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第四章 -11

「なんだよぉ…俺の思いこみかよ」  どこか恥ずかしそうに、だけど嬉しそうに呟くエラーの隣で、ヴェダは黙ったまま考え込んでいた。  ユウキはウィスプの虎を嫌っていた。あくまでも仕方なくここにいるのだ。エラーはそんなユウキをするどく感じ取っていた。  しかし、そんなユウキがウィスプの虎のために起こしたという行動。今までヴェダがひしひしと感じていたユウキからの好意から考えれば、あり得ないとも思えない。ウィスプの虎の所業を目の当たりにしたときユウキが好意をなくすかもしれない、という考えは杞憂でしかなかったようだ。  そしてヴェダはそのユウキの動機に安堵を覚えると同時に、その過程が気になった。 「でも、はぐれ召喚獣を従わせるなんてホントにできんの?」  エラーはしきりに首を傾げる。  そう、ユウキが召喚獣を従わせることができるという情報、ヴェダはその真偽を知りたかった。 「実際、村に入り込んだ召喚獣の動きを止めたのはユゥキだ。あいつ自身ができると言ったそうだ」  ファイエットは笑い混じりに応える。俄には信じがたい話だが、現実主義のファイエットの顔は決してユウキの言葉を疑っていない様子だった。  ヴェダもいつもなら一笑して信じないだろうが、ユウキが魔導院に追われていた理由はそこにあるのでは、と思えば、否定はしきれない。ファイエットも同様なのだろう。 「でもさ、でもさ、それって……最強じゃねぇ?」  やや興奮気味のエラーの言葉に、ヴェダは内心頷いた。そうだ。本当にすべての召喚獣を従わせることができるのならば、魔導国師団だろうと近衛師団だろうと、束になろうが敵わない。  その可能性に、ヴェダはぞくりと悪寒がした。  ヴェダがさらに思考を凝らそうとした時だった。部屋の扉が開き、話題の中心人物がひょっこりと顔を出した。 「ヴェダ、持ってきた…あ…」 「ああ、ユゥキか。飯取りに行ってたのか」 「ああ、うん…」  ユウキは鍋と器を抱えていて、声を掛けてくるファイエットの存在に少し驚いておずおずと部屋の中に入ってきた。それから、エラーが起きていることに気付き、そちらをみて明らかにほっとした表情を見せた。 「二人分、もらってきた」  ユウキは近くのテーブルに鍋を置くと、いそいそと器に注ぎ始める。おいしそうな匂いが部屋に充満した。  ユウキに差し出されたお椀を受け取り、ヴェダはさっそくそれに口をつけた。ユウキには訊きたいことがたくさんあるが、とにかく腹も空いていた。 「はい」 「お、おう」  エラーはどこかぎこちなく、ユウキの差し出す料理を受け取る。ついさっきまでユウキに対して拗ねていたのだ。すぐに素直になるのも気まずいのだろう。  ユウキはそのままヴェダのベッドのすぐ側に座り、何を言うでもなくただじっと料理を食べるヴェダを見てくる。 「ユゥキ、お前召喚獣に命令できるって本当か?」  料理よりもそちらが気になるのか、エラーが訊ねる。ヴェダは食事の手を止めないままユウキに意識だけを向ける。ユウキは訊ねたエラーではなく、ヴェダをちらちらと気にした様子で見ながら頷いた。  その顔は少し思いつめているようでもあり、真剣だった。どこからどう見てもユウキは普通に転がっていそうな人間であり弱そうだが、その瞳に宿った光は説得力を持っていた。本当に召喚獣を統べてしまいそうな吸い込まれるほどの黒色。 「すげぇ!お前なんでそんなことできんの?お前、魔導士だったのか?ちょっと召喚獣喚び出してみろよ!」  エラーは興奮しきってユウキに食ってかかる。ユウキはその勢いに押されたように口を何度か開閉させながら「いや…」とどもり、無意識だろうがヴェダに助けを求める視線を送ってくる。  ヴェダはふぅ、と息を吐くと、急いでシチューを掻きこんで器を置きベッドから出た。 「あ、ヴェダ?」 「おい、もう立って大丈夫なのか?」  質問責めが中断され、エラーとファイエットが心配そうな声をかけてくる。ヴェダはしっかりと自分の脚で立ち上がると、上着を取って部屋の出口へと足を向けた。 「今は痛みはないし、やられたのは腕だ。自分の部屋に戻る。この部屋のやつ…ああ、マルトか、ベッド奪って悪かったと言っておいてくれ」 「そうか。あとでまた痛み止めを持っていく」 「ああ」  ファイエットの言葉に頷き、ヴェダはユウキを振りかえった。 「ユウキ、来い」  そう言えば、ユウキはぱっと表情を明るくさせていそいそとヴェダの後を付いてきた。 ◆◆◆  ヴェダはかなり元気そうだ。彼の後ろについて歩きながら、祐貴は思った。 「ヴェダ、もう歩けるのかよ!回復はえーな!」 「ああ、心配掛けた」 「お、頭!元気そうじゃん」 「わりとな」  ヴェダの存在に気付いた者たちが次々と声を掛けてきては、ヴェダがそれに応える。ここへ初めて来た時と似たような光景だが、今回は祐貴も言葉の応酬に巻き込まれた。 「おー、ユゥキ。ヴェダにひっついちゃってまぁ、仲のいいことで」 「ユゥキ、昨日の暴れっぷりすごかったな!お前のおかげで助かったぜ!」 「ほんとほんと、ユゥキ様様だな」  面映ゆく、祐貴は顔を伏せた。なんと応えていいか解らない。向けられる視線はいつもと同じからかうものもあったが、祐貴に対する感謝の念が素直に込められている。それを、祐貴は確かに嬉しく感じていた。  いつも寝泊まりしている部屋に到着すると、ヴェダは直ぐにベッドに腰掛けた。大丈夫だとは言っていたものの、まだ一日も経っていない。体はきついのだろう。 「訊きたいことがある」  ヴェダは側に立ったままの祐貴を見上げながら言った。  祐貴は頷く。訊きたいことがあるということも、その内容もだいたい解っている。 「とりあえずお前も座れよ」  促され、祐貴はヴェダの隣に座って次の言葉を待った。 「あー…まず、あれだな。召喚獣のこと」 「うん…召喚獣を従わせることができるっていうのは、さっきも言ったけど…本当だ。でも、俺は魔導士じゃない」  祐貴は考えながら慎重に言葉を紡いでいった。 「今まで召喚獣に出くわした場面が何回かあるけど、その全てが俺の言葉通りの行動をした。この前まで偶然が重なっただけかと思ってたけど…昨日、あのはぐれ召喚獣に対面して確信した。確信したっていっても理由はないんだけど、でも、絶対だ」  理由はない、でも絶対。思えばちぐはぐなことを言っているが、これが真実なのだ。 「ふーん…」  ヴェダは祐貴の言葉を信じているのかいないのか解らないような軽い相槌だけを打つ。 「お前が魔導国師団に追われている理由はそこにあるのかもな」  そう言われて初めて、祐貴はその可能性に気付いた。今まで城に入り込んだ賊として追われていたとばかり思っていたが、よくよく考えれば何カ月も前に忍び込んだだけの者をあれほど執拗に追いかけることはないのかもしれない。  ならば、魔導国師団の連中は、祐貴のこの力の理由を知っているのかもしれない。 「いや、でも…片眼鏡の男は、俺が召喚獣を止めたことに驚いてすごく怒ってた…」  祐貴が自問自答していると、隣のヴェダが心底楽しそうに笑った。 「ああ、あのときか。やたら喚いてると思ったが…セレンの召喚獣も従えたのか?そりゃあいい、ざまぁねぇな」  ヴェダはひとしきり笑ってから、そのまま楽しそうな顔でユウキを見た。 「お前の力が本物なら、やってほしいことがある」 「なに」 「ウィスプの森に住むはぐれ召喚獣を使役する。そうすりゃ村の出入りはかなり楽になるし、戦力も手に入る。ひとまず一匹、捕まえてみてぇな」  ヴェダの言葉は想定内だ。力のことを話せばこうなることは解っていた。祐貴は迷うことなく頷いた。 「わかった。やってみる」  真面目な顔の祐貴に、ヴェダはすっと目を細める。 「ところで……昨日、はぐれに対峙して初めて確信を得たって言ったな?」 「うん」 「なら、なんでその前に大物だって解っていて向かって行った?そのときは勝てる確証なんてなかっただろ」  それまですぐさま返答していた祐貴は、初めて答えに詰まった。訊ねてきたヴェダはにやっと笑っていて、すでに答えを知っている顔だ。あえて、祐貴に言葉として言わせたいのだろう。解っていたが、意地が悪い。 「それは…」  素直に言うのは恥ずかしく、悔しい。だけど、祐貴はもう腹をくくっているのだ。ぎゅっと膝の上で拳を握りしめると、ヴェダのにやけ顔から顔を逸らし、口を開いた。 「勝てる、勝てないなんて考えられなかった。とにかくヴェダ…たち、を、傷つけたあいつを倒したい一心だった」  祐貴は思い切って顔を上げると、愉しそうな緑の瞳を真っ直ぐ見据えた。 「俺、もう決めた。ここにいる限り、盗みだって殺しだってする。お前らと同じものになる」 「お前の場合、良心が邪魔してできねーんじゃねぇか?」 「できる」  確かに良心が邪魔して線引きをしていた。しかし、そんなウィスプの虎のメンバーはすんなりと祐貴を受け入れてくれた。それが心苦しかった。エラーに突き放されたとき、確かに哀しみを感じていたのだ。嫌いになりきれなかった。  心苦しさは良心を越えた。  そして、何より。ヴェダを護りたいと思った。ヴェダを傷つけるくらいなら、盗みだろうが殺しだろうがやってのける、そんな覚悟が祐貴にはあった。  じっとヴェダを見つめていると、ふっとその瞳に呆れが現れた。ヴェダは大きく息を吐き、楽しそうな笑みをどこか嘲るようなものに変えた。 「お前、ほんと俺のこと好きだな。頭おかしいんじゃねぇの?自分で言うのもなんだけど、惚れる要素なんてまるでなかっただろ」  ヴェダは祐貴が言葉にしなくとも、祐貴の覚悟の要因がヴェダへの思いからきていることを悟っているようだ。 「う、うるさいな!」  恥ずかしさから頬を赤くし祐貴は怒鳴ったが、ヴェダのことが好きだということに対しては肯定も否定もしなかった。  そんな祐貴を眺め、ヴェダは不意に柔らかく笑んだ。初めて見る表情に、祐貴は目を丸くする。 「その決意が嬉しいって思うくらいには俺も絆されてるってわけだ」  ぼそりと呟いて、ヴェダはぼすんとベッドへ背中を倒した。  聞き取れなかった祐貴が首を傾げる。しかし、聞き返すより先に部屋の扉が激しくノックされ、ヴェダが素早く起き上がる。 「入れ」  鋭い声が飛ぶと、すぐに扉が開き、ケントが飛び込んできた。祐貴もそちらに視線を向ける。 「よぉヴェダ、起きたばっかりのとこ悪ぃな。シィアからの連絡があった。討伐隊が出るらしい」  苦笑しながらのケントの言葉にヴェダは顔を歪めて舌打ちし、鋭く命じた。 「すぐに今いる全員集めろ」  そう言って、入ってきたばかりの部屋から出ていく。祐貴は慌てて後を追った。ヴェダはケントと並んでまっすぐに集会所を目指す。 「いつだって?」 「貴族連中に発表された日付は明後日」 「なら明日か」 「だろうな。今は手薄だからな…ったく、卑怯な連中だぜ」  ぽんぽんと交わされる会話を、祐貴は事態を把握しようとじっと聞いていた。  討伐隊、と言っていた。王都内で聞いた話だと、たしかウィスプの虎は何度も討伐隊を撃退しているという話だった。それにしては、ヴェダの顔は渋い。  歩いている間に会ったメンバーには、ケントが短く「集会だ、全員集まれ」と告げていった。それは伝播していって、すぐに村の中にいる者たちが集会所へと集まってきた。最後にファイエットがエラーを連れて入ってきた。  一番奥の指定席についたヴェダの隣に祐貴も腰掛ける。 「ケント、説明」  ヴェダが顎をしゃくってケントを促すと、ケントが立ち上がりやや大きな声で説明を始めた。 「ああ、さっきディードから伝達が来た。魔導国師団がウチが手負いだって情報を手に入れたみたいだ。んで、また討伐隊が出るらしい。くるのは多分、明日」  集会所がざわつく。誰もが顔を顰め、悪態を吐く。 「ヴェダ、お前まだ無理だろう?」  気難しい顔で腕を組んでいたファイエットの問いかけに、ヴェダが頷く。 「ああ、流石に明日までに回復は無理だろうな。走りまわったり闘ったりはできねぇ」 「エラー、バース、エディア、カードル、サイル、こいつらも戦力にはならんな」  ファイエットは言いながら、その者たちを見回す。それは昨日怪我を負った者たちだった。もう起きて動くこともできているみたいだが、確かに全員顔色はまだよくない。 「シィアに出てる五人も、明日までに呼び戻すのは無理だろうな」  ファイエットが苦々しくそう言ったところで、祐貴はやっとヴェダの渋い顔の理由を知った。平常時より人員が十一人少ない。それだと討伐隊を撃退するのは厳しいのかもしれない。 「討伐隊の構成は?」  そのファイエットの問いかけに応えたのはケントだった。 「それはライトから情報が来た。第一連隊、五人だと。これは確かな情報だ」  その知らせに、祐貴は少し肩すかしをくらった気分になった。五人程度なら、どうにかなるのではないだろうか。しかし、祐貴とは違い、周りの者たちは一気に顔を顰めた。 「ということは…確実に隊長とセレンが組み込まれてるだろうな」  ぽつりと誰かが呟いた言葉は全員が思い至ったことらしい。大勢で来ないということは、少数精鋭ということだ。隊長とセレンといえば、祐貴を捕まえようとしたあの二人だ。あの二名はよほどの手練なのだろう。祐貴も思い出した。あの片眼鏡の――セレンは、攻撃的で怖かった。 「まあ、やれるだけやるしかねぇな」  部屋に沈黙が落ちたが、ヴェダがそれを破った。 「村の場所を悟られないことが大事だ。森の中で討つ。無理だと判断したらひたすら逃げる。とりあえず一日凌げればいい。あいつらも何日もこの森にいたくないだろうからな」  ヴェダの言葉に全員が神妙に頷く。 「―――ヴェダ」  祐貴はヴェダを呼んだ。小さな声だったが、静かな部屋には思いの外響き、全員の注意を集めてしまった。  祐貴が今この場で発言するとは思っていなかったのだろう。ヴェダは少し驚いた顔で祐貴を見た。祐貴は多くの視線に気押されながらも、気持ちを奮い起こして口を開いた。 「俺がやる」  ヴェダの目が見開かれるのを見つめながら、祐貴は考える。  相手が魔導国師団だというのなら、召喚獣を使ってくるだろう。そして、このウィスプの森にはたくさんのはぐれ召喚獣がいる。祐貴の力があれば、すぐに片が付くはずだ。  そんな祐貴の思考を悟ったのか、ヴェダは少し難しい顔をした。 「できるのか?」 「できる……やる」  祐貴は力強く頷いた。先ほど言った決意が口先だけのものではないと示す機会だ。  決意の籠った祐貴の瞳に、ヴェダはくっと笑うと、頷いた。 「そうだな…お前に懸けてみるか。お前の決意がどれほどのものか」 「……ちょっとちょっと、どういうこと?」  すぐ側にいたジーンが訝しげな顔で首を傾げる。どうやら、祐貴の力の話はまだ全員に伝わってはいないらしい。 「よし、今からユウキを中心に作戦を立てる。地図を持って来い!」  ヴェダは一際大きな声でそう言うと、祐貴の力とそれを活かした作戦を皆に説明していった。

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