てんのかね?」  ウィスプの森にはアールのような獣があちこちにいることになる。そのため余計に盗賊団のウィスプの虎を捕まえるのが難しいそうだ。  それなら、会いに行くのも無理そうだと言うと、ランドックの酒場や賭場、娼館に行けば会える可能性はあると言う。その男は偽物――どうやら箔がつくとかで法螺を吹く人間がたまにいるらしい――にしか会ったことないらしいが、知り合いがランドックの賭場で虎のメンバーに会ったことがあるそうだ。  その男には礼に酒を奢って別れた。  そうやって虎の情報はもう十分に得たのだが、お金の方はまだまだ半分どころか十分の一もたまっていなかった。勝ち過ぎてはいけないと言ったファイラの助言を守り、一ヶ所で一日五百セルまで、と決めているため、まだ三万程度だ。  普通に働くより――祐貴が雇ってもらえる場所などないのだろうが――断然稼ぎはいいが、いかんせん目標は百万だ。こんなに日が経っているのにまだまだ足りない。  シィアは一番の都会で、賭場の数も今までと比べ物にならないくらいある。一晩のうちに六ヶ所は回ろうと祐貴は決めていた。  祐貴はもう一度、聳える城を見上げた。  ―――早く帰りたい…帰らないと…  寒さに身を震わせながら、祐貴は賭場の近くへ向かった。まだ開く時間ではないが、気が逸る。城を見たのは良かったのか悪かったのか、祐貴の気持ちを奮い立たせた。  その近くの料理店で夜まで時間をつぶし、祐貴は賭場へ駆け込んだ。 「チィ」  二組を告げるディーラーの声が響き、当然のように当てた祐貴は配当金を受け取った。今夜、二軒目の賭博場で、祐貴は目的金額の五百セルを稼ぎ終えた。これで上がって、次の賭場へ、いつもはそうしていた。 「――さあ、入った!入った!」  ディーラーの促す声が響く。男たちが次々と声を上げ、予想を賭けていく。  祐貴は出口へ向かおうとしていた足を止め、テーブルの前へ戻った。 「……オウ!」  声を上げ、コインをテーブルに置く。  もう少し、一ヶ所で稼ぐ額を上げてもいいだろうと思ったのだ。今のとこトラブルは何もない。シィアの賭場はどこも規模が大きく人も多いため、きっと大丈夫だ。  なにより、こんな少額をちまちまと稼ぐだけでは、いつまでたっても帰れはしない。城はもう直ぐそこにある。早くあそこに行かなければ。  それからさらに七回やって四回勝ち、いつもより多めの額を稼いだ祐貴は硬貨を紙幣に両替した。  その受け渡しをしているときだった。 「お、兄ちゃん景気がいいね」  脇から一人の男がニコニコしながら話しかけてきた。無精髭を生やした中年の男は、なれなれしく祐貴の肩に腕を回してくる。酷く酒臭く、酔っ払っているのがすぐに知れた。  こういった輩には関わらないのが一番だ。祐貴は両替商の男から受け取った紙幣を直ぐ懐にしまうと、男の腕から抜け出した。 「おじさんにも恵んでくれよぉ」  そう言う男を無視して、素早く賭場から抜け出す。男は着いてきてはいなかった。  三、四、五軒目でも、いつもより多く稼いだ。だが、誰にも絡まれることもない。大丈夫だった。  このペースで大丈夫なら、もう少しだけ上げても大丈夫かもしれない。  六軒目で同じだけ勝ち、祐貴は無事稼げたことにほっと胸を撫で下ろした。あと二時間くらいで夜明けだ。今日はもう宿に戻ろうと足を踏み出す。しかし、目の前に急に現れた人物によってそれは止められた。 「えっ…?」  暗い夜道、祐貴の目の前には三人の男が立ちはだかるように壁を作っていた。三人とも顔に傷があったりと人相は悪く、どこか淀んだ瞳はすべて祐貴に注がれている。  ―――しまった。  凍えるように寒いのに、ぶわっと汗が一気に噴き出した。逃げろと頭の中で命令が下る。  慌てて振り返り反対側に逃げようとしたが、駆けだそうとした体は直ぐに何かにぶつかった。そして香る酒の臭い。 「あっ」  二軒目で話しかけてきた無精髭の男が立っていた。男は祐貴の腕を酔っているとは思えないほどの力で掴む。 「いっ…」  あまりの痛みに顔が歪む。男はニヤニヤしながら祐貴を見下ろしてきた。そして祐貴の背後にいる三人の男に向かって声を掛けた。 「こいつ、こいつですよぉ、兄さん方ぁ。イカサマ野郎っスよぉ」  明らかに無精髭の男の方が年上に見えたが、男は三人に向かって媚びへつらうようなしゃべり方をする。仲間だったようだ。  三人が後ろから近づいてくる気配がする。 「おーおー、ご苦労ご苦労」 「坊や、ちょっとお話しようか?」 「こっちでな」  各々口を開きながら、祐貴を小突く。そして祐貴はそのまま顎鬚の男に腕を引っ張られ、ずるずると細い路地の方へと引きずられていく。  怖くて声が上げられなかった。しかし、声を上げられても意味はなかっただろう。深夜と言えども賭場のあるここは繁華街で、人はちらほらといるのだ。男たち四人に無理やり連れ去られている祐貴に明らかに気付いている人もいるのに、助けようなんて気配はさらさらない。  路地の地面に叩きつけるように放り投げられ、祐貴は地面に両手をついた。顔を上げようとしたら、その後頭部をがっと踏みつけられ、地面に顔を擦りつけられた。同時に、投げ出された両手の上にも靴が乗る。 「あっ…ぐ…っ」 「ウチのシマでずいぶん儲けたみたいだなぁ?ん?」  頭を踏みつけた男が柔らかな声で言い、その足を祐貴の顔の下に潜り込ませ、つま先で顔を上げさせた。そのまま黙った男たちは、どうやら祐貴の言葉を待っているようだった。  祐貴は勝ち過ぎてしまったのだ。しかし、別にイカサマなどしてはいない。 「……っ今日は、たまたま…運がよくて…っ」  からからに乾いた口を何とか湿らせ、言葉を紡ぐ。その言葉を聞いた男たちは、そろって片頬を上げた嫌な笑い方をした。 「たまたま、ねぇ」 「ほぉ…たまたまで五軒連続で勝つのか。すげぇなぁ」  言葉と同時に、背中に思い切り足が降りてきた。息がつまり、祐貴は咳きこんだ。夕食はもう消化してしまっていたので、せり上がってくるものはなかった。 「ごほっ…ぐっ…ふ…」  酒臭い男が出てきたときから気づいてはいたが、二軒目からずっと目を付けられていたようだ。これだけ勝ちが続いていれば、イカサマを疑われても仕方がないのかもしれない。  しかし、身の潔白を証明するものはないし、たとえあったとしてもこの男たちに通用するとは思えなかった。 「ここらで稼ぎたいのなら、ウチにそれなりの金、納めてもらわねぇとな」  どうやら、男たちはやくざみたいなもののようだ。しゃがみこんだ男が、祐貴のローブからはみ出た髪を力任せに鷲掴む。 「俺たちは優しいからよ、世間知らずのお坊ちゃんにしっかり教育してやるよ!」 「小賢しい真似しやがって!」 「あっ!…ぐっ…」  三人の足が、次々と祐貴の体に振り下ろされる。暴力に慣れていない体は防御することもできず、ただ嬲られるまま痛みを受け止めた。 「っ…いっ…」  ―――痛い。怖い。嫌だ…!  それから降ってくる一方的な暴力に、祐貴は咽び泣きながらもただひたすら耐えることしかできなかった。 「これは授業料としてもらっとくぜ。二度と舐めたまねすんなよ」  どのくらい時間が立ったか解らない。永遠とも感じられた暴行は、リーダー格の男のその声で終わった。四人の男たちは倒れた祐貴をそのままに去っていった。  涙と腫れた瞼のせいでゆがんだ視界に、男たちの背中が小さくなっていくのが見えた。しかし祐貴には言葉を発することも、動くこともできなかった。ただぼんやり頭の中で、ドラマみたいだと思っていた。  しかし、体中の痛みが、これが現実だと伝えてくる。頬は腫れ、口の中の血だまりを吐き出すこともできない。腕や背中は熱を持ってズキズキと疼く。  更に涙が溢れた。授業料、と男が言って持ち去ったのは、祐貴の全財産だ。今まで十数日かけて稼いできた分を丸ごと盗られた。 「……っ…ぅ…うう…っ」  あの男たちを恨めしく思う。だけど、油断し楽観視してファイラの忠告を破った自分の愚かさが情けない。気が急くあまり、勝ち過ぎた。その結果逆に全てをなくしてしまうなど、愚の骨頂だ。  やり直せばいいというものでもない。手持ちはゼロ。リスタートをすることもできない。心臓が絞られるように痛い。 『い…たい…も…い、やだ……』  体を起こす気力すらわかなくて、祐貴は薄れる意識に従って瞳を閉じようとした。しかし、甲高い声がそれを遮った。 「きゃあっ!やだ、大丈夫!?」  女性の声だ。同時にバタバタとこちらに駆け寄ってくる足音がする。ああ、見過ごす人ばかりではないのか、とどこか他人事のように祐貴は思い、今度こそ瞳を閉じた。  もう、遅いのだ。 「ひどい…!ねぇ、大丈夫!?ああ、大変、なんてこと…!」  頬にひたりと温かな手が当てられた。少し触られるだけでも痛いのだが、もう声を上げることもきつかった。そしてなにより、その手の温かさは痛みよりも心地よさを与えてくれる。 「ねぇ、しっかりして!ああ、ここで寝ちゃだめよっ!どうしよう、とりあえず、家に…っ」  女の声はひどく狼狽し、祐貴を心配してくれているのが解る。しかし、彼女の声はだんだんと遠くなっていく。 「…あら?あなた…!あのとき…」  あのとき……?  どこか驚きを孕んだその声を最後に、祐貴の意識は闇に沈んでいった。

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