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なにしに来たんだろ
朝。
俺は姉崎にたたき起こされた。
のぞき込んでくる爽やかなメガネ笑顔に「ほらほら、先輩たち起こして」と朗らかに命じられる。
「ん~? 起こすの?」
寝ぼけて声を返すと、「そうそう」なぜか身支度も完璧なメガネ男はあくまで笑顔だ。
「……いいけど」
起き上がりつつ髪をわしゃわしゃかきむしると、姉崎はニッと笑って「よろしく~」と縁側から出て行ってしまった。
「なんだ?」
呟きつつ時間を確かめる。六時〇二分。
「なんだってんだ?」
完璧な目覚めにほど遠い状態であたりを見回せば、死屍累々と言いたくなるような先輩たちの無残な寝姿が目に入った。
うーわ、とか自動的に小声が出る。たぶん顔もしかめちまってるだろう。
俺って丹生田のこと好きだしエロいコトも考えちゃったりしてるから、たぶんゲイなんだけど、見るだけなら女のキレイなカラダだって好きだ。そんで寝穢 い男の集団にはあんまそそられない。つうかむしろげんなり。
男なら誰でもイイ訳じゃないつうか、限定的に欲情する、つうか。つまり触りたい、とか思うのは……
整然と気をつけ体勢で寝てる丹生田に、自動的に視線が釘付いたわけで。
丹生田はキレイに仰向けで寝てるけど、隣の津田会長に毛布を半分奪われてる。
つうかレアだ。
いつも丹生田の方が早起きだし、いつもちゃんとしてるし、こんな風に無防備に寝てるトコなんてあんま見れねえし。
俺はドキドキしながら、そうっと近づいた。つまり寝てる時なら遠慮なしに見つめてられるわけだし。
やっぱいつ見ても鼻筋通っててかっけー。顎も入学当時よりがっしりしてきてる気がする。鋭い目で見つめてる感じも好きだけど、こんな無防備な感じもスッゲえイイ、てか……うう、ちょいかわいいじゃん。
くち少し開けてる。白い歯がちらっと見えて、その間から舌とかくちの中も見える。くっ、キスしてえ。いやいやいや、ダメでしょ! 先輩たちも居るんだし、てかそもそも寝てるトコ勝手にキスとか! 無理無理、やっちゃダメなヤツだって!
なんて言い聞かせつつ目をくちもとから引きはがすと、半パンからにゅっと出てる片脚が目に入る。
寝てるから弛緩 してるけど、障子越しの淡い光に照らされて、太い首も筋肉で盛り上がった肩も上腕も、やっぱ逞しくて、光の加減もあんだろけど、なんつうか……
(めっちゃきれいだ―――)
どんよりとした空気漂うこの場で、まさに一服の清涼剤。地獄の中で燦然 と輝く天使。もう先輩たちなんて目に入れたくない。
「…ぅ……」
丹生田が唸るような声を漏らした。
イイ声だなあ
「………」
あ、目ぇ開いた。こっち見た。
丹生田ってもともと目つき鋭いんだけど、なんかこっち見るときって優しいつうか柔らかいつうか、そんな眼差しなわけ。
う~ん、癒やされるぜ。厚めの唇も柔らかいし。
(…ん? ……柔らか…? ゲッ!)
俺は慌てて手を引いた。
つうか、いつのまにか丹生田の唇に指が触れてた! あまつさえ唇むにゅむにゅしてた!
やっべえ! 自覚なしにこんなの、まるで変態じゃん! ひかれるっ! ぜってーひかれるっ!!
青くなって胸の前で両手くんで拝むみたいになってる俺に、丹生田は「おはよう」と呟くように言った。
「おっ! ……おはっ、よ…ござます」
ちょっとだけ笑った顔になり「なんだ、それは」と言いながら起き上がった丹生田が伸びをする。
「いま何時だ?」
「え。……ああ六時…十五分…」
「早いな」
あれ? 丹生田ってば普通? ひいてない?
ものっそホッとして、俺も力込めて通常営業に戻る。
「いや! 姉崎に起こされて、先輩起こせって!」
丹生田はうっそりと室内を見回し、ふうっとため息をついた。
「要領のいい奴め」
呟いた後、俺の肩にどっしりと力を込めて手を置く。厳しい顔になってる。
「起こそう」
そう言って立ち上がった丹生田は、まず小谷先輩を起こした。
不機嫌そうに顔ゆがめつつ、さすが体育会系、つう感じですっくと立ち上がり、先輩と丹生田で、かなり乱暴にみんなを起こし始めた。部屋のあちこちから怒鳴り声や不満げなうめき声が起こる。
俺も岡部さんとか尾方先輩とか、優しそうなヒト起こすことにする。
岡部さんは目擦りながらすぐ起きたけど……
尾方先輩ってメガネかけてて小柄で痩せてて、髪型とか全然かまってない素朴な感じで普段目立たない。だけど実はめっちゃ優秀だって聞いてる。いわゆる天才? 秀才?
まだ三回生なのに既にゼミの教授から声かけられてて、院に上がるの決定らしいし。特待生だかって学費免除寮費免除で。
なのにいつだって穏やかでニコッとしてて、偉ぶって無くて優しいヒトだなあ、とか思ってた。
「尾方先輩、起きてください」
なのに体揺すったら、メガネしてない半目でじろっと睨まれた。「なんだぁ」低くておっかない声出すのがマジこえぇっ!! なんだこの迫力っ!
「す、すみませんっ!」
めっちゃビビって思わず謝る。
「そいつは死ぬほど寝起き悪い」
小谷先輩が言った。
「尾方はほっとけ」
ホッとしながら離れると、尾方先輩はそのまんま目を閉じてスウスウと寝息立て始めた。うあ~、焦った~~!
そうしてみんなが起きた頃、姉崎が縁側からひょっこり顔出して「おはようございまーす!」と朗らかに挨拶した。
「気持ちいいよ、先輩方! 風呂いってから散歩したら?」
「うう~、そうすっか~」
「しっかしさすが北海道だよな~、よく寝た~」
口々に言いながら行動始めた先輩たちを見ながら、やっぱり姉崎、侮れん、と認識を新たにしたのだった。
それぞれ風呂入って散歩出たりして、七時過ぎた頃メシの用意出来たって鈴木が来て、みんなで食堂に行った。
朝飯食ったら、おもむろにみなさまキリキリ働きはじめる。
段取りイイし昨日と違って、それぞれ得意分野らしいトコで忙しそうにしてる。
みなさま偉い。この場に限っては姉崎も偉い。ほぼ大田原先輩の助手だけど、動きに無駄ないし、だてに元施設部じゃないって感じ。やればできるんだよな、コイツ。なんであんなに部屋汚ねーんだ?
渡り廊下の採寸してた丹生田が、姉崎に近寄ってなんか言ってる。姉崎はニッと笑ってなんか言う。丹生田がなんか言い返したら姉崎はサムズアップで機嫌良さそうに笑った。丹生田もちょいニヤッとか。
(なに話してんのかな)
あの二人って仲良いんだよな。
(……なんかやだ)
けどそんなの気にしてらんねえ。俺ってココでは役立たずだから、少しでも動いて雑用こなす。
(……なにしてんだろ俺)
だってコレって、掃除のお返しな感じで旅行だったんじゃねえの?
モルジブは無理でも北海道行こうぜって話だったよな?
丹生田と二人で旅行なんだ! とかって盛り上がった、アレはなんだったんだ?
つか、むしろいつもより丹生田と話せてねえつか、せっかく帰省しないで寮に残ったのにさ。せっかく二人部屋な感じ満喫だと思ったのにさ。いや部屋は暑くてずっと二人でいるとか無理なんだけど、でもでも、なんかもっと、二人の思い出的なもんが欲しかったつうか。
なにしにこんなトコまで来たんだろ俺。いや先輩たちと一緒も楽しいんだけど。
そんでも、こんなはずじゃ無かったー! 的な思いが溢れそうになり、ハッとしてせめてキリキリ働いて役に立たねーと、と自分に言い聞かせてた。
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