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線香花火
ぜんぜんラリー続かねえ卓球してたら
「兄ちゃんたち、うるさいよ」
通りがかりのおっちゃんに怒られた。ちょい顔赤いし酔っ払ってんのかな?
とか思いつつ周り見たら、いつのまにかけっこう人がいて、あれ? とか思って、すぐ納得する。
メシ食ってるとき『これから一般のお客さんが来るから早く食え。食事時間が終わってから厨房に来たら、あまった刺身なんかやるよ』とか言われたっけ。
つまり皆様、食後ってわけだ。今ごろ誰か厨房につまみ貰いに行ってんのかな、なんて思いつつ、キャッキャ言ってるちっちゃい子とかもいて、ゼンゼン気づかなかったけど、棚とかにちっちゃい子用のおもちゃとか絵本とか収まってたらしく、勝手に遊んでる。
そっかココって娯楽スペースなんだもんな~、とか思い出す。そんでチラチラこっち見てたりしてて、卓球に夢中で気づかなかった~、なんてちょいヘンな汗出た。バカでかい丹生田とそこそこデカい俺はなにげに目立つんだよな。忘れがちだけど。
「……すみません」
丹生田がキッチリ頭を下げると、おっちゃんがちょい笑った。
「コレやるから外行きな」
差し出した手には、花火の袋が下がってた。
いかにも残り物って感じで、ネズミ花火と線香花火しか残ってねえ。けど!
「え、イイんすかコレもらって!」
「声がデカいよ」
言いながらおっちゃんが伸ばした腕の先に、小学生くらいの男の子が母親らしい人と一台しか無いUFOキャッチャーやってた。奥さんと子供かなぁ。
「子供と一緒にやったんだがな、コレはいらねえんだと」
ちょい寂しそうなんだけど、つまり廃品処理ってコト? けどイイ! 関係ねえ!
「うわーサンキュっす!」
だって花火だよ!? 線香花火でも花火だ! 丹生田と花火! やりたい、めっちゃやりたい、やるしかねえ!
「だからうるさいって言ってんだよ、兄ちゃん」
「おとなしく庭行きます!」
「声がデカいんだって」
「……すみません」
またきっちりアタマを下げる丹生田の腕を掴み、「おっちゃんありがとー」グイグイ引っ張ってく。
「だからうるさいってのに」
とか聞こえたけど気になんねえ。
だって丹生田と花火って! コレ夏のイベントじゃね? そういうの待ちかねてたよね!
「すみません」
引っ張られながら丹生田が言ってんのが聞こえて、チラッと見たらデカい図体で、ちょい眉寄せながら、つまり照れた顔で素直についてくる。
うう~~っ、めちゃカワイイ~~~っ!
悶えそうなの抑えながら『⇒出口』と書いてある看板に従って歩くと玄関に出た。
土間に降りる前に腕を放し、つっかけみたいなサンダルに足入れてたら、事務所んとこからお兄さんが顔出した。
「おや、きみたちどうしたの、こっちから出てくるなんて」
「花火もらったんす!」
「ですが、火がありません」
つっかけに足入れた丹生田が言ったんでハッとする。
そうだ、俺たちタバコ吸わねーしライターなんて持ってねえ。なんだよできねーじゃん花火。
いきなりテンションだだ下がる。
「じゃあ……コレ貸してあげるよ。後で勇太に渡してくれれば良いから、楽しんでおいで」
と言うお兄さんの手には、燦然と輝くチャッカするマン! キャンプとかの時焚きつけに火つけたりするヤツ!
「うっわー! めっちゃありがとうございます!!」
受け取ってまたも急上昇するテンションのまま「行くぞーっ!!」と玄関走り出て塀を回って木戸から入り、しっかり真顔でついてくる丹生田に、またアゲアゲになりつつ、離れから騒ぐ声が聞こえるから、ちょい離れた四阿 の影に陣取って「こっち! 早く来いって!」なるべくデカくならないように声上げる。先輩たちに見つかったら、二人っきりの花火になんねえ!
「なぜ隠れる」
不思議そうに言いつつ、すぐ隣にしゃがんだ丹生田に
「いや……だってさ、こんだけしかねえじゃん? 先輩に分ける分とかねえし」
言い訳すると、細めた優しい目で、ちょい笑った。
「……そうだな」
うう、カッコカワイイ……
丹生田が袋から出した線香花火を一個くれた。そんでチャッカするマンで火をつける。
チリチリ火花が散りはじめ、生真面目な顔で目を伏せてる丹生田の顔が照らされて、鼻筋通った顔に陰影が……なんつうか……めっちゃかっけー。
したら丹生田が目を上げ、こっちをじっと見た。
「……藤枝」
「え?」
やべやべ、今ぜってー顔にやけてたよな。慌ててゼンゼン見てなかった花火に注目する。
火花は最高潮に飛び散ってる。つっても線香花火だからな、明るくなるほどじゃねえんだけど。んでも……なんかすんごく見られてる気がして目を上げらんねえ。自然、火花をガン見しちまう。
「キレイだよな」
「……ああ」
「なんつうか雰囲気ある……」
とか言ってる最中に火花は玉になって落ちた。
「つか……終わったな」
くっ、タイミング悪いわ。
「……キレイ、だな」
いやいや、花火終わってるし、なに言ってンだよ丹生田まで。
「次つけようぜ」
「ああ」
次はちゃんと見るぜ、という決心と共に、全力で花火を鑑賞する。
視界には俺のと丹生田の二つの花火が見える。そんで細っこい花火を持ってるゴツイ丹生田の手も見える。四阿の階段ぽいトコもちょい照らされて、草とかも昼間見るのとゼンゼン違う感じで。
「うん、……キレイだな」
自然に出た。
丹生田の手と、二つの花火。
「……そうだな。キレイだ」
低く呟いてるみたいな声。
ちょ、冷静に考えたらコレ、すんげえコトなんじゃね?
二人だけの秘密っぽく、隠れて花火してるなんてさ。
やべえ、なんつうか、超幸せな気分。
この絵面、俺、死ぬまで覚えてそうな気がする。
微笑んじまってた自覚なんて、もちろん無かったんだけど。
そんな俺を、丹生田がじっと見つめてたなんてまったく気づいてなくて。
…………そこらへん、十年くらい後に知ることになるなんてのも、当然知らなかった。
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