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第5話
-ハナミズキ-
だって月下さんに会いたいんだもん。
大雨だったけど大したことはない。そういえばこれより強い大雨の日に湾に行かなきゃいけない用事があってその時ボクは傘持ってなくて。月下さんが迎えに来てくれた。でもあれはお父さんに頼まれてたからなんだ。それでもよかった。月下さんがお父さんに頼まれて嫌々ボクに迎えに来たのも、それはそれで興奮した。ボクを見つけて埠頭で華麗にターンして、ボクの目の前で停車して、扉が開くの。会の車ってなんかちょっと汗臭いんだけど、月下さんの乗る車はいい匂いがした。秋桜さんとか嫌々エドさんを迎えに行く時は助手席なのに、ボクの時は後部座席を開けるの。子供扱いでも構わなかった。でもあれはボクの安全面を考えてだったんだな。
月下さんの全てがお父さんの命令だったんだな。ボクはまたパンツを汚しそうになる。嫌々やらされている姿を想像すると一旦治まった股間が腫れ上がっちゃう。エドさんは恋愛感情なのかって訊いたし、お父さんも好いてるのかって訊いた。恋愛感情は股間が腫れるの?でもラブソングで股間が腫れたって聞かないし、じゃあ恋愛映画は登場人物が股間を腫れ上がらせてるの?聞いたことない。みんな触れないだけ?
もう閉まってる店の軒下で少し休んでからまた歩き出す。秋桜さんとエドさんの携帯電話の番号覚えてなくて、でも事務所のは覚えてるから、そこから掛けよ。そこから繋いでもらえばいいや。もうほとんど見なくなった公衆電話を探す。公衆電話は優しいな。何度かお父さんの事務所を振り返る。お父さん。津端さんはお父さんだった。嘘なのかな。でもお父さんだって言った。お父さんと呼んでほしいって言った。秋桜さんを巻き込みたくないなら傍にいなさいって言った。どうしても秋桜さんがいいなら月下さんは諦めなさいって言った。ボクは両方ほしい。でもエドさんは月下さんのこと好きだから。膝を抱えて雨を見つめる。湿った温い風。空が轟く。ままならないな。お父さんの部下の力自慢さんはエドさんのこと多分好き。好きな人の好きな人を抱えて、好きな人に渡さなきゃいけないんだ。本当に面倒臭いな。好きってなんだろ、つらいのかな。腹痛くなること?みんな腹痛を我慢してるの?またボクはあの痛みを思い出して月下さんに会いたくなった。
コンビニで一度事務所にかけて、事務所から秋桜さんに繋いでもらった。エドさんに電話かけてもらって、少ししてから掛け直すと、少し秋桜さんは眠そうだった。
『深月?八重は…フリージアホテルにいるんだってよ』
フリージアホテルはラブホテル。エドさん、月下さんとラブホテルにいるんだ。腹が軋んで、喉がカラカラした。パンツの中がまた腫れそうだった。月下さんは苦手がってるエドさんに乗られるんだ。乗るのかな。パンツの奥が腫れて、腹が軋む。喉がカラカラして胸が痛い。コンビニの軒下で雨宿りしながら、ボクはまた何か重い病気の症状に苦しめられる。
「はっなみっきくん」
蹲っていると聞き覚えのある声がして顔を上げた。風信 さんだ。傘をボクに差し出した。どうしてここにいるの?秋桜さんから迎え頼まれたの?
「どうしたんですか、プライベート?」
「今帰るところなんス。たまたま通りかかったところで。花水木 くんこそどうしたんスか、こんな大雨の中」
「…迎えを待ってるんです」
風信さんはマルチーズみたいな人だ。この人といると月下さんは楽しそうでつまらない人になる。
「エドさん?」
ボクは頷いた。
「送りましょうか」
首を振る。エドさんとすれ違ったら嫌だから。風信さんは、そうっスかってよく知ってる砕けた笑顔になった。傘だけ受け取って風信さんは去っていった。月下さんをつまらなくさせるから、月下さんを笑顔にするから、ボクは、風信さん優しいしエドさんから信頼されてて秋桜さんとも仲良いけど、ボクはやっぱりちょっと苦手だ。
20分くらいしてエドさんが来た。車に行ってろって言ってエドさんはコンビニに入っていった。ボクに味付きの水と海外のグミ買って、自分はなんか日用品らしき物を買ってた。タオルにも見えたし、パンツにも見えた。ボクがパンツ汚すこと見破ってるのかな。月下さんのことを考えてパンツ汚してるってことだけは知られたくなかった。エドさんは月下さんのこと、好きなんだもんね。
「エドさん、ボクは病気なんです」
「はぁ?そりゃまた、なんで」
「分からないです。でもあの、お小水が、白いんです」
「…糖分の摂り過ぎじゃねぇのか」
エドさんは暫く車を発進させなかった。エンジンをかけてクーラーを入れるだけ。タバコを吸うわけでもなく、コツコツ運転席の窓を叩いている。開けろ!って言ってるみたいに窓ガラスには雨水が流れていく。静かな空間にただコツコツと音が響く。親指と人差し指の腹を擦り合わせて、握ったり、緩めたり。落ち着かない手。タバコ吸ってた名残りだ。エドさん、何かあったんだ。
「エドさん?」
「いや、悪ぃ、考え事」
エドさんはやっとシフトレバーを動かした。無言だった。いつもは何か聞いてくるのに。怒ってる?エドさんはボクのこと怒ったことないのに。月下さんのこと?月下さんが絡んでるから?月下さんのこと抱いたの?頭と下半身が別物になったみたいでボクは気持ち悪くなった。
「月下さんは、どうしてるんですか」
「…寝てんじゃねぇの」
「そうですか」
エドさんは月下さんが好きだ。月下さんがお父さんの情夫 って知ったら、どうなるの。月下さんのこと嫌いになるのかな。月下さん、傷付くかな。じゃあ言おうかな。でも…
「深月」
エドさんの声が険しい。やっぱ怒ってる?きっと怒ってる。バックミラー越しにでも目は合わない。
「津端組長は、父親なのか」
「お父さん…お父さんだと、思います」
エドさんはそれきり無言だ。ボクは記憶の限りお父さんもお母さんもいなかった。でも秋桜さんとエドさんがいた。だからお父さんとかお母さんとかいう概念は他人事だったし、どうしてボクにはお父さんお母さんがいないんだろうと思ったことはないし、やっぱり他人の家は他人の家で、ボクとは見てるものが違うんだと思った。お父さんお母さんがいなくても周りにはお父さんとかおじいちゃん、お兄ちゃんみたいな大人がいっぱいいたし、たまにはお姉ちゃんみたいな人もいたし、怖いけどお母さんみたいな人とかおばあちゃんみたいな人もいた。みんなの家もそんな感じなんだろうと思った。血は繋がってないって知ってたけど家族だと思ったし、1人いなくなったりまた1人いなくなるのは少しだけ、なんでだろうって思った。遠くに行っちゃったんだよって秋桜さんは言ったし、竜宮城に行って乙姫様と結婚したとも聞いたし、おにぎりを追いかけて穴に落ちてねずみの国に婿入りしたんだよ、とも聞いた。家族だからお祝いしてるんだと思った。
「そうか」
エドさんは低い声でそう返事をして、それからはフリージアホテルに着くまで黙っていた。ラブホテルに連れてきたことに何の弁解もない。薄汚いロビーを抜けて、油っぽくぬるぬるしたボタンを押し、不気味な廊下を通ってエドさんが借りた部屋へ入る。エアコンのカビ臭さと、草刈りしたばかりの雑草の匂いがした。暗い部屋の中で白く浮いたように見えるのは月下さんだった。ベッドでぐったりしていた。
「疲れてるみたいだから、寝かせといてやれ」
鼓動が速くなった。やっぱり病気なんだ。高血圧なのかな。心不全になっちゃうのかな。死にたくない。ボクは着ているものを脱ぐ。汚れたパンツ。洗わなきゃ。エドさんはぎょっとして丸裸になったボクを変な目で見る。エアコン消すか?って訊いてボクは首を振った。パンツだけ持ってシャワー室を借りた。ぱりぱりになってるパンツにボディソープを塗りたくる。石鹸はない。業務用のあまり品質良くなさそうなやつを揉み込んで流していく。月下さんみたいな神経質で几帳面な人もパンツ汚すのかな。パンツ、自分で洗うのかな。何考えてパンツ汚すのかな。エドさんと言い合った時みたいな悔しそうな不機嫌な顔するのかな。それともお父さんの前でする情けない顔かな。またボクの股間は腫れ上がる。痛くも痒くもない。なんで。ボクの陰茎は変な形してるの。先端部が三角形みたいになってるの。いつの間にか、三角形の周り覆ってた皮がなくなってた。ボクは、変な身体してるんだ。秋桜さんにもエドさんにも心配かけるの嫌だから言わなかった。風信さんは、変じゃないって言った。でも風信さんは変じゃないって言ったのに自分の見せてくれなかったから、ボクのこと慰めてくれてただけだったんだって思った。エドさんも月下さんも同じようなものって言ってたけど、やっぱり風信さんは見せてくれなかった。銭湯で見てみるといいっスよって言ってたけど、ボクはこの変な形の股間が嫌で一緒にお風呂入りたくなかった。銭湯行った時に月下さんは入る気がなくて、だからボクはアイス買ってもらって2人で待ってたのを思い出した。エドさんが月下さんのことギラギラ見てたの、すごく、股の間がむずむずした。思い出の感覚と重なってめりめりって2倍くらい大きくなって、ぷらんぷらんするまでになると月下さんのことを考えるのをやめられなくなる。もうエドさんも秋桜さんも風信さんもお父さんも入ってこられない。頭が月下さんの嫌な顔だけを集めはじめて、腫れ上がった股間はまた別の生き物になったみたいに勝手に動いて怖かった。取り憑かれてるのかな。大きな蛇が、大きなミミズがボクの股間にいるんだ。月下さんは嫌かな。月下さん。月下さん…月下さん。
-バラ科モモ亜科スモモ属-
シーツが擦れる音がして月下が起き上がる。深月がいるって言うの忘れて、窓際に立ってた俺の首に腕を回した。暗い中に浮かび上がる顔は見惚れるほど綺麗だった。ただひたすらに。ずっと見ていたいほど。出来るならこんな寂れたラブホテルではなくて。弟分がいないところで。
「恨み言か」
やっと出せた言葉はそんなものだった。誘うようにキスされた。液体と、何か小さく固い物。薬だと気付く。ヤベェな、より最高だ、が勝った。酔っている。この男に。
「月下」
月下の表情は憂いを帯びていた。我慢が利かない。何を飲まされたかなんてどうでも良かった。まだシャワー室から聞こえるシャワーの音だけを頼りに俺は濡れた唇を貪る。薄く、冷たく俺に毒を吐くそこは甘い。背中からゆっくりベッドに押し倒して、ただひたすらにキスを繰り返した。互いに唇が荒れるほど。舌を絡め合い、下唇を吸い合う。手を強く握って、恋人なんじゃないかと錯覚する。握り返されると涙が溢れた。いつぶりだろうか。シャワーの音が止まって、惜しくなった。離そうとしても離れずに月下とを繋ぐ糸。切れないでほしい。だが切れる。離れる時に指を軽く握られ、一度触れるだけのキス。深月が部屋へ戻ってくる。
「お邪魔しちゃってすみません」
おしぼりみたいになってるライトグリーンのトランクスを持って深月は月下に小さく頭を下げた。
「…気にしないでください。情けないところをお見せしてしまったようで」
声が嗄れている。俺以外には控えめで遠慮がちに丁寧な言葉遣いで話す上品な喉が俺の前であられもなく甘い声で舌ったらずに何度も何度も鳴いた。声を涸らして、啜り哭くまで。
「風邪ですか」
深月は首を傾げた。深月はどういうつもりなのか。分かっているのか。催淫剤は誰の差し金で、催淫剤が何であって、どうしなければならないのか。深月は理解しているのか。おそらく理解してない。催淫という意味すら分かってない。言葉の意味ではなく、内容の意味を。
「聞きづらいところがありましたら、ごめんなさい」
深月はぶんぶんと首を振る。そしてクーラーの風を前に洗ったパンツを広げた。
「携帯電話、どうすんだ」
「解約しますか。それとも置きっ放しでいいですかね」
「何か仕込まれてちゃ敵わん。取り返した後事故でも装って壊すんだな」
深月はパンツを掲げながら問い返す。何したんだ。漏らしたのか。成人してもまだガキか。コンビニで買ったセットのパンツを1枚渡す。つくづく俺はこいつを上手く育てるなんて無理だったんだと思う。津端のじじいのところにいたほうが少しは育つのか。年齢に取り残されていく。まだ若いうちはいい。これからどうなる。深月はテレビを点け、俺は暇すぎてヤニでも吸うかとか、禁煙ついに終わったかとか、あれこれと考えていると、途中から思考にわずかな靄がかかる。
「花水木 くん」
「はい?」
さっきまでの劣情なんて感じさせない、父の顔、兄の顔、保護者の顔。俺は瞼が重くなり、色褪せたソファへ座る。何か疲れることしたか?と疑問に思ったが、答えはすぐ間近にある。何度果てさせ何度果てた。30近くなればそういう方向は落ち着くはずだと思っていたが、相手が悪い。とにかく瞼が重い。
「染井さんはお疲れですから」
月下のいやらしいキス。文字通り経口の薬だと思っていたもの。盛られたか。催淫剤だったら2人で腹上死してやろう。深月にはセックスを教えてやりながら。いや、兄貴分2人が目の前でそんな死に方したら可哀想だ。でも多分、催淫剤じゃない。飲まされてから随分と効くのが遅い。睡眠薬だ。あまり強くない。睡眠導入剤か。
一瞬に思えたが一瞬ではないかも知れない。雨の音が消えていた。電気が点いている。空が青い。口の奥が張り付いたように痛む。身体が重い。姿勢を少し変えられるだけだ。とにかく怠い。意識はあるが視界はぼやけて、また眠りに落ちるのを待っている。夢の休憩。
「あっ、はな、み、きくっ…」
「これエドさんがさっき買ってくれたんですよ」
瞼が重い。深月が何か喋っている。月下…
「…っふ、ッくン」
「コーラの味が一番美味しいんですけど月下さんから食べるともっと美味しいです。月下さんも食べますか?…食べるんです!」
深月に買ったグミの袋の音がする。海外のメーカーで、瓶の形をした小洒落たグミだった。俺はあのメーカーのは胃もたれするから好きじゃない。深月が有無を言わないのはいつものことだが、今日はやたらと押しが強い。
「ぅっく、ンぁぅん、」
苦しそうな拒否。瞼が落ちる。またどうにか持ち上げる。身体が重い。また落ちる。耳だけ働く。
「ボクが食べさせるんです!」
やめろ、拒否してるだろ。それは俺の唇だ。触るな。俺の唇なんだ。
「だっ、め…ぁっはッ……ん、やぁ」
「ダメじゃないです。ダメですよ」
珍しく深月は怒っているみたいだった。何かに焦っているようでもある。グミの袋の音がする。グミが内部から袋を叩く音。ひっきりなしに聞こえる月下の喘ぎ。育て方を間違った頭の悪い弟の多分自覚のない怒り。間接キスじゃねぇか。月下は、直接だ。くだらないことはもう考えていられなかった。眠い。
部屋が明るくなって、テーブルに置かれた万札と、走り書き。深月も連れて行ったんだな。何が「世話かけました」だ。身体が怠すぎる。頭が働かなかった。走り書きのくせに綺麗な字。身体は怠いし肩は凝り、気分も最悪だったがボールペンの丁寧な字を見ながらその気もないのに無理矢理抜いた。やっぱり頭が働かず、サルみたいに2度抜いた。
-ハナミズキ-
エドさんが寝てしまった。月下さんは、エドさんは疲れてるって言った。秋桜さんの前でしかうたた寝なんてしないのに。
「天気も安定しませんから」
ボクの考えを読んだのかな。声はまだ嗄れている。なんだか治まった腫れがまたぶり返す。あの白いのは、膿かな。性病、だったのかな。落ち着かなくなる。この嗄れた声をどうにかしないとボクは月下さんに何かしてしまいたくなる。でも何がしたいのか分からない。エドさんが買ってくれたりんごの味がする水を口に入れて月下さんの口に押し当てる。少し溢れたけど飲んでくれた。柔らかい唇に跳ね返されるとふわふわってした。もっと。もっとしたい。5回目で月下さんが口を固く閉じて首を振る。顎を水が滴っていたから舐め上げた。
「花水木 くん…」
月下さんの前にいると頭がくらくらする。目の前の白い首を両手で掴んだ。喉仏に噛み付きたい。食べたい。白い首を真っ赤に汚したい。喉笛を噛みちぎって漏れる息を聞きたい。ほんの1秒2秒に思えた。月下さんは怯えた顔した。その顔に、驚いて、うっ、ってボクは息の仕方を忘れて、変に息をして咳き込んだ。放してしまった。おかしい。頭がおかしくなる。腹の奥が痛い。股間が熱い。落ち着かなくちゃいけない。ボクはエドさんに買ってもらったグミの袋を破く。手が震えていた。月下さんからお菓子を食べなきゃ、頭がおかしくなる。息が出来なくなる。息が出来ない。ボクは雑にグミを掴んで月下さんの口内に入れ、その後舌を突っ込んでグミを食べる。溜まった唾液を飲む時に上下する喉仏を見て頭を掻き毟りたくなる。口が閉じられないため端から落ちていく唾液を舐めたくてボクの息が浅くなる。苦しい。熱い。爆発する。齧りたい。舐めたい。引っ掻きたい。潰して、壊して、もうどうしていいか分からない。食べたいのはグミじゃない。月下さん、月下さん、ボクは月下さんを食べたたい。握り潰したい。齧り壊したい。食い殺したい。グミが無くなってもぐりぐりと舌を突っ込んで、月下さんの舌を甘く噛んで引っ張る。月下さんの口の中全部舐めたい。甘い。痺れる。溶ける。ボクは消えそうだ。
「はな、みきくんは…私がお嫌いですか」
途中で力を失いベッドでぐったりしながらどろどろになってる目を向けて、月下さんはボクに訊いた。
「嫌いです、多分」
「…そうでしたか」
月下さんの嫌がる顔が見たい。ボクを見て、ボクを見て拒んで。ボクはそれを許さない。ボクは無理矢理月下さんの嫌がることをしたい。
「月下さんはボクのこと嫌い?」
「……好きですよ。とても」
嫌だなぁと思う。ボクのこと好きだったら、ボクのすること、嫌じゃないってことじゃん。そんなのは嫌だ。
「嫌いになってください」
「どうしてですか」
「月下さんが好きなのは秋桜さんじゃないですか」
月下さんは悲しそうな顔して、ボクはまた股間がドクドクってなった。
「そんなに私は、分かりやすいですか」
「そんなことないですよぉ。エドさんは多分気付いてないと思います」
「染井さんは私のこと、お嫌いですから。多分興味も無いんだと思います」
「そうかなぁ」
「そうです」
月下さんはボクから顔を逸らして少し頬を赤らめた。
「秋桜さんも鈍いから多分気付いてないだろうなぁ」
「…それは良かったです」
なんか嫌だなぁと思った。月下さんが嬉しそうなのが。秋桜さんにバレたらいいのになぁ。それで傷付いて沈んで苛々して泣いちゃえばいいんだ。ボクはその顔を見て、またおやつを分け合う。もうパンツ汚したくないのに、月下さんのこと考えたら、いけない。
「秋桜さんのこと、花水木 くんは好きですか」
「好きですよ」
月下さんは微笑む。やめて。嫌だ。
「私のことがお嫌いなのは分かりました。ですが秋桜さんのことはどうにかしたいんです。もう一度、津端さんのところに帰りませんか」
月下さん、本当は嫌なんだろうな、お父さんのこと。秋桜さんのことが好きだから?お父さんは酷いこと言うから?
「秋桜さんのことって?」
「津端さんに直接訊いたらどうですか」
お父さん、秋桜さんのこと、どうにかするの?
「分かりました。お父さんのところに帰ります…エドさんは?」
「染井さんはお疲れですから」
いつも温和な顔が少し険しくなって、いいなって思った。出て行くまで月下さんはずっとトイレでしつこく手を洗っていた。また荒れちゃうなって思った。書き置きと割り勘にしては高い額を置いて部屋を後にする。雨はもう止んでた。お父さんと、月下さん。腹の奥と胸がじんわり暖かくなった。昔秋桜さんとエドさんと一緒に帰った日に似てる。
お父さんは怒ってなかった。お父さんはボクを怒らないって確信があった。ただ隣に立っていた月下さんの顎を撫でて、頬を大きく舐め上げた。月下さんは繋いでいたボクの手を強く握って、顔を顰めた。その姿にまたスラックスの下、パンツの奥がまた動いて、もうパンツは汚したくない。
「美仁 、深月を癒してやりなさい」
お父さんはボクを指して月下さんにそう言った。お風呂でも入るのかな。月下さんがまた洗い過ぎて水気のない手でボクの手を強く握って、腕を引かれる。
「癒すって、なんですか」
「花水木 くんは多分、私のことが好きです」
「…嫌いですよ。月下さんが嫌な顔するのが見たくて仕方ないんです。月下さんが嫌々ボクに付き合うのが、楽しくて、月下さんが嫌いすぎて、性病になってしまったんです」
月下さんはボクから手を外す。怒った?悲しむ?どっちでもいい。ボクは胸を高鳴らす。
「性病、ですか」
「股間が腫れ上がって、たまに膿が出るんです。月下さんの嫌がる顔を想像して」
「…そうですか」
ボクの股間は張り詰めていた。月下さんはボクの股間とボクの顔を困った様子でちらちらと見比べた。事務所にいた人たちもボクの股間を見ていた。重症なのかな。もう助からないって、思ってるのかな。月下さんに連れられてベッドのある部屋に入った。大きなベッドだった。癒すっていうのは、寝かしつけてくれるってこと?
「痛みはありませんか」
失礼しますと月下さんはボクの膨らんだスラックスを撫でた。腰に電流が流れて、よろめいた。
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