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やなやつ
「なにがまただっ!」
俺の天敵、姉崎は、長身できれいな顔したメガネ男だ。
なにかっつうとかまってきて、俺と丹生田の貴重な時間を妨害しやがる。
「え~、自覚なし? やばいよソレ」
むっかー! とか来たから立ち上がり、姉崎のシャツをつかもうとした。タライからバシャッと水あふれたっぽいが、気にするかそんなのっ!
なのに逆に手首を捕まれてイラッとする。
「つうか離せ、この裏切り者っ!!」
「え~、人聞き悪いなあ。逆恨みなんじゃないの?」
つまり姉崎はこの寮で唯一のエアコン部屋の住人なのだ。
「ふっざけんなっ!!」
一年の時、姉崎は「自治会なんてやらない」つってたんだ。なのにいつのまにかちゃっかり執行部に収まりやがってた!
そんで、してやったりな感じで言いやがったんだ!
「熱中症とかまずいし、テストケースもうけて設置コストや技術的な問題、ランニングコストも含め、実際に確認した上でエアコン設置の是非及び設置範囲を決めようよ」
なんつって笑いながら、とりあえず自腹でやってみるよ、と自分の役員室にエアコンを設置しやがった。
「なんで? ズルイだろ?」
とか言ったんだけど、施設部長の大田原さんまで巻き込んでやがって、費用はぜんぶ姉崎が持った上『どこに設置するか、出資者に決定権があるの当然だよね』とかヘラヘラしやがってて! 施設部じゃ設置ノウハウとランニングコストのデータ蓄積できるって喜んでるから文句言えねえ!
つまりみんながうだる暑さに耐えてる中、コイツ一人だけのうのうと快適に生活してやがるのだ。しかも完璧にお膳立てしやがって可愛げねえし腹立つだろっ!
そんなこんなで姉崎がエアコン設置したのは夏前だったけど、俺はこの暑さで怒りを再燃させていた。
だって去年の今時期、コイツは暑さに音を上げて一夏 ホテル暮らししてたんだぞ? そんで「藤枝もおいでよ」なんつってホテルに呼びつけて、寮は暑いから行きたくないという理由で俺を使った。アレ持って来いついでにアレもとかって。
まあ丹生田いなかったし実家たるかったしホテルの部屋は広くて涼しくて快適だったし、ホテルメシうまかったしプールとか入り放題だったし。
なんで俺もズルズル居座ってたんだけど。
でもこいつ、ホテルで変な真似してきやがった! キ、キスとかしやがった! しかも……めっちゃキス上手かった…………。
なんか色々腹立つ!
だから諸々含めて言ってやった!
「ばーかっ!」
「うーわ、小学生レベル?」
フッとか鼻で笑いやがって、いつも通り馬鹿にしてる感じで、さらに腹立つ!
「うるさいうるさい、寄るなばかっ、ばーかばーか!!」
パタパタうちわ仰ぎながら、飛沫飛ばして蹴り入れたが、サラッとよけやがって!
「くっそ! 避けんじゃねえバカッ!」
「……藤枝、さすがに聞いてて辛いぞ」
うんざりしたような呟きにハッと汗が引く。見ると丹生田が苦笑いしてた。
あれ、やっちまった? なんかダメ?
「ほんとだよね~」
乗っかった姉崎にイラッとする。ニコニコ丹生田と目を合わせてるのにも腹立つ。丹生田はいつもの無表情だけど、なぜかこの二人微妙に仲良いのも腹立つッ!!
「う~~~っ」
唸る俺にかまわず、姉崎は氷の浮いた金ダライを見て、わざとらしく眉を顰 めた。
「実にプリミティブに涼を求めてるわけだね」
ため息混じりに言い、何度も小さく頷くのまでわざとらしくてイライラするっ!
「うっせ! トラディッショナルな伝統だっ!」
「重複してないソレ? “tradition”イコール“伝統”でしょ」
「ほっとけよっ!!」
「ほっといてもいいけど、君ら僕の部屋で涼しく過ごす気はないかな」
ことさらニッコリと笑う顔と朗らかな語調。自動的にちょい冷静さを取り戻し、俺は声を低めた。
「……なに企んでんだよ」
こんな風に言い始めたコイツに、気づいたら思い通りに動かされてたってコトが何度かあった。その経験が、警戒心を刺激したのだ。
「いやあ、部屋の掃除をお願いできないかと思って」
「はあ?」
思わず声を上げると、丹生田が深い溜息をついた。
「相変わらず掃除してないのか」
「ていうか夏休みで掃除担当が帰省しちゃってさ」
朗らかで一片も恥じらい無い口調と、一見爽やかな笑顔。もはや警戒心しか湧かない。
俺はうちわをパタパタやりながら「掃除担当ってなんだよ」胡乱 な目つきを向ける。
「一年生にいるんだよ、僕の部屋の掃除担当が。あ、強制したわけじゃ無いよ? 志願してきたから、僕はソレを受け入れただけ」
「なんだソレ」
「知らな~い。奇特な人もいるもんだよね~」
ヘラヘラ笑ってるけど、そんなもの信用できるわけねーだろ。
「……掃除か」
ぼそりと丹生田が呟いた。
「やってもいい」
「えっ」
「へえ、ラッキー」
俺も姉崎も意外な声を出したけど、丹生田はあくまで淡々とした顔で腕組みした。毛臑丸出しでたらいに突っ込んでるけど、かっけー。
「ただし程度によって報酬が変わる。なんであろうと要求を呑むなら」
「あ、報酬を要求する? 僕らの間にあるべき無償労働も喜んでやります的な熱い友情とか」
「そんなものは無い」
むべ無い答えにククッと笑って、姉崎は両手を肩の高さに上げ、降参のポーズをした。
「OK、了承する。何でも要求してくれていいよ」
丹生田がむっつりと頷いたので、俺もしぶしぶ矛を収めた。
なぜかこの二人って争いにならないんだよな。なんでだろう。喧嘩なんてしない方が良いから別にイイんだけど。
まあともかく、掃除しに行くなら、まずは金ダライの始末しないと。
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