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第四章 -16

◆◆◆  ――魔導国師団第一連隊にかなりの損失がでた。  厳重文書とされたその知らせはすぐにアイザの元に届き、彼は急いで登城した。それは、魔導院が公表した討伐の日であった。公表より早く討伐隊が出たということだろう。  魔導国師団に欠員が出れば、すぐに団員の補填が行われないといけない。何しろ魔導士で構成された国師団は、この国の護りの要だからだ。しかし、その国師団が力を付け過ぎれば貴族を柱にしたこの国の根底が揺らいでしまうため、魔導院の管轄ではあるが、新入団員を決める場合には、人数や配置などを含め貴族院の可決も必要なのである。  城門でシッチ、ディードと別れたアイザは、ほどなくカインと出くわした。 「アイザ」 「ああ、カイン」 「第一連隊長のリズ=フラットルまで怪我を負ったそうだ」  ひっそりと耳打ちされた情報に、アイザは目を丸くした。 「どういうことだ。それほど盗賊どもが勢力を増しているということか?」 「そうだな…いくら国師団が小人数だったとはいえ、向こうも手負いだったはずだ。それが、この結果だ」  顔を顰めたカインが会議室の扉を開けば、すでに数人の議員たちが集まっていた。それぞれが難しい顔をしていて、この事態の大きさを物語っている。  正午を迎える前に議員が揃い、最奥の扉から宰相ディズールと国王ニコールが現れた。  今回の敗因の解明は魔導院代表のド―ドルに命じられていたらしく、彼からの報告から議会は始まった。 「――第一連隊、連隊長リズ=フラットル、ならびに補佐セレン=マルギーに対する聴取を報告いたします」  この場にその二名が召喚されていないということは、二人ともにここに立てる状態ではないということだ。 「今回の討伐隊は、二名、三名の班に別れ全五名で捜索を開始し、うち帰還したのはフラットル、マルギーを含む三名の班のみ。別働班の二名は消息不明」  その二名が命を落としているだろうことは、想像に難くなかった。  ドードルは簡潔に言葉を続けていく。 「フラットル班は対象であるウィスプの虎の団員三名を捕捉、召喚獣を用いての捕獲を施行、うち一名を逃したが二名を捕縛する直前、はぐれ召喚獣に遭遇し負傷、任務遂行不能と判断」  そこでざわりと場が湧いた。皆の言いたいことはアイザにも解る。はぐれ召喚獣にかち合ったところで、フラットルたちはかなりの召喚獣を抱えている。敗退するほどの負傷を負うのは信じがたい。  国王と宰相だけは、先に報告書を受け取っていたのか、驚いた様子もない。  ドードルはじろりと周りを見渡した。鋭い視線を受け、ざわついていた議員たちがはっと口を噤む。 「遭遇したはぐれ召喚獣ですが、その数、少なくとも二十、とのこと」  しんとしたなかに告げられたドードルの言葉に、今度はついに声が上がった。 「二十だと!?」 「いくら、ウィスプの森がはぐれの巣だと言っても…」 「そんなことがあるか!」  ドードルは再び視線を巡らせ、「質問には挙手を」と低く告げた。  イエス、ノーで応えられる質疑には簡潔にそれだけの答えが返され、淡々と質疑は続いていく。  それからいくつかの質疑応答が繰り返された。異例の事態であるが、第一連隊がやられたというのだから信じるほかない、というのが結論だ。  今回は、ウィスプの虎に運が味方した、ということになる。 「つまり、その場にいたウィスプの虎の二名は、召喚獣に殺されたわけですね?」  最後、一人の貴族議員からそんな質問が出された。 「はい。――多数のはぐれ召喚獣によって」  そう頷いたドードルに、アイザは少し違和感を覚えた。そして、一つの疑問が胸に渦巻いていた。  その後、今回は意見が割れることはなく、すぐに議会は進んでいった。魔導国師団の大きな人事の異動、そして、この大敗の事実を他国へ漏らさないようにする手配が、次々と決まっていく。まだ日の高いうちに議会は終了した。  閉会した後、上位の議員を見送ったアイザは、カインと連れだって会議室を後にした。  城内はどこか忙しない空気に包まれている。 「国外より国内の敵か。とはいっても、ことウィスプの虎に関しては魔導院と意見が割れずにすむな」  慌ただしい廊下を歩きながら、呑気にそんなことを言うカインとは対照的に、アイザは厳しい顔で議会の間から考えていたことをぽつりと漏らした。 「本当に、はぐれ召喚獣だったんだろうか」 「いや、はぐれ召喚獣じゃなきゃ撤退理由もないだろう」 「そうじゃない。私が疑問に思っているのは、『はぐれ』だという点だ」 「何?」  カインの顔から穏やかな色がとれ、進んでいた足が止まる。カインに向きあい、アイザは告げた。 「私は召喚獣のことに詳しくはないが、群れることがない、ということは聞いたことがある。それが二十以上が一度に、というのは…おかしくないか?」  そして、その二十以上が一同に会す理由を付けるならば。 「その召喚獣は、誰かに使役されていた、と考える方が自然だと思う」  そこで、先ほどドードルに感じた違和感に思い当たった。先ほどのドードルは、はぐれであると故意に印象付けようとしていたのではないだろうか。  アイザが疑ってかかっているからそう感じるだけかもしれないが、以前ドードルは魔導国師団を私用で動かしアイザの屋敷を襲撃している。今度も何かを隠ぺいしている可能性は高い。魔導院には謀反のきな臭さが付きまとっているのだ。 「盗賊団の中に、魔導士がいるって言うのか?今まであいつらが召喚獣を使役していたって言う事例はなかったが……」  カインは困惑した表情だが、アイザの言うことが一理あると思っている様子だ。 「カイン、国師団のフラットル隊長たちはどこで療養しているんだ?見舞いに行こう」  国師団と貴族議員は全くと言っていいほど関わりがない。見舞いはもちろん建前で、少しでも何かの情報が得られればいい。  アイザの意図を汲んだカインは、すぐにリズ達の居場所を調べ上げてくれた。  城からほど近く、魔導国師団の訓練場に並立する医療施設にリズ達はいた。  城を出たその足で、アイザ達は何の連絡も取らずにそこへ向かったのだが、生憎というか、当然なのか、二人は医師に面会を断られてしまった。療養中の三名はいずれも意識ははっきりしており命に別状はない、という情報だけしか得られず、追い出されてしまったのだ。  半ば仕方なく思ったアイザだが、施設から出る寸前、ふと見遣った廊下の先に見慣れた姿を見つけた。間違いない。今日嫌ほど見つめたドードルがいた。すぐにその姿は扉の中へ消えてしまったが、直感で思い至った。あそこが国師団の者たちがいる部屋だと。 「さて、どうする?」  ド―ドルの姿に気付かなかったらしいカインが、肩を竦めながら問うてきた。アイザは少し考えた後、カインを促した。 「こっちだ」  建物の裏側へとぐるりと回り、先ほどド―ドルが入っていった部屋へあたりをつける。 「おい、アイザ…」  後ろをついてくるカインの顔にはまさか、と書いてあった。アイザもこのようなことをするのは初めてだ。もしこの場にシッチがいたらアイザに幻滅するかもしれないが、何故だかこの件に関しては、なんとしてでも追及すべきだと感じるのだ。  壁伝いにこそりとガラス窓から中を覗けば、ドードルの姿が見えた。よくよく窺えば、並ぶベッドに横になっているのは口もとに大きな古傷のある姿、間違いなく連隊長のリズだ。その隣にはセレンと、もう一名、たぶん国師団であろう垂れ目の青年の姿もあった。 「まさか、こんなコソ泥みたいな真似をするとはね…」  苦笑しながらも、カインも部屋の中を覗いている。しかし、流石に煉瓦造りの建物は中の音を外に漏らさず、気温が低いせいで窓もきっちりと閉められている。  アイザは思い切って窓に手を掛けた。少しでも開けば、話の内容が聞こえるかもしれない。ばれたときはばれたときだ。  意外にも、窓は簡単に少し引き上がった。  特に気付かれることもなく、隙間からかすかに声が漏れ聞こえてきた。アイザはじっと耳を澄ました。 「……から、終わった。ひとまずはゆっくりと体を休めろ」 「はい」  ドードルの労いの言葉に、リズが頷く。 「くそっ…くそ…!!もう少しだったのに……っ」  悔しそうな言葉は、セレンのものだ。今回の失敗がよほど応えたのか、その声は恨みに満ちている。 「そう拗ねるな。盗賊ども潰せずとも、今回は予想外の収穫があった。生きて情報を持ち帰っただけでいい」  ドードルの声に、部下を責める様子は全くない。むしろ、どこか嬉しそうでもある。 「居場所がわかったんだ。それだけで十分釣りがくる」 「しかし……本当に、あそこにいるんでしょうか」 「お前たちの話が本当なら、間違いない」 「嘘なんて吐くわけないでしょう!あのはぐれどもは真っ直ぐに、僕たちだけを狙っていた!!」  セレンの怒鳴り声が響く。 「はぐれ召喚獣は、盗賊を庇っていた!!」  どういうことだ。やはり、アイザの思った通り、現れた召喚獣は誰かが使役したものだったということか。しかし、セレンははぐれ召喚獣だとはっきり明言している。  アイザはカインと目を合わせた。カインも戸惑った表情で、答えを見出せていないようだ。 「ならば、やはり盗賊どもの中に紛れているのは間違いない」  ドードルが大きく頷く。  アイザは必死で考えた。紛れているのは何だ?ドードルたちは、何者の居場所を知りたがっている? 「あのとき、介入してきた第三者はウィスプの虎だったということだ」 「盗賊に入団したって言うんですか、あの異邦人!」  ――異邦人。  その単語に、アイザは目を見開いた。  以前、魔導国師団が探していた異邦人を、アイザは一人だけ知っている。そして、それはアイザも探し求めている人で――…  ドクン、ドクンと心臓が大きな音を立てる。 「あいつ……いつも僕を妨げる!!ユ……!」  恨みを込めてセレンから吐きだされた名前は、 「っくしゅん!!」  という大きなくしゃみにかき消された。  それまでずっと黙っていた青年に、皆の注意が引き付けられた。青年はずずっと鼻を啜ってぺこりと頭を下げる。 「…すみません、なんかちょっと冷えて……」 「気にするな。ああ、窓に隙間が開いてるじゃないか」  リズの言葉と共に、こちらに向かってくる気配がある。 「やばい…行くぞアイザ…!」  カインがアイザの腕を引き、来た道を急いで戻る。アイザは半ば引きずられるような形で何とか前へ進んでいた。  頭の中が真っ白で、思考が働かなかった。  カインにはセレンの出した名前が聞こえなかったのだろうが、見当のついていたアイザには解ってしまった。  ユゥキだ。ユゥキがいる。盗賊団の一員として…? 「おい、アイザ?」  気付けば、アイザは城の近くにまで戻ってきていた。 「あ、ああ…」 「よく解らないが、報告に虚偽がありそうな感じではあったな。アイザの言うように、盗賊側に魔導士がいる可能性もある」  首を捻りながら同意を求めるカインに、アイザも頷いた。 「ああ、そうだな…」  しかし、どこか上の空のアイザに、カインは怪訝な顔をする。 「どうした、アイザ」 「いや、その……考えが纏まらなくてな。そうだ、とりあえず、可能であればディズール様に提出された報告書を見せていただこう」  当たり障りのない提案をしてみれば、なんとかカインは納得したようで、後日ディズールに面会を申し入れる予定として二人は別れた。  城門へと向かえば、シッチが栗毛の馬を曳いてアイザを待ち構えていた。その隣にはディードも並んでいる。 「アイザ様!」 「待たせたね、二人とも」 「いいえ!少しは仕事もできましたし、ディードと二人だったんで、時間を潰せました!」  にこにこ笑うシッチから手綱を受け取り、アイザは微笑み返した。  しかし、頭の中はぐちゃぐちゃだ。  あのユゥキが盗賊団の一員となるなど、信じがたい。だが、その情報を信じたい気持ちがかなり大きかった。  もし、もしも、本当にユゥキがいるのなら――…  アイザは一つ決心し、掴んだ手綱を力強く握り締めた。 第四章 完

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