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第四章 -13

 明朝早くから、戦力になる者ならぬ者関わらず、ウィスプの虎のメンバー全員は村の外へと出払った。数人ずつのグループに別れ、森の入口付近に様々な仕掛けを施し待機する。村の位置を悟られず、魔導院を追い返すのが一番の目的だ。  祐貴は奴らが一番現れる可能性の高い場所に潜んでいた。獣道から外れた少し小高くなった岩影にヴェダとジーンと共にいる。 「お前は最終兵器だからな。姿だけは絶対に見られるなよ」  ヴェダの言葉に祐貴は頷いた。  今日討伐にやってくる者たちのうち、二人は祐貴も知っている人間のはずだ。もともと祐貴を探し捕えようとしていたのだ。ここに祐貴がいることを知られるのはまずい。祐貴は被っているローブの裾をぎゅっと引っ張った。  そのまま、祐貴たちはじっと待った。会話はなく、いつもふざけた雰囲気のあるジーンも真剣な顔で辺りに注意を払っていた。  魔導士たちに存在を気付かれず、彼らの召喚獣に言うことを聞かせる。祐貴が一言、「森から出て行け」と命じるだけで、むこうの戦力はゼロに近くなるのだ。祐貴は自分の役目を何度も何度も言い聞かせながら、手をきつく握りしめた。  森は、何かを悟っているかのように静かだった。普段聞こえる獣の声もまるでない。  その静寂を、鈴の音が遮った。  リィィィン、と響く細い鈴の音は、敵が来たことの合図だ。魔導院を見かけたら鳴らす手はずになっていた。 「やっぱり今日来たか。ったく、朝っぱらから卑怯なことで」  ジーンが苦笑しながら、手に弓を携える。 「ギリギリまで待て。一撃で致命傷を与えろよ」  負傷した腕では弓は引けず、ヴェダはいつも通りのナイフを持つだけでジーンに命じる。心得たとばかりにジーンは頷く。  やがて、がさがさっと葉擦れの音が遠くに聞こえ、だんだんと近付いてきた。ヴェダが岩影から僅かに身を乗り出し、目を眇める。 「二人、と……五匹だな」  その言葉に祐貴もそちらに目をやる。少し離れた場所に、黒いローブをまとった男が二人確認できる。その周りにはカラフルな異形の獣たちが五匹、確かにいた。召喚獣だ。  どうやらその男たちは、祐貴が鉢合わせたあのリズ、セレンどちらでもないようだ。きょろきょろとあたりを見渡すことなく、男たちは真っ直ぐとこちらに進んでくる。  ジーンは無言のまま弓をつがえ、そっと構える。狙いはもちろん、魔導士の方だ。  一歩一歩、近付いてくる。姿がはっきりと見えてくる。  ふと、男たちの前を歩いていた赤い毛並みの犬型の獣が動きを止め、首を巡らせた。それに気付いた片方の男――たぶん、その召喚獣の主なのだろう――が、さっと腕を上げてもう一方の男の歩みを止めた。 「待て」  言われた方は素直に動きを止め、犬の獣に注意を注ぐ。召喚獣はすん、と鼻を鳴らした。その反応を見た男は、口角を上げた。 「――近くにいるぞ」  静寂の中、男の声は祐貴たちにも届いた。その内容に祐貴たちがぎくりとする間もなく、男は続けて命じた。 「行け、サライア!マーシとロールも続け!殺すな、生け取って連れて来い!」  声と同時に、犬型の獣――サライアが草木をかきわけて駆け出す。その後ろをそれよりも小さい猫のような赤毛の獣が二匹、付いていく。  三匹は、まっすぐにこちらに向かっていた。気付かれたのだ。 「ちっ…」  ジーンは慌てて獲物をナイフに持ち替えた。ヴェダも祐貴を自分の後ろに押しのけて構える。  居場所を察知されたのは痛いが、召喚獣のみが向かって来ているこの状況は、まぎれもなく好機だ。祐貴は乾きそうになる口の中を必死で湿らせて、ものすごい勢いでこちらに向かってくる獣たちを見据えた。  サライアが大きく跳躍した。 「来る」  飛び跳ねた巨体は、岩を飛びこえ祐貴たちの背後に降り立った。と、同時に、ヴェダが祐貴を横に跳ね飛ばす。 「っ…!?」  何が起こったか理解できないままの祐貴の耳に、キンっと刃物がぶつかる音が響いた。  祐貴は慌てて体を起こす。見ればヴェダが倒され、上からサライアが圧し掛かって牙を剥いている。その牙をヴェダはナイフで受け止める。しかし、力の差は歴然だった。明らかにヴェダが圧されている。  ジーンの方も、二匹の猫が飛びかかってくるのをかろうじて避けている状態だ。 「ユウキ!」  ヴェダに名を呼ばれ、祐貴は我に返って叫んだ。 「や、やめろ!全員止まれ!」  その声に、獣たちの目が見開かれ、全ての動きが止まった。祐貴はドキドキとなる胸を押さえてほっと息を吐き、きっと獣たちを睨んだ。 「動くな。ここで、大人しくしていろ」  獣は三様に座り込み、命令通り攻撃の手を止めた。 「っし、楽勝じゃん」  ジーンがヴェダを立たせながら祐貴に笑いかける。祐貴はそれにぎこちない引き攣った笑みで返した。 「なんだ!?サライア!!」  静かすぎることですぐ異変に気付いたのだろう。魔導士たちは残りの召喚獣を引きつれてこちらへ走ってくる。 「魔導士も一緒はめんどくせえ…ユウキ、使え」  こいつら、と、ヴェダは先ほどの三匹の召喚獣を顎で示す。 「そうだな…確か、主は傷つけられないんだったな。魔導士連れて森の外に出るようにでも命令しろ」  祐貴はすぐさま頷くと、早口に命じた。三匹の獣たちはさっと立ち上がり、来た時と同じように駆け出した。 「うわっ!?なんだ、どうしたっ!!やめろっ!!」  すぐに主のもとに戻ったサライアは、主の命を無視してローブを銜えようとする。他の二匹はもう一人の男に同じように覆いかぶさった。 「どういうことだっ…パール、ドミアっ!止めろっ!!」  魔導士は困惑の中、残りの召喚獣、馬とライオンの姿に似た獣に鋭く命じる。残る二匹は主たちを連れて行こうとする召喚獣に襲いかかっていった。 「ぐぉぉっ!」 「ぎゃあああっ!!」  相反する命を受けた獣同士が激しく争う。とてつもない迫力だった。  その最中から転がり出た魔導士たちは、ローブを引かれ首が締まったのか激しく噎せながら争いから遠ざかろうと這いだす。  ジーンはその隙を逃さなかった。  獣たちが駆け出すと同時にすでに同じ方向へ向かい始めていたジーンは、魔導士たちが立ち上がる前に片方へ飛びかかってナイフで頸を裂く。  ばっと血が飛び散る。 「……っ!」  しかし、相手もそれなりにやるようだった。ナイフが届く寸前に首を巡らせ、致命傷は避けたようだ。 「ちっ…浅かったかっ」  ジーンが今度こそとナイフを繰り出したとき、もう一方が慌てて叫ぶ。 「パールっ!この男を捕えろっ!」  すぐにライオン型の獣がジーンに襲いかかろうとする。ジーンは急いで男から退き、後ろへと飛びずさる。 「サ、ライア…マーシ、ロール、戻れ…っ」  頸を切られた男は懐から瓶を三つ取り出すと、掠れた小声で命じる。すっとその瓶に吸い込まれるように、三匹の獣の姿がその場から消え去った。それと同時に、その男はぱたりと意識を失ったようだ。 「ドミアも行け!」  フリーになったもう一方の馬の召喚獣も、ジーンへと向かってくる。 「おおっと、調子乗りすぎた!?―――っぐ!!」  ジーンの体が馬のような獣の脚に弾かれ、離れた地面へ叩きつけられる。そこへライオンの爪が襲いかかる。ジーンは転がりその手を避けた。 「てぇ…っそ、うそう簡単にやられるかよ!」  その後もジーンは器用に獣たちの攻撃を避けている。召喚獣を二匹も相手にして避けられるのは流石だが、ギリギリの線だ。すぐに捕まるだろう。  祐貴は叫びそうになるのを堪え、その姿を岩影から見ながら手に汗を握っていた。 「矢尻を下げて、少し上向けろ」  後ろから掛けられるヴェダの声に、祐貴は従う。  祐貴はまだ立って召喚獣に命じる魔導士に弓を向けていた。ジーンがおとりとなり、召喚獣を引きつけているうちに攻撃しなければならない。ヴェダは弓が引けない。祐貴がやるしかなかった。  弓を引くのは初めてではない。一度だけエラーに指導を受け練習したことがあった。しかし、あのときは木の板に向かってだった。獲物――それも人間に、矢を向けるのは初めてだった。 「思いっきり引き絞れ」  ぎゅっと力を込めた手は、背後からヴェダが支えてくれているにも関わらず震える。 「震えても気にするな…獲物より上を狙って…」  祐貴はひとつ頷く。致命傷を与えないといけない。殺すつもりでかからないといけない。その覚悟はとうにできている。  祐貴は弓を放った。しゅっと祐貴の耳を擦って、矢が飛ぶ。 「ぐっ!!」  魔導士は呻き声を上げ、膝をついた。矢は魔導士の腕に突き刺さっていた。  それを確認するや否や、祐貴は弓を投げ出して岩場から駆け出した。急いでジーンの元へ向かう。早く、声が届く範囲へ行かなければ。  大声で叫ぶ。 「動くなぁっ!!」  必死の声は、すぐに届いた。獣たちは人間より聴力が良いのかもしれない。  召喚獣が動きを止めたことを察知したジーンは、膝折れた魔導士が驚きを持って祐貴の方を向く前に、素早く頸に手刀を叩き込んだ。魔導士の体が力を失い倒れる。  そのそばに、ジーンも力尽きたように座りこんだ。 「ジーン…!」 「おー、ユゥキやっぱすげぇな。見ろよ、召喚獣固まってんの。おもしろい」  はぁはぁと息を切らしながら寄ってきた祐貴に、ジーンはははっと笑いながら声を掛ける。その腕と頬には血が滲んでいた。やはり無傷とはいかなかったようだ。 「怪我」 「ああ、こんなの擦り傷だって。それより、こいつらどうする?」  その質問は、祐貴を通り越して後ろに掛けられていた。 「殺す」  短い答えに振り返れば、ヴェダが来ていた。その手にはまだ血を吸っていないナイフが煌めいている。祐貴は倒れた二人の魔導士を見た。この二人は今から死ぬ。その誘因の一つは祐貴にある。  ヴェダは気を失っている魔導士の側でしゃがみこむと、ナイフを頸に向けた。怪我を負っているとはいえ、裂くくらいはできるようだ。  ぐる…、と召喚獣が鳴いた。祐貴ははっとそちらを向いた。そうだ、今残っている二匹はこの魔導士が使役しているものだ。主に手を掛けられてまた攻撃してくるかもしれない。祐貴はそんなことがないよう見張っていたが、ヴェダのナイフが頸に当たったとき、召喚獣の瞳は煌めいた。そこにあるのは哀しみでも憎しみでもない。  ナイフが食い込み、ビクリ、と魔導士の体が揺れた瞬間――彼の命がこと切れる寸前、急に祐貴の目の前から二匹の召喚獣の姿が消えた。 「えっ…!?」 「あれ?」  祐貴とジーンが目を丸くしている中、ヴェダだけは淡々と、もう一人にも手を下す。呻き声もないまま、もう一名も絶命した。 「契約を終えたんだろ」  ナイフについた血を払いながら、ヴェダが言う。そこで祐貴は思いだした。  以前ファイラが言っていた。大抵の魔導士が「命が尽きる寸前まで側に仕え命令に従うこと」を命じると。 「そうか…還った、のか…」  祐貴が納得していると、ジーンが立ち上がって埃を払った。それを見ながらナイフを仕舞ったヴェダが口を開く。 「行くぞ。向こうのルートにリズ達がいる可能性が高い」 「そうだねぇ。こっちはいつも以上にすんなり上手くいったけど…」  ヴェダの言葉にジーンが頷く。途切れたその言葉の続きは、『苦戦しているかも』だろう。  向こうとは、祐貴たちがいた場所の次に、通りそうなルートのことだ。そこにも数人のメンバーが罠と共に張っている。  この場はなんとかなった。しかし、それは祐貴がいたからだ。早く、他のメンバーの元へ行ってサポートしなければならない。  走り出したヴェダとジーンの後を、祐貴も追いかけた。残された二人の死体を、振り返りはしなかった。 ◆◆◆

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