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第5話
「それで?あんたネコがしたいんスよね?」
「俺は猫より犬派だなぁ。家で飼ってるのチョリって言うんだけど甘えんぼでナオの次に可愛くて…」
「あーあーお約束のボケはいらない。つまり、突っ込まれる方をご所望なんですよね?受け手側」
「へ?ああ、うん。そうそう」
放課後、章斗は約束通りに紘希の元を訪れた。「なんでー」とか「ついに!?」とか「うそぉ」とか言う女生徒の声を浴びながら、渋い顔をした紘希と共に校門をくぐったのがつい五分前だ。
とりあえず駅の方へ歩きながら、紘希がぽつぽつとしてくる質問に、章斗はこまごまと答えていった。
「俺がタチかぁ…あんた相手に勃つかわかんないんで、勃たなかったらもう諦めてくださいよ」
「そのときは、船橋が誰かとやっているのを解説付きで見せてくれれば…」
「それだけは絶っっっ対に、嫌だっ!」
渋面をさらに色濃くした紘希に、章斗は肩を竦めた。紘希はとても怒りっぽい人だと章斗は思う。
「場所は……ホテルでいいですか」
「あ。俺、五百円しかないんだ。昨日髪切るのに使ったから」
「………」
紘希は目を眇め、少し開いた口からはぁぁぁ、と息を吐きながら章斗を見た。なんとも呆れ切った顔なのに、紘希は気だるげで様になっている。
「…ホテルがダメなら、あんたんちは?」
「いいよ。母さんいるけど」
「………」
結局一人暮らしだという紘希の家に行くことになり、章斗はいつも乗る電車とは違う路線に乗り込むこととなった。
二駅移動して降りた後、薬局に寄って必要だと言うものを買い込んでから小さなアパートに辿り着いた。
1DKの部屋はそれなりに散らかっていて、生活感に溢れている。ミニソファの上や床には洋服や雑誌が無造作にあって、シンクには少し洗い物が溜まっていた。
「へぇー。結構広いんだな。あ、こっち寝室?わー…」
初めて訪れた空間に少しわくわくしながら、章斗は勝手に室内を歩きまわった。高校生で一人暮らしをしているのは珍しい。
「動きまわらないでください」
ラグの上に座って薬局の袋を漁る紘希に鋭い声で注意され、章斗は「ごめん」と謝りながら彼の側へと寄った。
「一人暮らしって大変じゃないか?」
章斗がそう言った瞬間、僅かに紘希の眉根が寄った。おや、と思った章斗だが、それは直ぐにほぐれ、紘希はまた何ともない顔で袋から物を取り出していく。
「別に。楽っスよ」
「ふーん…」
「はいこれ」
「ん?」
ずいっと紘希が章斗に押しつけたものは、バスタオルだ。
「ありがたいことに腸内洗浄までしてあるそうですけど……とりあえず、シャワー浴びてきてください。風呂、そっちなんで」
「了解」
言われるままに頷いて、章斗はタオルを抱いていそいそとバスルームに入った。体をすみずみまで綺麗に洗い、ほこほこと湯気を上げながらバスルームを出た。
「船橋」
「ああ、制服また着たんスか…まぁバスローブなんて洒落たもんないけど」
漫画雑誌を読んでいた紘希は顔を上げると、制服を着て出てきた章斗を見て苦笑した。
「ちゃんと洗ったよ」
「そーですか。じゃ、ベッドで服脱いで待ってて下さいよ。俺もシャワー浴びてくるんで」
「ん」
「勝手に物漁らないでくださいよ」
念を押してからバスルームに入っていく紘希を見送って、章斗は先ほど覗き見た寝室に入った。ベッドと机、本棚とチェストが一つずつ。小物がたくさん置いてあって、章斗の部屋よりは物が溢れていた。
カーテンが閉められた部屋は暗く、章斗は電気をつけようか悩んで、結局ベッドサイドにある間接照明の明かりを付けた。
制服を脱いだ章斗は、それをきちんと畳んで机の上に置かせてもらうことにした。パンツだけは穿いたまま、シングルベッドに腰掛けた。
ついにここまでこぎつけたなぁ、と章斗はしみじみ思った。尚斗の望みを叶えるため、一歩前進した。
今、シャワーを浴びている紘希を思う。紘希は背も高くとても整った顔をしている。しかも、垢ぬけていてカッコイイ。きっと男女問わずモテて、相手には事欠かないはずだ。それなのに、章斗の申し出を受け入れてくれて、本当にありがたいことだ。章斗はやっとそこに辿り着いた。
これはとても幸運なことで、一度は怒りっぽいなどと思ってしまったが、紘希はかなり心の広い人間だ。
「お礼しないとな…何がいいかなぁ…うーん…お礼、お礼…やっぱ金かなぁ…?」
濡れた髪のままごろりとベッドに寝転んで暫く。ぼんやりと章斗が呟くと、声が返ってきた。
「何ブツブツ言ってるんスか」
「あ、船橋」
章斗は急いで体を起こした。
そこにはタオルを腰に巻いただけの紘希が立っていた。惜しげもなく晒された濡れた体は、うっすらと筋肉がついていて劣等感を芽生えさせるほど男らしい。いつもかけている眼鏡もなくて、随分印象が違う。ぽたぽたと髪から垂れる水滴が頬を滑る様は、すごく淫猥な雰囲気を醸し出している。章斗の貧相な体とはえらい違いだ。
「うーん、エロスだ」
「は?」
首を傾げる紘希は章斗の隣に来てベッドに腰掛けた。章斗はそんな彼に向かい、ベッドの上で正座をし、三つ指ついて深々と頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「ホントあんた雰囲気ないスね。マジで勃たねーかも」
「そこをなんとか。それで、どうしたらいい?」
「まあ、とりあえずは俺がやるんで寝ててください」
顔を上げた章斗は、紘希にトンと肩を押されそのままベッドに仰向けに転がった。ぎしっとスプリングがきしむ音がして、上から紘希が圧しかかってくる。
「ちょっと腰上げて」
耳元に唇が寄せられて低い声で囁くように言われ、ぞくっと背筋を震わせながら章斗は腰を浮かせる。すると紘希の手がパンツに掛けられ、ずるっと一気に脱がされた。腰を下ろせば露わになった尻の下にタオル地の感触がした。
「……パンツ一枚で、なんかこう…心持ちがすごく違うと言うか…パンツって薄っぺらいくせに偉大なんだなぁ…」
人前で全裸というのは酷く心許なく、思わず章斗の口からはぽろりと言葉が漏れていた。紘希が呆れた顔をする。章斗は彼のこの表情ばかりを見ている気がする。
「あのさぁ…萎えること言うなって」
「ごめ…んっ!」
ぎゅっと性器を握られて、章斗は小さく悲鳴を上げた。まだ小さいそこは紘希の大きな右手にすっぽりと収まって、そのままぐにぐにと揉みしだかれた。章斗はシーツを握りしめた。
「…っ」
絶妙な力加減はかなり気持ちが良く、章斗のペニスはじわじわと熱を持ち始める。
「あんた、女としたことはあんの?」
章斗の首元に顔をうずめたまま、紘希が訊ねてくる。息が詰まって上手く言葉が出せず、章斗はふるふると首を横に振って答えた。紘希が顔を上げる。
「ふぅん…気持ちいい?」
今度はこくりと縦に頷く。
人に触ってもらうのは生まれて初めてだ。それがこんなに気持ちいいとは思わなかった。これを尚斗にもやってあげられたら…と快感に持っていかれそうになる思考でうっすらと思った。
「気持ちいなら声出して。わざとらしくない程度にイヤラシイ声上げて相手喜ばせなきゃダメですよ」
どうやらちゃんとレッスンをしてくれているらしい紘希に、声?と、章斗は内心首を傾げる。
「耳でも興奮すんだから」
「声、って…あっ!?」
どんな声だ、と聞こうとした途端、目の前にあった紘希の顔が下にさがり、胸のあたりに鋭い刺激が走った。直後、ぬるっとしたものがそこを這う。
紘希が乳首を噛み、舐めたのだ。くすぐったいようなぞわりとした悪寒が背筋をかけ、紘希の手の中のペニスがヒクリと震えた。
「乳首は感じる?赤くなってるけど」
「わからない…」
完璧に勃ち上がったペニスの先端に、紘希が指を立てた。人差し指が鈴口を思い切りくじる。
「あっ!……あぁ…!」
痛みと快感に襲われ、章斗の口から甘ったるい声が零れ出る。それを聞いた紘希は満足そうに笑った。その笑顔はニヤリと形容するにふさわしく、章斗の下肢と顔に血液が集中していく。
「それそれ、そういう声」
「こ、れっ…?あっ…ぁ…!船橋ぃ、そこ…っ」
「あんた声は結構いいですね。いけるかも…」
「ん、ん、ぅ…!すご、気持ち…ぃ…っ」
「素直なことで」
ちゅっと乳首を吸われながら性器を擦りあげられ、章斗は意識が飛びそうなほどくらくらした。ペニスを扱かれるのも、乳首を弄られるのも気持ちいい。これも尚斗にやってやらなくては、と思うことで何とか自我を保っていた。
もう果ててしまう。章斗はぎゅっと目を閉じ、四肢に力を込めた。だが、その瞬間、すべての刺激が一気になくなってしまった。
「っあ…?」
不満げな声を上げつつうっすら目を開くと、紘希は章斗の上に跨ったまま起き上がって、その手に薬局で購入したローションを持っていた。チューブに入った薄らピンク色したそれを掌にたっぷりと取り出している。
もう少しでイキそうだったのに…と思いつつも、最終目的のため章斗は恨み言は慎んだ。
「今までやったオナニーより何倍も気持ち良い…船橋すごいな」
代わりに、はぁ、と熱い吐息交じりに素直な感想を告げると、紘希はうっすらと頬を染めて目を眇めた。
「船橋の…俺も、していい?」
今のテクニックを我が物にしないと、と思いつつ、章斗は紘希の下半身に視線をやった。まだそこはタオルで隠されているが、そのタオルは僅かに押し上げられている。紘希が反応しているのが解り、章斗はその事実に良かったと思うより先に何故だか興奮した。自然と唾液が溜まり、飲みこむとこくりと喉が鳴る。
「それは後で。先にあんたのココ十分にほぐさないと…」
「わっ」
章斗は紘希にぐいと太股を掴まれ、体を反転させられた。腰を紘希の方へ突出すように四つん這いになり、章斗はおずおずと腰を下げた。これでは尻の穴も袋も茎もすべて丸見えだ。
「船橋、この体勢はちょっと…」
「えっ!あんたにも羞恥心ってものはあったんですか」
「?そりゃあるさ」
「……でもこの過程が一番大事なんですから。ほら、腰上げて少し脚開いて」
「わかった…」
大事なのだと言われれば、仕方なしと章斗は目の前の枕をぎゅっと抱えてすべてを晒すように脚を開いて腰を上げた。これも尚斗のためだと思うと羞恥も我慢できる。
直後、ヌル…っとした感触が尻の狭間に触れた。ローションに塗れた紘希の手は、そのままそこを何度も往復し、孔の周囲を揉むように動く。ぐにぐにとマッサージのような動きはもどかしい。
「そう言えば、いつだったか自分で指入れてみたとか言ってましたね?」
「一回、風呂で、挿れようと…した、けど…痛くて、入んなかった」
「まあ、いきなりは痛いでしょうね…挿れますよ」
「あっ」
紘希の言葉と同時に、中指が内へぬるんと入ってきた。ローションのおかげか、マッサージのおかげか、痛みはまるでない。そのままローションを中に押し込むように何度も指を出し入れされ、異物感とむず痒さに体が強張ってしまう。
「はっ……ん」
「…指増やしますけど、痛かったら言って下さいよ」
章斗が頷くと、直ぐに指は増やされた。
たった一本増やされただけだが、紘希の指はなかなか太い。その圧迫感は何倍にも増え、章斗は息をつめた。
「狭……ちょっと、俺の指折らないでくださいよ。深呼吸して」
「んっ…はぁ…っ苦し…ぃ」
言われた通りに深呼吸するものの、上手くいかずに目にじんわり涙が滲む。紘希が中に収めた指を僅かに動かすと、溜まった涙はついに零れた。
「はっ…あ…んんっぅ!」
そのまましばらく指が中を広げるように動かされたが、章斗は苦しいばっかりで何が何だか解らなかった。ある一点に指が触れると、反射的に体がひくりと震える。しかしその僅かな快感を拾い上げることはできず、ぼろぼろと涙を零し、はっはっと息を上げるので精いっぱいだ。時折、紘希のもう片方の手が腹や背中、性器を撫でていくが、何の慰めにもならない。
やがて指が引き抜かれると、章斗は心から安堵した。長時間弄られた中はまだ異物感があり、たくさん擦られた淵はじんじんと熱いが、かなり呼吸が楽になる。
章斗は涙で歪んだ視界で紘希を振り返った。彼は柳眉を歪ませて、困った顔をしていた。いつもの呆れた顔ではないのだが、あまりよろしくない表情だ。
「船橋?」
「きつすぎてこれ以上無理だよ。これだけローション使っても指二本で限界」
「そんな…」
「せめて三本は入るようにならなきゃ、アナルセックスは無理」
章斗はぐしゃっと表情を歪め、体を起こした。紘希のぐちゃぐちゃに濡れた手を取って、自らの股間に手を招く。
「じゃあ、三本入れてくれ」
「だから、入らないんだって。無理に挿れたら切れる」
「無理に挿れていいから!」
「無理にって…あんた、向いてないよ。すっかり萎えてるし…震えてるの気付いてないの?」
「え…?」
言われて初めて、章斗は自分が小刻みに震えていることに気付いた。巧みな手淫でしっかり勃ち上がっていた性器も、しゅんと萎れて縮んでいる。気持ちは平気だと思っているのに、体はついてきていなかった。
紘希がはぁ、と溜め息を吐く。
「狭すぎたら挿れる方も気持ち良くないわけ。気持ち良くさせたいんだろ?むしろ痛くて萎えるって」
「だって…じゃあ、どうしたら…」
「諦めるしかないね」
汚れた手をタオルで拭きながら、あっさりと紘希が告げる。
章斗はぎゅっと唇を噛みしめ俯いた。生理的なものではない、新しい涙がほろほろと溢れ出る。
「おい、何も泣くことないだろ」
「だって…だって…ナオに……」
ナオにセックスさせてあげたいのに…と、章斗は肩を落とし静かに涙を流し続ける。紘希は明らかに動揺した様子で、章斗の顔にタオルを押し付けごしごしと擦った。
「ぅっ…痛い」
「あ、悪い…」
「……どうしても、無理、なのか…」
紘希からタオルを受け取った章斗は、顔に当てたタオルの隙間からじっと紘希を見上げた。目が合った紘希は一瞬だけ目を丸くして、ふいと顔を逸らしてしまった。そしてしばらくの沈黙の後、
「そりゃ……一日二日じゃ無理だろうけど、ゆっくり時間かけて慣らしていけば…できなくもないだろうけど…」
と、ぼそりと言った。
その瞬間、章斗は涙を流したまま、ぱっと顔を華やがせた。これ以上ないほどきらきらした笑顔で紘希の両肩をがしっと掴む。
「船橋!頼む!お願いだ!」
もちろん章斗は今回一回だけのつもりだった。紘希だってそうだろう。
でも、時間をかけてできるのなら、時間をかければいいじゃないか。
章斗の言わんとすることは紘希にもちゃんと伝わったようで、紘希は顔を逸らしたまま目だけちらりと章斗に向けると、諦めたようにふっと息を吐く。
「…………わかりましたよ…」
蚊の鳴くような紘希の応えに、章斗は諸手を挙げて喜んだ。
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