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やっちゃおうか
妙に色っぽい目でみんなを見ながら話すお母さんの口調はちゃきちゃきしてて、やっぱり鈴木と親子とは思えない違和感が漂う中、鈴木はいつも通り空気読まない感じで大田原先輩を紹介した。
「この先輩すごいんだよ。寮の設備やなんかの維持管理をしてるアタマなんだ」
どうも、と挨拶した大田原先輩に「あらあら。他のみんなも元気そうだし、使えそうだねえ」と黒く笑うお母さんが少し怖かった。
勝手にお茶入れていいよと言われ、それぞれ適当にくつろぎつつ、先輩たちはなにげに盛り上がってきて、雑談にシフトし始める。
若く見える美人のお母さんは、鈴木のお母さんとは思えないほど気さくで話題豊富で、やっぱ美人がいると空気は暖まるつうか。
そんでここまで来る通路とかの話になった。
ココは元々昭和の初めに湯治場 として開いた旅館で、その時々、建て増ししたり建て替えしたりしながら営業を続けてきたんだけど、建て増しした建物を通路でつなげた結果、こういう状態になったんだって。
そのなかで離れは開業当初からあって、VIP専用の部屋だった。なるほど、埃っぽかったけど雰囲気あったもんな、なんて納得。
昔はお付きの人とかが傘を差して本館への行き帰りを助けたそうだけど、今時そんな人はいないってんで、二十年くらい前に一応渡り廊下だけつけて本館と繋げた。けど低い手すりと屋根だけの吹きっさらしなので雨の日や冬場は使えない、つうのが難点だし離れの維持も大変ってことで、ここ十年くらいは閉じたまま使ってなかったんだって。
「なんとかしたいのよ。建物はしっかりしてるし、今じゃとてもできないような豪華な造りだし、もったいないのよね。使いたいとは思ってて、あんたたちに掃除してもらったら業者入れるつもりだけど、見積もり見ないとやれるかどうかも分からないし」
お母さんがため息をついたら、いつのまにか寝っ転がって目を閉じてた大田原先輩が「なんとかなるかも」と呟いた。
「おやそうかい? でもそんなにお金はかけられないんだよ」
「見た感じガッサくていいなら、安くできるんじゃないかな」
「いいわよ、見栄えなんて。雨風しのげれば」
宿の人に呼ばれて「はあい」とお母さんが去ると、「とりあえずやっちゃおうか」なんつって部屋に戻り、先輩たちが段取り立て始める。
会長が鈴木に細かく問いながら人員配置を決め、それぞれ動き始める。あくび混じりの大田原先輩は渡り廊下を見に行った。
俺と丹生田はとりあえず掃除だ。
「なんか掃除ばっかりしてる気がする~! 夏なのに~!」
嘆く俺には箒 があてがわれてる。はたきを与えられ、高いところをパタパタ始めた丹生田を横目で見ながら、ちょいちょい虫出たりして騒いじまいつつ、しっかり掃除する。
そうやって拭き掃除なんてすると傷んでるトコや壊れてる、あるいは壊れそうなトコを発見しちゃうんだよね。
「どうすんのコレ」
聞くと、先輩たちがあーだこーだ言い合って修復に必要なものを書き出していく。
鈴木がお兄さん(さっき見たメガネの人だ)を呼んできて、地元の業者に伝手があるとかって言うと、新山先輩はそれをメモしてお兄さんと二人で問い合わせ、あっという間におおよその必要額を算出したんで、お兄さんが「じゃあ経費を渡しておくね。足りなかったら言って」なんつって。
ひたすら掃除の俺らは放置で自然に話が進んでく。先輩たちスゲエ。
執行部の役員は施設部でなくてもこういうのは分かるらしく、みんなてきぱき動いてる。この春から役員になった姉崎も例外では無いようで、大あくびで「寝てらんないじゃん、もう」と文句を言いつつやってたんだけど、買い出し隊の運転手を命ぜられて出かけた。
欄間 、つうトコ(見たことはあったけど、名前があるのも知らなかった)なんて、適当に木の枝渡してあるだけに見えるけど、なんか格好いいなあとか思いながら掃除してたら枝が外れて「うっわ! やっべ! これっ!!」とか激焦ってたら鈴木がやってきて、「せんぱーい」と大田原先輩を呼んだ。軽く指示された鈴木が使えそうなものを持ってきたら、大田原先輩がちょちょっと手を入れる。
「おーし。どうだ藤枝」
なんて自慢げなんで見たら、前よりきれいに修復してた。
「すげえな先輩」
「……というかな、今回来てる施設部の後輩が姉崎だけってのはおかしいぞ」
ため息交じりにぶつぶつ言ってるけど手際良いし、マジすげえ。てかそっか、姉崎って去年施設部だったっけ。そんで分かってることあんだな、とか納得。
買い出し部隊が帰ってきた。早速畳全体にブルーシート敷いて、建具全部外して調整したりヤスリかけたり、と大げさな作業になってきた。意外にも姉崎が結構働いてる。
「アメイジング! 僕って才能あるかも」
とか自画自賛しながらだけど。
しかも「藤枝~、それ取って~。あ、丹生田ここ押さえてて」とか、俺らをあごで使う。もちろん俺らは皆様の小間使いなんだけど、なんか姉崎に命令されるとイラッとするよな。
やるけど。
着々と作業は進み、障子を張り替えたり、なんと壁紙まで全部貼り替えってプロか! なんつって騒ぐ俺をよそに、先輩たちは黙々作業する。どんだけ大仕事かと思ってたけど、みんな手慣れてて、そんな時間かかんなかった。
柱とか欄間とかもヤスリかけて、後でなんか塗るか、なんて当たり前に会話してて……すっげ手際良く、なんか魔法みたいな感じできれいになる。結構楽しくなっちゃったよ。つっても俺らは主にガラス磨いたりだったんだけど。
大田原先輩は鈴木連れて廊下の方でなんかやりはじめたけど、戻ってきて、なんと洗面台取り替えてた! え、なに? そういうモンってこんな簡単に取り替えられんの? すげぇじゃんっ!!
離れには湯殿もあったけど、ココと畳とかはさすがに無理! つって、とりあえずの作業は三時間ちょいで終わった。
そんでとりあえずみんなで風呂!
部屋の湯殿じゃ無くて大浴場つうか温泉! 良いよねデカい風呂!!
姉崎なんてはしゃいじゃって、かけ湯もしないでいきなり湯船にドボンだよ? んで「あっつい!!」とか騒いで、爆笑されてた。
俺も丹生田と「気持ちいいなあ」「そうだな」とかしみじみ語ったりして!
背中洗ってやる、とかいって触ったりして! 寮の風呂でも見てるけど、やっぱイイ体してんだよ~っ! 鼻血出るかと思った。
なんとか滾 るの抑えて風呂上がったら、お母さんが「まあまあ、すごくきれいになってるじゃ無いの!」と大喜びで、この調子でやってくれるならご飯もタダで出すし宿泊費もいらない、と言ってくれた。
もちろんみんな大喜び。なぜか鈴木まで喜んで、お母さんに突っ込まれてた。
食堂行って、湯治中のおっさんたちと一緒に飯! ビール飲みながら飯食ってるおっさんたちは、俺らにもビールおごってくれた。
料理だって豪華とは言えねえけど、ちょびっと刺身もあって、魚介類盛り沢山でうまい! しかも飯のおかわり自由でさ! たらふく食ってビールも飲んで、おっさんと下ネタとかで盛り上がって―――騒ぎすぎて怒られた。
「ここは湯治で永逗留する人もいるのよ。静かに出来ないなら離れから出ちゃダメ」
すんません、とか謝って、きれいになった部屋で雑魚寝。俺も含めてみんな疲れてたんだよな。
いきなりぐっすりだった。
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