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第三章 -10

「やっぱりグラッドストン伯は嘘吐きだ。知ってたんじゃないですかぁ、そいつのことを」  そう言って、片眼鏡の男は祐貴を指差す。反射的に祐貴は身構える。  この男は何者だ。アイザも警戒している様子から、味方でないことは解る。でも祐貴のことを知ってる――というか、祐貴を探していた様子だ。  今度はもう一方の壮年の男が、一歩こちらに近付いた。 「言ったはずだ。隠し立てするならば、執行妨害で貴殿も処罰を受けると」  その言葉は祐貴ではなく、アイザに向けられている。 「執行妨害?貴方がたはどう見ても、公務中には見えないが。それでも連れていくと言うのなら、命令書を見せていただこう。いったいどういった理由で、彼を捕縛するのか。国からの…王からの命ではないのだろう」  アイザが苦々しい声で応える。その内容に、祐貴はぎくりとした。  今、捕縛と言った。国からの命令?執行妨害?公務?  彼らは制服こそ着ていないが師団の一員で、祐貴を捕まえに来たのか。導かれた結論に、疑問は抱かなかった。理由は簡単だ。祐貴は城に忍び込んだ賊として、ずっと追われていたのだ。もう二月以上も前のことだが、指名手配されていたのかもしれない。  さあっと血の気が引いていく。そのことが、アイザにもばれたのだ。それなのに、アイザは無条件に祐貴をかばおうとしている。 「ちがっ…違う!この人は今たまたま、ぶつかっただけの人だっ!」  考えるより先に、口と体が動いた。  祐貴は叫ぶように言いながら、アイザの腕から逃れるように体を振った。アイザと知り合いだと思わせてはいけない。アイザの経歴に傷をつけたくない。 「ユ…っ」 「こんな人、俺は知らない!」  驚いたような顔で名前を呼ぼうとするアイザを遮って、祐貴は怒鳴る。ばればれの嘘だと解っていても、とっさに上手い言い訳は思い浮かばなかった。  伸ばされるアイザの腕から逃れ、距離を取る。 「あははははっ!!隊長、聞きました!?グラッドストン伯とは赤の他人なんですってー!ぶはっ…子供だってもっとうまい嘘吐くのに!なーんでフィ様はこんなの連れてこいだなんて言うんだか!」  案の定、片眼鏡の男は爆笑しながら、もう一人の男の肩をばしばしと叩いている。 「うるせぇ黙ってろ、セレン。――お前、おとなしくついてくるなら、グラッドストン伯に処罰は与えない」  隊長と呼ばれた男は、祐貴の方を真っ直ぐ見ながらそう言ってきた。祐貴ははっと息を呑む。 「貴様――ッ!」  アイザが怒気を露わにすると、隊長はふっと皮肉気に笑う。 「まあ、反抗しても力づくで連れていくがな」 「最初から力づくでいいじゃないですかー。僕この前、下位だけど新しい子喚び出したんですよ。使ってみたくって」  そう言った片眼鏡の男は、懐から小瓶を取り出した。それと似たものに祐貴は見覚えがある。召喚獣を入れている瓶だ。つまり彼らは魔導士ということだ。 「待って!行く!ついていくから!」 「ユゥキ、駄目だ!!」  アイザが制するのを遮って、祐貴は二人の男の元に駆け寄った。  召喚獣を出されて勝ち目があるはずがない。もしかしたらアールのように、祐貴の言うことを聞いてくれるかもしれないが、危険な賭けはするべきではない。  連れていかれてどうなるのだろう。処刑されるのだろうか。怖い。だけど、ほかにどうしていいか祐貴には解らなかった。 「…つまんないの」  むすっとした顔で呟く男に、さっと手縄を掛けられた。その瞬間、金属が打ち合う音が高く響いた。  はっと振り返れば、アイザが剣をかざし、それを隊長が短剣で受け止めている。 「…せっかく処罰は与えないと言っているのにな」 「そんなもの!!ユゥキは連れて行かせない!!」  そのまま二人は打ち合い、祐貴は慌てて目の前の男の服を掴み揺さぶった。 「っ!やめろ!やめさせろ!ア…あの人には処罰は与えないって言っただろ!!」 「あれはどう見たって、グラッドストン伯が勝手に攻撃してきてるんでしょー。しかも隊長短剣で不利だし。あれは正当防衛。というわけでぇ」  ぺろ、と舌舐めずりした男は、先ほど取り出した小瓶を掲げた。 「まっ…」 「出て来い、スリーズ!隊長の手助けだ!」  小瓶を奪い取ろうと伸ばした祐貴の手を遮り、片眼鏡の男の声が狭い路地に高らかに響いた。  茶色の大型犬が小瓶から飛び出る。その獣は素早くアイザに向かい、牙を剥く。短剣と牙に挟まれたアイザに逃げ道はない。 「駄目だ!アイザに手を出すなー!!」  お願いだ、言うことを聞いてくれ。藁にすがる思いで祐貴は叫ぶ。  次の瞬間、獣の動きが止まった。開いていた口を閉じ、アイザからふいと離れる。  それに連鎖するように、アイザも、隊長の男も、片眼鏡の男も一瞬目を見開いて動きを止めた。  ガキン、と剣が鳴って、アイザと、対峙していた男の間合いが開く。二人は肩で息をしながら互いを牽制しつつも、意識は祐貴に向けている。 「どういうことだ…」  唸るようなその声は、片眼鏡の男のものだ。ぎり、と歯を噛みしめる音が鳴る。 「スリーズっ!!そのブルネットの男だ!殺せ!!」  男は怒鳴って命ずるが、召喚獣は地面に座り込んで一歩も動かない。祐貴の言葉を聞いてくれたのだ。  祐貴がほっと安堵の息を吐くと、男の鋭い眼光がこちらを向いた。その視線は殺気に満ちている。 「どういうことだ!お前が何かしたのか!」  片眼鏡の男が祐貴に手を伸ばした時だった。  ボンっ、と籠ったような破裂音と共に、視界が全て白に染まった。 「っ!!」 「何だっ!?」  何が起こったか解らずに、全員が驚きに包まれる。  煙たさに白い物が煙だと言うことだけは解るが、目の前にいた男すら見えない。煙が目と肺に入り込み、涙が滲み、咳が零れる。 「―――っうわっ!!」  急に背後から腹のあたりを引かれ、祐貴は驚きの声を上げた。 「わ、何…っわ、わ、わ…!」  そのままぐっと体が宙に浮き、祐貴は焦る。どうやら誰かに抱えられたようだ。 「なに、誰…!?」 「ユゥキ!?」  アイザの心配する声だけが聞こえる。つまりこれはアイザではない。 「口閉じてろ、舌噛むぞ」 「え?」  見知らぬ声が聞こえ、祐貴は戸惑った。しかし、誰だと追及するより早く、がくんと体が大きく揺れ一気に上昇した。 「――――――ッ!?」  声のならない悲鳴を上げ、祐貴は目を閉じ歯を噛みしめ衝撃に耐える。  再び体が大きく揺れた後、やっと上昇は止まった。 「な…に…」  恐々と目を開けば、煙はもうない。そこは、高い建物の屋根の上だった。眼下に、先ほどまでいた場所が見える。そこはまだ少しけぶっていて、うっすらと三人分の影が見える。  屋根の上にいるとはいっても、祐貴の足は宙に浮いていた。祐貴は自分を抱えている人間をそっと見上げ、固まった。 「お前…っ」  祐貴を小脇に抱えた人間は、祐貴と目が合うとにやりと笑った。その顔は、野生の肉食獣に似ている。  忘れもしない。その深い緑の目。  祐貴を捕らえ、売り払おうとした男たちの仲間だ。恐怖と屈辱が身の内に蘇ってくる。 「覚えていたのか」 「なんでお前が…っ」  声を上げると口を塞がれ、米俵のように肩に担ぎ直された。 「とりあえず、先に移動だ。あいつらに顔見られたらめんどくせぇし」  そう言って、男は祐貴を抱えたまま屋根の上を走り出す。 「離せっ!」  腕は縛られているため、祐貴は脚をばたつかせ暴れた。しかし、その脚もあっさり抑え込まれ、さっと縄で結ばれる。そんな作業をしながらも、男は何もないように淀みなく走り続ける。 「離せって!アイザ!アイザぁ!!」  あの二人の師団員の元にアイザだけを取り残せば、何をされるか解らない。今、この賊の男に連れ去られる恐怖より、アイザに関する不安の方が大きくてたまらない。  男は屋根から屋根へと渡り走る。先ほどまでいた場所はどんどん遠ざかっていく。  意味はないと解っていたが、祐貴はひたすら声を上げ続けた。  祐貴が投げ込まれたのは、宿の一室だった。窓から部屋に入り、ベッドに体を下ろされる。背中に当たる感触は柔らかく、いつも祐貴が泊まっていたような簡素な場所でなく、それなりにいいところだと解る。 「…離せっ!離せって言ってるだろっ!」  罵倒の言葉が見つからず、祐貴は自分を抑えつけている男を睨みつけた。 「うるせぇ……中身は微妙だな」  男は呆れた顔で祐貴を見下ろしながら、舌を打つ。 「離せ!アイザ…っ!」 「アイザ……あれか、さっきのグラッドストン伯のことか」 「アイザ…アイザが殺されたらお前のせいだっ!」  男に怒鳴ると同時に、その可能性を考えてしまった祐貴は目頭を熱くした。相手は二人、しかも魔導士だった。アイザはきっと、祐貴とのつながりを否定してくれない。殺されなかったとしても、犯罪者をかばったとして何らかの処分が下される。 「…アイザ…」  男から目を逸らし唇を噛むと、男に顎を掴まれ、顔を覗きこまれた。 「……その目はやっぱりいいな」  祐貴にと言うより、自らに対する確認のように男は呟く。 「あの男が心配か?」 「………」  応えない祐貴に、男は鼻で笑った。 「グラッドストン伯が殺されることはないだろ。国師団の奴らは極秘任務らしいからな。貴族院の奴を殺すなんて下手な真似は絶対にしない。まあ、お前があそこでグラッドストン伯にしがみついて離れないとなれば話は別だろうが」  淡々と語られる言葉に、祐貴は安心よりも疑問が勝った。  この男は何を知っているのだろう。アイザが殺されないという言葉を信じていいのだろうか。 「どういうこと…?」  そのとき、部屋の扉がどんどんと音を立てた。同時に、少年の声が聞こえた。 「ヴェダさん、戻ってる?」 「ああ、入れ」  男は訪問を知っていたようで、扉の方を向く。祐貴もそちらに視線を遣った。  開かれた扉からさっと中に入ってきたのは、声の通り幼さの残る少年だった。だいたいシッチと同じくらいだろうか。眉がきりっとした活発そうなその顔は、にこやかだ。ただ、走ってきたのか、呼吸が少し上がっている。 「どうだった?」 「うん、その人がいなくなったのがわかった途端、国師団の奴らスキッピオのとこ乗り込んでた。ヴェダだってばれてないみたい」  男に促されるまま報告をする少年の言葉に、祐貴は目を見開いた。この少年も先ほどまでのあの場所にいたのか。 「もう一人男がいただろう。そいつは?」  男の訊ねる声に、祐貴はどきりとした。それはアイザのことだろう。思わずじっと少年を見てしまい、その視線に気づいた彼は少し怯えたようにたじろいだ。 「え、えっと、グラッドストン伯だよね。国師団がいなくなった後すぐ酒問屋の息子と近衛師団が三人くらい来て、無理やり連れて帰ってたよ」 「怪我はしてない!?大丈夫だった!?」  ベッドから落ちそうなくらい体を乗り出した祐貴に、少年は困った顔で一歩下がる。 「疲れてはいたみたいだけど、目立った場所に怪我はなかったよ。血も出てなかったし」  その言葉に、祐貴は大きく息を吐いてへたりこんだ。目に溜まっていた涙が、ポロリと零れた。 「ご苦労だったな」 「まいど。俺も使えるでしょ?ルークスばっかじゃなくて俺も贔屓してよ」  少年はそう言うと、男から紙幣を数枚貰って部屋を出ていった。  ぱたんと閉じられた扉の音に、祐貴ははっとして目元を拭った。とりあえずアイザが無事だったことはよかった。しかし。  男が扉の方から振り返り、祐貴の元へ戻ってくる。  まだ、今のこの状況がどういったものか理解できていない。安心はできなかった。

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