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鈴木旅館
一昼夜かけて到着したのは北海道は登別、の奥にある登別カルルス温泉郷だ。
入浴剤とかで見たことあったけど、実際来てみたら店なんかも全然見えない、地味っぽい場所だった。
『鈴木旅館』つうまんまな看板のある建物の前に車は止まり、みんなぞろぞろ降りて正面玄関へ向かう。どやどやと引き戸を開いて土間に入ると、入り口脇のガラス窓を開いて「来たね~」と声をかけてきた女性は、三十五歳くらいに見える結構な美人だった。
「母さん、寮の先輩とか仲間」
鈴木の声に、え、と俺らが彼女を見ると、女性はにんまりと笑って「遠くまでお疲れ様だねえ」と言った。母親にしてはずいぶん若くてきれいな人に見えたのだ。
しかしそこで一瞬早く正気に戻った小谷先輩が
「お世話になります!」
大声で言い、頭を下げたので、俺らも「お世話になります!」と一斉に頭を下げる。
ガラス窓の向こうは事務室らしく、奥からメガネで小太りの男にひとが「遠いところお疲れさま」とニッコリし、お母さんは「はいはい」と笑ってる。
「勇太、離れに連れて行きな」
鈴木はニコニコ「うん」と頷いて、身振りも交えつつ、全員を誘導した。
とはいえ鈴木が大声なんて上げるはずも無く、「こっち」とか言いながらニコニコ歩くだけだ。
いったん外に出て、建物に沿って歩く。背の高い木塀が駐車場の一角を囲むようになっていて、そこに木戸が切られていた。鈴木はそこを開いて中に入っていく。
ついて行くと庭だった。芝生が踏まれて自然にできた感じの道を俺らはやっぱりぞろぞろついて歩く。
「やっぱ北海道涼しいな」
「おー、庭木とかちゃんとしてる」
「きれいな庭じゃん」
「四阿 もある。あそこでビールとか」
「離れってあれ?」
乃村先輩が指さした先には、古そうな木造の建物がある。
「うん」
鈴木はずんずんとそこに歩いて行き、無造作に雨戸を開ける。ガタガタとなかなか動かない様子に、誰からとも無く作業を手伝い、二重になってるガラス窓と障子を開いたら、なんか古めかしい雰囲気の部屋が見えた。ちょい埃っぽい。
「靴、持って入って」
鈴木が先に入っていき、みんなぞろぞろ縁側から入っていく。
十畳以上ありそうな広い和室。床の間とかなんか色々すごそうな部屋だ。
「おお、広いな」
「奥にもう一部屋あるよ」
「こっちは書院造りか。たいしたもんだな」
「おっ、テレビと冷蔵庫はこっちか。へえ、控えの間っぽいな」
「つうかテレビ、ブラウン管だぜ。地デジのコンバーターもある。すげえな今時。むしろレア」
「お~っ! 見ろよ、スーファミあるぜ! ソフトも」
口々に適当なことを言いながら、先輩たちは好き勝手にあちこちいじる。俺らは最後について行きつつ、皆様の荷物を運んだ。
ちなみにこの場合、“俺ら”とは俺と丹生田であって、姉崎は含まれていない。むしろ食堂担当の岡部さんが荷物運びしてたりする。岡部さんは部長の中で唯一の二年生。微笑みながら俺にも「クーラーボックス重くないか」なんて聞いてくれたりして、偉ぶらない、すごくいい人だ。タメなんだけど、なんとなくサン付けしてる。
姉崎はごろんと寝転がり、大の字になって「あ~疲れた」とかのんきに言ってる。まあ運転手だからな、疲れてんだろーけど。
「風呂はまだ用意してないみたいだね」
のほほんと言う鈴木について風呂を見に行った新山先輩は、心配そうな顔で戻ってきた。
「おい、書院、控えの間付き、湯殿ありの離れなんて、ものすごく高いんだろ。本当に全員で一週間、五千円でいいのか?」
「うん、食事はついてないけど」
「でも十二名だぞ」
「俺はよく知らないよ先輩。母さんに聞いてよ」
「……そうするか」
新山先輩は呟きながらドアを開こうとしたが「あ、そっちから行くとたぶん迷うよ」という鈴木の声に従い、入った縁側から出て行った。
姉崎と同様、畳に寝転んで座布団を枕に目を閉じた大田原先輩以外の他の先輩たちも、それぞれ鈴木に聞きながら、掃除もしなきゃ、とか道具借りられるか、とか布団は、とか相談しつつ、荷物整理したり空気入れ替えたりしてる。
車ん中じゃグダグダだったけど、やるときゃやるって感じはさすがだよなー、皆様だてに部長やってるわけじゃ無いって感じで働きモン!
「腹減ったよ岡部。腹減りすぎて眠れない」
なのに姉崎が大の字のまま甘えた声を出す。
「う~ん、見たとこ店とかなさそうだったな。誰か食いもん持ってないですか」
岡部さんが呼びかけたけれど誰も持ってないようだった。すると縁側じゃ無くドアから新山先輩が鈴木のお母さんと一緒に戻ってきた。
「母さん、腹減ったって奴がいるんだ」
鈴木がほんわりと言うと、お母さんは「そうなの」とにっこり笑った。やっぱ美人。大学生の息子がいるなんて信じらんねえ。
「じゃあみんなおいで。食堂でお話ししようねえ」
お母さんについてぞろぞろ移動した。
てかつまり、この旅行は単なるバカンスじゃねえの。
鈴木んちでやってるこの旅館、かなり歴史あるんだけど、古くてずっと使ってない離れに客を入れたいって言ってたんだって。
けどずっと使ってねえしメンテナンスが必要で、鈴木は俺らが掃除してんの見て、掃除だけでも手伝わせようって魂胆で声かけたわけなんだけど。
そこらへん詳しく聞き出した姉崎は執行部全員に声かけた。ちょうど盆休みに入るタイミングだったし、施設部はほとんど帰省してたからね。
「北海道の温泉に格安で泊まれる」
なんて言われてホイホイ地元から戻って来た先輩もいて、集まったメンツは執行部ほぼ勢揃いになっちまった。
「このメンバーなら、けっこう本格的なこと出来るよ~」
なんつって安くしてよ、と話を持ってった。
そっから先は執行部主導で話が進み、結果こうしてみんなで来たってわけなのだ。
お母さんの後ついてぞろぞろ歩く俺らは「まるで迷路だな」なんて言い合ってた。通路は入り組んでて上り下りもあり、先導なしだと確実に迷いそう。
食堂は畳の広間に大きい座卓が十くらい並んでる部屋で、卓上には『お品書き』とか『ビールあります』とかが立ってる。食事は定食なら四百円、と言われて大盛りで頼んだ姉崎と小谷先輩と丹生田がもりもり食べる中、お母さんが条件について説明しつつお茶入れてくれて、お茶菓子も貰う。
温泉入り放題だし、やることやったら好きに遊んで良いから、とにかくキレイに掃除して。費用かかったら領収書持ってくれば払う、なんて感じで話してるのを、先輩たちはニヤニヤしたり、まじめな顔で頷いたりしてる。
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