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第五章 -2

 結局、サーレンスに加え、ケントとマルトも準備を手伝ってくれ、かなり豪華な夕食が仕上がった。  できあがった料理を次々と集会場へ運んでいけば、ぞくぞくと団員たちが集まってきた。その誰もがどこか興奮した様子で、会場は熱気に満ちている。  祐貴はすでに酒を呑み始めている面々を避けながら、奥へ向かっていった。集会場に座席の決まりはないが、頭であるヴェダだけは必ず上座へ座る。その近くに祐貴は陣取った。すると、隣にエラーがやってきた。 「あー、早くヴェダ来ねぇかなー!」  例外なくエラーも機嫌がいい。  そんなエラーを眺めながら、祐貴は以前もこんな場面があったことを思い出した。  あのとき、強盗に行くと喜んでいたエラーに、祐貴は残念な気持ちになったのだ。  しかし、今、祐貴自身も少しだけわくわくした気持ちでいるし、なにより、皆が嬉しそうにしているのが心地よかった。犯罪に対する罪悪感が薄れてしまっているのだ。そのことを祐貴はちゃんと理解しているし、駄目だ、危険だとは思う。しかしそれ以上に、ここの空気に染まってしまっていた。  あれこれと狙っている物を説明してくるエラーに相槌を打っていると、集会場の扉が開かれファイエットが入ってきた。その瞬間、気温が上がった気がした。 「全員集まってるか」  ファイエットのすぐ後ろから入ってきたヴェダがそう声を掛けると、場の空気が一体となった。 「おう、いつもいつも、お前らが一番おせーよ!」 「ヴェダ様ってばぁ、は・や・くぅーん」 「気持ち悪ぃよ、てめぇは!でもヴェダはマジで急げよ!ほらほら!」  野次が飛ぶ中を、ヴェダは「急かすなよ」といなしながら進んでいく。  祐貴はその姿をじっと見つめた。ずっと街に出ていたヴェダに会うのは数日ぶりだ。だんだんと近付いてくるヴェダに、心臓がどくどくと脈打つ。  その感覚に、祐貴はまただ、と思う。この気持ちは何なのだろうか。  隣まで来たヴェダと視線がかち合った瞬間、祐貴は湧きあがる感情を抑えるように口を開いた。 「早く座れば」  こんなことを言いたかったわけではないが、ヴェダは可笑しそうに笑うとすとんと腰を下ろした。その傍らに、ファイエットが座る。 「今日の集会の理由はもう皆解ってんだろ?」  ヴェダがそう言うと、辺りがシンと静まった。 「狩りにでるぞ」  ヴェダの瞳がぎらりと光った瞬間、会場は爆発したように騒がしくなった。 「そうこなくっちゃ!」 「よっし!全員、酒持て!乾杯だ!」  そのままワーワーと飲み食いが始まり、しばらく大騒ぎが続いた。もともと品のある人間などいない空間だが、いつも以上に秩序などなく、皿が宙を舞ったりしている。  ヴェダはそんな仲間の姿を眺めながら酒瓶を傾けている。 「ほら、ユゥキも飲めよ!」  エラーが首にがしっと腕を掛けてきたので、やっと祐貴はヴェダから視線を外した。この国の酒は強くあまり好きではないが、今日だけは、と祐貴は杯を傾け酒を喉に押し込む。この騒がしい空気は嫌ではなく、共有するのも悪くない。 「おーい、それで、獲物はどうすんだよー!」  遠くから、もうすでにできあがっているのか真っ赤な顔をしたマルトが叫ぶ。マルトも先の襲撃で大けがを負ったが、今ではもう暴れたくてうずうずしている様子だ。  その声に反応したのはファイエットだった。 「決めてある。スキッピオ一家だ。誰も文句はねぇだろ」 「え……」  祐貴が漏らした驚嘆の声は、周りの盛り上がる声にかき消された。 「詳細は明日決めるから、今日はとりあえず宿酔いにならない程度に騒いどけ」 「おうよー!」  発表したのはファイエットだが、決めたのはきっとヴェダだ。ヴェダは祐貴とスキッピオ一家の確執を知っているはずだ。知っていて、選んだというのか。  呆然としたまま、自然とヴェダに目がいった。すると、不敵に笑っている男と目があった。その瞬間、祐貴はめまいを覚えた。  それまで浮足立っていた気持ちが一気に冷え込み、祐貴は周囲に置いてけぼりにされた気がした。ハナだけが心配そうに祐貴の顔を覗きこんでいたが、結局、延々と続く宴から、祐貴は早々に辞して部屋に戻ることにした。 「もう寝たか?」  ロッジの扉を開く音と共に投げかけられた声に、祐貴は答えの代わりにのそりとベッドから起き上がった。開いた扉からは月明かりが差し込んで逆光になっているが、ヴェダだということはすぐにわかった。  まだまだ宴は続いているはずだが、ヴェダも抜けてきてしまったようだ。そのことに少しだけ胸を熱くしながらも、祐貴は沈んだ顔のまま押し黙っていた。 「なにを不貞腐れてんだよ」  別に祐貴は不貞腐れているわけではない。気落ちしているだけだ。皆と一緒に喜びたかったのに、できなかった。 「……スキッピオ一家って、あのやくざだろ?」  近付いてくるヴェダを見上げながら、祐貴は確認するように訊ねた。 「ああ、シィア一の荒くれ集団だな。蓄えも相当みたいだ。相手にとって不足ないだろ」  確かに、ずっと飢えていた皆にとって魅力的な獲物だろう。ヴェダも凶悪な笑みを浮かべている。  祐貴は応えず、肩から被っていた毛布を握りしめ、ぎゅっと縮まった。 「なんだよ」  本気で不思議そうにするヴェダに、祐貴は唇を噛みしめた。理由を知ったらきっと嗤われる。 『怖いんだよ…』 「は?」  日本語で呟いた声は、案の定聞き返された。祐貴は何でもないと首を振った。  スキッピオと聞いた瞬間、路地で痛めつけられた記憶が蘇ってきた。なすすべなく与えられる暴力は怖かったのだ。もう随分と前のことなのに、あの時より体も鍛えて強くなっているはずなのに、平気だと思いこもうとしても恐怖が芽生えてくる。あの一件は、祐貴にしっかりとトラウマを植え付けてしまっていた。  どんと寝台が揺れた。乱暴に腰を下ろしたヴェダが、毛布をひっつかんではぎ取る。 「お前はここに籠ってていいんだぞ」 「え?」 「盗みも殺しもしない、って契約だっただろうが。今回は別に召喚獣どもの力を借りる必要もないしな」  言いながら、ヴェダは隣に包まっていたハナの額を指で打った。ハナは嫌そうに首を振り、ぴょこぴょこと離れていった。  祐貴はそんなハナを想いやる余裕もなく、慌ててヴェダの腕を掴んだ。 「ちがっ…そうじゃない!俺も参加する!決めたって言った!」  ヴェダは祐貴が盗みを躊躇していると思ったのだろう。でも違う。祐貴はヴェダと同じものになると決めたのだ。その覚悟に揺らぎはない。置いていかれたくはない。  食らいつく勢いの祐貴に、ヴェダが面食らったのは一瞬だけだった。掴まれた手を逆に掴み返され、祐貴はあっという間に仰向けに転がされた。そのまま覆い被さってくるヴェダを、祐貴は押し返せない。 「なら、最高の獲物だろ?お前、あいつらに仕返しできるんだぜ?」 「えっ…」 「万に一つも俺たちが負けることはない。最強だからな」  そう言って笑うヴェダはあまりにも傲慢だが、自身に満ち溢れていて祐貴は安堵を覚えた。  そうだ、二度と、あんな風に一方的な暴力にさらされるはずがない。むしろ、これはトラウマを打ち消すチャンスかもしれない。  そう考えれば、沈んでいた気持ちが少しずつ浮き上がってくる。 「……そっか。そうだよな、うん」  納得すると、ほっと体の力が抜けた。  しかし、その直後、脇腹を撫でる手に体はまた緊張した。 「……ちょっと…!何して…」 「あ?わかってんのに聞くのか?」  にやりと笑うヴェダに、祐貴は顔を真っ赤にした。何をしようとしているのかはわかっているが、祐貴が本当に聞きたいのは『どうして』だ。 「だってっ…昨日までタンザの所にいたんだろ!」  タンザのいる所、それは娼館だ。遊びにではなく情報を買いに行ったのだとわかっているが、祐貴はヴェダに馴染みの娼がいるというのも知っている。下の話が大好きな面々が、聞きもしないのに色々話してくるからだ。頗る付きのいい女らしい、情報を買うだけで終わるわけがない。  祐貴が慌てふためく間にも、するりとシャツがたくし上げられていく。 「別に昨日ヤってようが、今したっていいだろうが」  そのヴェダの言葉に、祐貴の心がずきりと軋んだ。  ――やっぱり、昨日もその娼と寝たんだ。  別にヴェダが誰と寝ようが関係ない、そう思っても辛く感じてしまうのだ。それがあからさまに表情に出てしまっているのだろう、ヴェダは肌をなぞる指を止め、祐貴の顔を覗きこんだ。 「そんな泣きそうな顔すんなよ。昨日はヤってねぇよ。仮定の話だろ」  底意地の悪いにやけ顔に、祐貴は悔しさを募らせ顔を歪めた。  ヴェダはこうやって祐貴を試すような真似をすることが多々ある。祐貴が傷つくのを見て愉しんでいる節がある。 「最っ低……腐れ外道」 「お前、本当に口が悪くなったな」  祐貴の吐く悪態も、ヴェダはまったく気にした様子はない。むしろ、止めていた手の動きを再開し、祐貴の胸の飾りを弾くように撫ぜた。 「……っ!」  ピクリと体を跳ねさせた祐貴に、ヴェダは満足げにしながら聞いてきた。 「嫌か?」 「……そういう、契約だし」  そう、ヴェダに抱かれるのはそういう契約だからだ。初めから祐貴に選択権はない。 「はぐらかすなよ。嫌かどうか聞いてんだろ」 「……嫌だ」  ヴェダから顔を逸らし、呟くように祐貴は告げた。しかし、その答えはあっさりあしらわれた。 「嘘だな。お前が本当に嫌なら、あの兎が黙ってない」  ハナは祐貴の意を量る。今はベッドの隅で丸まって寝ているが、祐貴が本気で拒んでいるなら、問答無用でヴェダに攻撃を仕掛けてくるだろう。流石のヴェダも、本気のハナには太刀打ちはできない。  告げられた言葉は図星だ。祐貴はカッと頬を染め怒鳴った。 「もう、何なんだよ!いいからヤるならさっさとヤれよ!」  本当は「わかっているなら聞くな」と怒鳴りたいところだが、そう言ってしまうのは悔しい。 「勇ましいことで」  クッと喉奥で笑うと、それきりヴェダの戯言は止んだ。捕食する肉食獣のように瞳を光らせ、祐貴の首に食らいついた。 「んっ…あっ…!」  首筋に歯を立てられ、ジンと甘く痛んだそこをねっとりと熱い舌が這いあがる。胸元の手がきゅっとその尖りを摘む。そのまましこりを捏ねまわされ、痺れるような感覚が体の芯を走る。触られていない下肢まできゅんと疼き、祐貴は目を潤ませた。  そのままヴェダを見上げれば、彼は嬉しそうに微笑んだ。ヴェダは祐貴の瞳をいたく気に入っているらしい。潤んだ祐貴の瞳を見たときだけは、子供のような笑顔を浮かべるのだ。  ヴェダは今のところ、祐貴の体に飽きてはいないようだった。これまでに数回抱かれたが、この行為には祐貴はいつまでたっても慣れる気がしなかった。  ヴェダに抱かれるたび、愛おしさを感じる。しかし、その気持ちを認めたくない悔しさが溢れだす。相反する気持ちでいっぱいになり、わけがわからなくなる。 「ユウキ」  名を呼ばれると心が震え、触れられた肌がどんどん熱くなってくる。 「…っ」  ともすると、愛の言葉を口にしそうで、祐貴はぎゅっと唇を噛みしめた。

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