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俺らの住処 賢風寮について
「てかあっちいっ!!」
声張り上げて色々誤魔化すわけだが、実際暑いので愚痴も出る。
「エアコン無いなんてありえねえだろいまどきっ!!」
「ココで今更いまどきを論じるのか」
……冷静な丹生田のツッコミも、もっともだ。
俺らの住処 は、賢風寮 つう七星大学の寮で、大学創設当初、明治中期にできた歴史ある寮だったりする。学生の完全自治で、いまどき絶対女人禁制の男子寮だ。
歴史あるしOB会もしっかり機能してるし、この寮で良い人脈が築けるってのはガチでホントだ。だって俺のじいさんがここのOBで、ガキの頃からそこら辺目の当たりにしてるからさ、中坊の時にはこの大学のこの寮に入るって、俺決めてたもん。
先輩とのつながりとかも面白いし、勉強で頼れる部分とか、かなりデカいし、その割に緩いトコもあって俺は気に入ってるよ?
なんだけど、あり得ないくらい安い寮費に見合ってこの寮は古くてボロい。言っちまえばこの大学で一番ボロい。
その上学生による完全自治、部外者絶対立ち入り禁止だから、寮内の設備の維持管理や設置なんかも自治会執行部でやってる。
じいさんの時代は寮に電話一台のみ、部屋に火鉢やコタツ持ち込んで暖を取ってたって聞いてるけど、今の建物は昭和四十年代に建てられた鉄筋コンクリート四階建てで、暖房設備もちゃんとあるし、十年ちょっと前に執行部が主導して寮生総出でネット環境の設置もしたんだって。
そう聞くとすげえよね? 執行部ったって単なる学生だからさ!
廊下にネットの配線が露出してて、毎年新入生が線切って大騒ぎになったり、暖房の配管なんかが廊下の天井這っててところどころガムテで補修されたりしてるあたりは素人仕事だとは思うけど、たいしたもんだと思うんだ俺も!
自治会費のみで運営してるから、エアコンの導入が簡単じゃ無いのは分かる。寮内でたったひと部屋、エアコンのある部屋だって、費用ぜんぶ個人の持ち出しだってのも知ってる。
けどあっついんだっ!!
つうかおかしくね? エアコン設置なら、まず共用部からなんじゃね? なんであの部屋だけ涼しくなってんだよっ!! 腹立つ!!
「あ~~~~~ッ!! あっっっっっつぅいぃぃっ!!」
またも叫んだ俺をさっくり無視して、麦茶を飲んだ丹生田が、ぼそりと呟いた。
「……腹がタポタポだ…」
水っ腹 になってるわけね! そうだよね、水分取ったって涼しくなんないけど飲んじゃうよね! つうか丹生田だって暑いんじゃんっ!!
「おっかしいだろっこの暑さ!」
「おかしくはない。夏は暑いもんだ」
「そうだけどっ!!」
いつも通り、淡々と揺るぎない正論を口にする丹生田。
つかさ、俺はね、言ったんだよ? もっと涼しいとこ行こうぜって。
大学内にだってエアコンのある学生食堂はある。まあ丹生田が金無いの知ってるから誘わないけど。
他にエアコン完備の寮だってある。賢風寮の自治会役員は、他寮の出入りできないんだけど。
そんでも図書館とか研究室とか、そういう大学内の設備だってあるけど、盆休みで今は全部閉鎖。入れない。
ファミレスとか公共の図書館とか、そういうトコも提案してみた。したらさ、丹生田って自分が厳 ついの気にしてたんだよ。
「この時期のそういうところは子供が多いだろう」
なんつって目を伏せて言われたらさ、付き合うしか無いよね!
つうか前にファミレスで転んだ子供助けたら泣き出されたんだって。その上母親に誘拐犯を見る目で睨まれたり、そゆこと何回かあってなにげにトラウマらしい。
実際この夏は丹生田の実家、みんなアメリカに行ってて帰省しないつうから俺も帰らなかった。だって寂しそうじゃん? くそ暑い寮で一人とかさ?
俺の実家は頑張れば通えないことも無い距離だし、いつでも帰れるし、それより丹生田と一緒、つうか丹生田と二人で一夏 過ごせるなんつって! 超チャンスな訳でっ!
そう、こんなチャンスそうそうないわけ! いつもの三人部屋が、今は二人だけの部屋になってるわけよ!
丹生田がまた麦茶をごくごく飲んだ。
あ~あ、腹タポなんじゃねえの? とか思いつつ、俺の目が丹生田の鼻先から落ちた汗のしずくに釘付いた。額にもこめかみにも汗の粒が浮いていて、もうひとしずく、またひとしずく、こめかみから額から頬に流れた汗が、顎から首筋へと流れていく。
浅黒く逞しい首筋を流れる汗は、喉仏の脇を伝って甚平の合わせからのぞく鎖骨へと落ちていく。
「ぉぉぉぉぉ…」
無自覚に声が漏れてた。
「…藤枝?」
丹生田の怪訝そうな声、聞こえたけど、俺の指は流れる汗へと伸びる。沸いた頭に浮かんでいるのは―――
(アレ拭ってあげねーと。そんで、……肌に…筋肉に…触り……)
ガンッ! つう音と同時、火花が散り、無自覚に伸ばしてた手はむなしく宙で止まってパタンと落ちた。
「って~~っ!!」
デコ痛えっ!!
ナンカが後頭部を押さえつけて、横っちょによけてたテーブル(しかもちょい角)にデコぶつかってめちゃ痛えっ! ぜってー血ィ出てるっ!!
「危ないねえ」
低めの滑らかな笑い声が聞こえ、俺のデコを痛めた犯人が分かって、一気に怒りが爆発する。
「離せっ!!」
ジタバタ暴れても、後頭部の手の力は緩まない。コイツは妙に力が強いのだ。
「正気に戻った?」
「俺は正気だっ!!」
「はいはい」
抑えてた力が緩み、俺は首と肩と顎に力を込めてバッと顔を上げた。
「てめえ、なんだよいきなりっ!!」
加害者、つまり目の前のにやけたメガネ男へ、おもっくそ怒鳴りつけてやった。が、
「やだなあ」
なんて手ヒラヒラさせて笑いやがってる。
「藤枝の獣性が暴発しそうなの、セーブしてあげたんじゃない」
「はぁ?」
「また危ない状態になってると思って」
メガネかけたきれいな顔がヘラヘラ笑ってた。
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