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第2話
-ハナミズキ-
エドさんは分かりやすい。
「恋愛感情って、どういうものなんですか?いいものですか」
エドさんはなんかボクが見たことない顔してた。エドさんは分かりやすいけど、ボクには分からない。どうしてこんなつまらない人が、いいんだろう。
「失礼、します…」
エドさんが不可解な顔でボクを見て、ボクがシンクと壁に追い込んでいた月下 さんが軽くボクの腕を解いて給湯室を出て行ってしまう。
「お前なぁ」
「おやつ、シェアしてたんです」
エドさんは溜息を吐いた。エドさんからもらったエクレアもシェアしたかったな。
「シェアねぇ…」
一口ずつアイスを月下さんの口へ移した。そうすると甘いのがもっと甘くなって、冷たいのが少し溶けて、ちょっと混ざって氷の食感とか、嫌がる月下さんの舌の感触とかで気持ち良くなる。嫌がって拒むけど、結局ボクに負けちゃうからつまらない人だと思う。でも楽しいからやめたくない。月下さんの口の中を荒らすのは気持ちいいということをこの前初めて知って、でも月下さん嫌がったし、なんか苦しそうだったから嫌われちゃったかなってちょっと自分からは月下さんを避けてたんだけど、気のせいだったみたいで復帰している月下さんからボクのところに来ていつも通りに接して来た。だから、いいんだなって思ってアイス食べましょうって誘って、今に至る。つまらない人だけど、やっぱり月下さんの口の中気持ちいいし腹の奥の軋みみたいな引き攣った感じが段々と面白くなってきた。他の人の口の中舐めたいとは思わないから月下さんしかやるつもりないけど。
「追わなくていいんですか」
エドさんはボクを呆れた目で見た。ボクは肩を竦める。月下さんの両腕の縄の痕は多分エドさんだ。隠してるつもりなのか知らないけど、すぐ分かるよ。月下さんが気になって仕方ないって顔に書いてあるんだもん。きっとボクにしか気付いてないだろう。
「あんまあいつのこと、いじめるなよ」
分からないな、分かりやすいけど。仕事の顔になって、秋桜 さん絡みだなって思った。本当はいじめたくて、いじめたくて仕方ないんでしょ。
「いじめてるのはエドさんの方だと思うけどなぁ」
エドさんが月下さんをいじめてるのはなんだか胸がドクドクして楽しくなる。でもボクの知らないところでいじめてるんだって思うと、ちょっとだけ、どうして?って感じがするし、でもボクも月下さんが嫌がるならいっぱいおやつシェアしたいなって思う。嫌がるくせにボクのこと拒めないし、何もなかったみたいに接してくる月下さんは面白いから。いつもはつまらないのに。
エドさんは目をカッてして、でもエドさんはボクを怒ったりしない。秋桜 さんのこと怒るけど本気じゃない。なんだかんだエドさんは身内 には甘い。
「そうだな」
迷ってるような、反芻していたような間を置いて、やっと口にした肯定。ボクが問い詰めるみたいな目、向けてたかも知れない。
「ね、エドさん」
「なんだ?追わなきゃなんだが」
身を翻すエドさんが少し不機嫌そうになったけど不機嫌そうな顔が元の顔なんだよな。
「恋愛感情って楽しいですか」
エドさんは変な顔して答えずに出ていった。エドさんは月下さんをボクや秋桜さんに向けるものとは違う目で見てる。それは分かる。それは分かるけど中に伴っているものは分からない。一緒にいて言いたいこと言い合って美味しいもの食べて、美味しいねって話し合って、お風呂にみんなで入って楽しいねって笑い合って、布団なくてもごろごろ横になって足相撲したりしながら寝落ちて、その日をテキトーに一緒に生きたい関係じゃないんだと思う。もっとなんか、遠い感じ。ボクと秋桜さんじゃ多分満たせないもの。それが出来るのが、月下さんならやっぱり少しつまらない。ずっとおやつシェアしてなきゃならなくなる。嫌がった拒めなくて、いつも弟みたいに可愛がるボクに雛みたいにおやつ分け与えられるのは面白い。でも面倒臭いなと思った。エドさんは月下さんをいじめたけど、月下さんは秋桜さんのことをちょっとロマンチックで、ボクは月下さんにおやつシェアしてなきゃつまらない。変な関係だと思う。秋桜さんは奥さんいるし子どもいるし、月下さんのロマンチックは叶わないし、だからエドさんのところに逃げ込めばいいのにエドさんは月下さんをいじめたし、まだいじめたいんだろうけど、月下さんはエドさんに冷たい。だから月下さんはボクのところに居ればまるく収まると思うんだけどな。
-バラ科モモ亜科スモモ属-
ヤツはどこに行ったのか。
「あっれ、エドさん!」
深月が犬みたいに懐いて猫みたいにマイペースなうさぎ顔なら、こいつは子猫みたいに無邪気でうさぎみたいな存在感のヤツが可愛がっている子犬。風信 飛広也 。人畜無害で面倒見も良く、緩衝材になれるタイプだから月下同様に事務に回ってもらいたいが本人は身体を動かしているほうが好きらしかった。
「よぉ」
「こんにちは。よっしぃ来てませんした?」
「今探してんだ。見たか?」
本当に犬みたいな男で、垂れた黒目がちの目元と緩やかな口元が妙に愛らしい。
「さっき秋桜さんとこ行ったのは見たんですケドね。花水木 さんのとこかな」
「いや、深月のとこにはいない。姿見たら俺が探してたって伝えとけ」
風信は分かりましたと言うが、俺が月下を探していると知ると変な顔をした。不仲ってことは噂になってみんな知ってる。顔を出さなくなったことで何か月下に制裁が下るんじゃないかと危惧してるのか。風信と別れて、帰ったのではないかと思いはじめる。勝手に帰ったのか。顔を出さない期間があったし今までになかった不真面目さが出てきたとしても納得できる。
月下は結局事務所の薄汚い便所にいた。勢いのある水の音がして、蛇口が壊れてるのかと思ったからだった。古めかしい消臭剤のわざとらしいレモンの香り。清掃員入れているのか。関係ないことを考えながら隅が汚れた鏡と睨み合う月下を認めた。電気を点ける。とにかく便所も月下もとにかく暗い。
「探したぞ」
錆とカビが落ちないが磨かれた形跡のある古い蛇口を捻り、白い手を洗っている。水滴を弾く滑らかな肌。肌理細かい指。緑の液体石鹸が色を失い泡になる。頭の中が破裂する。無理矢理抱いた日に似ている。
「…それは手間をかけさせたようで申し訳ないです」
深月に見せる緩みまくった優しい顔とはまるで違う。警戒と敵意に満ちている。当たり前だ。縛り上げて裸晒させて体内暴いた男だぞ。
「いや…」
「何か御用だったのでしょう」
「あんたを監視することになった」
「…何故です」
鏡の中の綺麗な顔が俺を鋭く睨んだ。不服だと、不満だと。それは監視されることがか。担当が俺だからか。
「咲(さく)の指示だから」
鏡の中の綺麗な顔が振り向いた。惜しいと思った。本物が俺を見る。怒り、敵意、それだけか。落胆も。
「秋桜さんが…」
「あんたを放したくない、咲 の気持ちも分かってやってくれねぇか」
「…っ、嫌です」
唇を噛んで脇を通り過ぎようとする月下の腕を掴む。また探すのが面倒だとか、こいつを監視していなきゃならないだとかは二の次三の次だった。ただ逃したくないと思った。落ちそうなものを押さえつけるような、反射だ。
「っ、」
「逃げんなよ」
濡れた手は冷たくなっている。心なしか赤い。洗いすぎか。神経質だ。力付くで掌を合わせて、タイルの壁に押し付けた。抗議しようとする唇を塞ごうとして、逃げられて、追って、逃げられて、追って、柔らかく噛みついた。深月は頭は良いがバカだから分かってない。深月の色々すっ飛ばしすバカっぷりは俺たちの怠慢だ。色恋沙汰はまだ早いを繰り返していたらいつの間にか俺がそういった方面に興味を出す頃よりずっと大人になっていた。だが身体ばかりでまだ子供だ。雛鳥の餌付けと意味合いが全く違う。それを理解出来ていないとは。
「っあ…」
指を絡めても月下の指は反応しない。唇を舐めて、吸って、割り開く。捕まった後は無抵抗で、奥の舌へ辿り着く。キスは初めてだった。舌が触れて、口内を探る。甘さに脳が痺れて、がちん、という衝撃の後に独特の甘みと痛みが広がった。だが月下の中に居座り続ける。お前も味わえよ。そんなつもりで。赤が混じった唾液が月下の口の端を滴っていく。熱い息が頬を掠めた。鉄の味と月下の甘い味。くらくらする。俺は御三時のシェアのつもりなんて毛頭ない。舌を噛まれながらもしつこく拾い上げ絡ませていると壁に押し付けた身体はタイルを滑り、膝から力を失う痩身を支える。細い腰、小さな尻。骨張った感触とわずかな肉感に目眩がした。離した舌から赤が混じった糸が伸びて、すぐに切れた。
「月下」
俺の血と唾液で濡れた唇と口角に無頓着なまま、熱っぽく潤んでるくせ冷たい目が俺を見る。名を呼べば我に返ったらしく、見せつけるように手の甲で口を拭った。
「もう…いいでしょう。放してくださっ…!」
触れるだけの口付け。蕩ける。何度も何度も唇を吸い、甘く噛む。月下の神経質な爪と指が俺の腕に食い込んだ。
「足らない」
傷付いた顔。綺麗だ。そういう顔が一番綺麗だ。嫌がる態度だけで下腹部が疼く。解放を待ち望んで俺を急かしこいつを求める。狭い個室に連れ込むと、出ようと暴れられるが抱き込んで宥める。
「ふざけ…」
「ふざけてねぇよ」
俺を突き放そうとする細腕は痛くも痒くも無い。個室を仕切る塗装の剥がれかけた木の板に月下を押し付け、後ろから密着すると衣服に手を掛ける。
「一体どういうつもりなんですか!」
「静かにしとけよ、誰か来るぞ。風信 お前のこと探してたしな」
白くなるほど壁に爪を立てる。屈辱を隠せない華奢で強気なその態度が煽ってること、気付かないのな。まだ薄く手首に残る痕に手を重ねると大袈裟なほど身体が跳ねた。冷静を装っていたが、怯えて慄いていたことは知っている。
「や、め…」
「やめない」
「これも…秋桜 さんからの、」
咲(さく)を出す声が震え、上擦っている。
「違う。咲 は関係ない」
引き締まった尻に俺は腰を当てる。反応しかけている。息を飲む音が聞こえた。
「どうして…どうして…こんな…」
「あんたが綺麗だから」
下着に手を突っ込んで腿を撫でる。掌に溶けるような素肌は離すタイミングが分からない。まだ引き締まりそうな腹を撫でて、脇腹、胸へ。女にするような気遣いは必要ない。だが白く滑らかな肌を掌で感じたかった。首筋に顔を突っ込み、さらさらの髪がかかった耳に鼻を寄せる。汗臭い咲 とも、菓子だの牛乳だのみたいな乳臭さの深月とも違う、少し気取った大人の男の匂い。また熱が集まっていく。固くなっていく。後に戻れないほどに。他の誰でもないこいつの中でなければきっと満たされない。
「ぃ、やぁ…ッ」
掌に当たる胸の突起を執拗に撫で回し、それから指で摘んだ。後ろに引こうとする尻が押し当てたままの俺の腰にさらに強く当たる。そこの状態に気付いたらしく自分の意思で尻を遠ざけようとするが俺がまた胸の肉粒を指の腹で擦り潰すと尻が熱く猛るそこへぶつかる。
「やだ…やめっ、ぁ…くださ…ァっ」
「胸、好きか?」
ぴくぴく動く肩。普段俺には絶対見せない弱々しい声。俺の前をもどかしく摩るように揺れる腰。顔を埋めた耳や首に唇を落とすとまた湿っぽい息を吐く。
「んっァ、はな、してっ…っあ、くださ…」
耳朶を口に含む。粘膜を焦らしてまた芯を持った実をこりこりと揉み込むと、月下は背を逸らして身を震わせた。俺の腕に力がかかる。
「イったのか?」
覗き込んだ月下は汗ばみ、呆然としていた。長い睫毛と瞳にまた情欲が募る。
「も…放して…放してください…」
肩で息をする姿に脳みそが沸騰しそうだった。あの日縛り上げた時は強情だった。薄い唇が濡れて俺を誘う。深月に付き合わされていた。深月の親鳥ごっこに。
「やめ…」
胸を撫で回した手を下着に突っ込み、前の茎を包む。吐精し濡れている。身を縮こまらせ、口を覆う月下の肩に顎を乗せた。
「こんなの見せられたら、無理だろ」
便所の扉が開く。誰かが入ってきた。
「秋桜 さんも人が悪いなぁ。ボクに頼んだら良かったじゃあないですか」
「そうもいかんよ。ヨシはお前のこと本当に可愛がってる。お前にそんな真似はさせられんよ」
「じゃあエドさんはいいんですか。エドさんだって月下さんと仲良くシたいと思うけどなぁ」
咲 と深月だ。咲 の声が近付いて個室の前まで迫る。俺は構わず萎えた茎を撫でる。スラックスの上から俺の手を阻む。月下が噛み締めた唇を脇から舐めた。
「悪いと思ってるさ。オレが傍にいてやれるのが一番だと思う。だがそうすると余計にあいつを追い込みそうで」
「確かにそうかも知れないですね。ままならないなぁ、人間て」
俺は月下に抑えられた手の下の動ける指だけで茎を撫でたりタップしたりした。ぬるぬるした液を塗りつけながら首筋を舐める。
「風信 からお前とすごく仲良いと聞くが、実際のところどうなんだ」
「仲良いですよ。おやつシェアしてますもん。甘いものあまり好きじゃないみたいですけど」
深月は容赦がない。多分理解していない。分かっていたとしても面白がっている。俺にも躊躇がなかったほどだ。
「わはは、ヨシの家の子になるか?」
「そうですねぇ…う~ん。そういうのじゃ、ないと思います」
時折、咲 と深月は親子ごっこをする。深月の月下に対するあの悪癖はその反動なのか。だが何故その相手が月下なんだ。まだずっと年の近い者はいる。わざわざ雛鳥役を俺とほぼ同じくらいの普段兄や父親のような月下を選ぶのは変だ。
「そうか。見張りだなんだは無しに深月がヨシのところに行けば少し安心なんだがな」
心底弱っているな、と声音で分かった。だが咲と深月の会話にのめり込むわけにはいかなかった。前のめりになっていく月下を抱き締め、指で茎を嬲る。先端までには届かず、もどかしい刺激を送り続けた。
「それがエドさんの役目なんでしょう?」
「実際のところ仲、良くないだろ?ヨシのストレスになったら悪いが、かといってお前にも飛広也にも頼みたくない、そんな裏切りみたいなこと。もちろん他の奴等に頼むのも。だからお前がせめてケアしてくれたらな」
「仕方ないですよ、エドさんは素直じゃないから」
指で擽っている手をスラックスの上から押さえ直される。腕の中で大きく脈打った身体。手にかかる液体。またイッたのか。
「楽しそうだな、深月ちゃんは」
「楽しいですよ。エドさんと月下さんが仲悪いの、ボク楽しいです」
悪趣味め。
「この個室、さっきから物音しませんけど生きてますか?」
「おいおい深月、よせよ。戻るか」
「手、洗ってくださいね」
ただでさえ咲は便所を1人で行くのを嫌がるほどオカルトが苦手だ。そしてこの便所は鏡に何かが映るとか、前の契約で使っていた奴が奥の個室トイレで首吊ったたかそんな噂があったりなかったりした。手を洗う音と、便所から出ていく音。溜息を吐く。
「…最悪です」
2回も嫌いな男の前でイッたことが情けないのか月下は泣きそうだった。
「そうかよ」
「監視するなら…秋桜さんに命ぜられているから分かります、抵抗しません…なのにこんな…」
屈みそうになってまた身体に触れる。ここは便所だ。それなりに清掃が行き届いていても便所に変わりはない。
「私はどうしたら…」
「もう深月にキスされんな」
無言の威嚇。水の膜を張った目が俺を射す。縛り上げて鳴いた姿を思い出し、放出を願う熱芯に響く。向かい合って、うんざりしてる月下の腰に俺のソレを押し当てた。軽蔑を隠さない態度がいい。
「あれはそういう類のものではありませ…ん」
月下の手を取り、俺は後戻り出来ない俺を出す。お上品で神経質なこいつには人前でそれを出すのは有り得ないことなんだろう。嫌いなやつの目の前で2回もイくくせに。冷たい手を導いて、握らせる。信じられないとばかりに俺を睨んで、その手の上から俺の手を重ね、動かした。刺激を待っていたそこは固く天を仰ぐ。白く冷たい肉感のない掌が俺に操られ俺を扱いている。軽蔑、拒否、嫌悪、その他諸々のネガティヴを注がれ、その奥に彼を無理強いしている事実を見出すと快感に身が持たない。
「っく、」
「っ…」
荒れた白い手にかかる白濁。出し切って収縮が終わるまで離さず俺のそこを上下する。まだ終わりたくない。最後まで…
「監視されるのは…構いません。でもそれが貴方というのは…どうにも…耐えられない」
俺の精液がかかった手を出したまま月下は泣きそうな顔をして冷たくそう言った。
「咲 に言うか?縛り上げられて散々犯された後、便所で2度イかされて、俺をイかせましたって」
乾いた音が便所に鳴った。突き飛ばされて強かに反対の壁に背を打つ。
-ハナミズキ-
「ではボクはこことここを…」
タブレットに表示された地図を拡大したり縮小しながら役割分担の話し合いを早々に切り上げる。周りの人達も適当に返事をしているし異論は無いみたいだった。廊下へ出たところで現れた月下さんの元気がなかった。ボクに気付いて穏やかに笑う。
「さっきは突然ごめんなさい」
「いいんです、あ、それとも今食べますかエクレア」
ボクの口移しは大前提なんだけど。
少し泣いたような赤い目元が気になって、顔を下から覗き込む。秋桜さんは190近くあるし、エドさんも180は越えてるし月下さんも180近くある。ボクだけ170あるかないかで小さかった。だからやっぱり、可愛いんだろうなサイズ的にも。
「いいえ、遠慮させていただきます」
泣いたような赤い目がまた泣きそうになって、でもボクの手前無理矢理笑った。荒れた手が目に入って思わず握ってしまう。洗い過ぎて乾燥している。この人神経質だからなぁ。
「それより…どうしたんですか。エドさんは…いませんね」
わざとらしく月下さんの後方を見て1人であることを確認する。エドさんが秋桜さんの指示を無視するはずがない。
「花水木 くんと一緒にいることにします」
「…いいんですか」
返事を躊躇ったのが分かった。それから、はいと言った。つまらない人だなぁと思う。エドさんの不器用な欲を向けられるより、ボクとおやつをシェアしていた方が、同じ嫌でもいいんだろうな。でも一緒に居られるのはいいなって思った。つまらない人だけど、ボクと一緒に居たいのが本心じゃないこととか、でもそれを隠すところとか、エドさんのこと苦手がるところとかすごくいいなって思う。泣いたみたいな赤い目のことを考えると腹の奥が変な感じになる。
「津端 さんのところに寄りますね。売上利益の報告があるので。ついでに顔見せろって言われてて」
津端さんは秋桜さんのさらに上。組長さんだ。秋桜さんとエドさんはあまり良く思ってないみたいだけど、ボクは純粋にカッコいいと思ったし、おじいちゃんのようでもあったしお父さんのようでもあった。月下さんも津端さんが苦手みたいだ。津端さんはやっぱり組長だけあって狷介だし、底知れない不気味さも確かにある。色々な血生臭いもの、醜い争い、修羅場を潜り抜けてきただけあって、人を透かして見ることに長けている。ボクもなんだかそういう居心地の悪さはあった。組長の悪口なんて絶対言えるわけないから秋桜さんもエドさんもどこがいけ好かないとか苦手とか言わないけど。まぁ、でもそれがここに限らず一般的な社会のルールなのかも知れないし。
「 車手配してきます。月下さんは車内で待っていたらいいですよ」
月下さんはどっちつかずだった。珍しいと思う。普段ははきはきしている人だから。それだけ津端さんは憧れられてもいるけど恐れられてもいる。秋桜さんは苦手意識もあるだろうけど尊敬の念を抱いているのは分かるけど、エドさんは秋桜さんの男気みたいなのに惚れてるから従ってるだけみたいで津端さんのことはあまり良く思っていないみたいだけど。秋桜さんのこと、エドさんが言うところ"そういう意味"で好きな月下さんもやっぱりそうなのかな。
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