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第6話

-ハナミズキ-  バランスを崩したボクを月下さんは支えた。 「月下さん?」 「キスは初めてですか」  月下さんはいつもと違っていた。スラックスの前を撫で摩った後、段々と下からボクを視線がなぞる。心臓の音が鼓膜を突き破ってしまう。 「つきも、」  柔らかく唇が包まれる。マシュマロみたいだった。溶ける。いつもボクがやるみたいに口内をこじ開けてはこない。ただ頭にじわっとした痺れが残る。 「花水木(はなみき)くんのファーストキス、いただきました」 「ファーストキスじゃないです…だって今まで、月下さんと…」  月下さんはボクの下唇にそっと触れてから頭を振った。 「だって花水木(はなみき)くんは私のこと、好きではないのでしょう」  月下さんはボクの首に顔を埋めた。月下さんが一歩一歩進むから、ボクは一歩一歩後退する。ベッドに膝の裏がつく頃には月下さんに脱がされて、胸に唇を当てられているところだった。ジャケットの前が開いていて、シャツも全開。ベルトに手を掛けられて、エドさんに買ってもらったパンツが肌から離れる。ボクは月下さんに押されるままベッドに座ってしまう。座るだけじゃなくて、胸を押して。 「ひ、っう」  月下さんがボクの病に侵された膨張を口に入れた。腰の骨がずくんって、鳴って内股が震える。蕩ける。溶ける。無くなる。 「出したかったら、出してしまっていいんですよ」  何かがせり上がっている。下半身をぐるぐる巡る微熱。どくどく小さく疼く。 「…っ、月下さ、」 「出そうですか」  真っ白い膿が月下さんの口の中に放たれる。きっと嫌な顔をする。微熱が確かな熱へ変わる。下半身だけの浮遊感と変な感覚。 「誰にでも、やるんで、っすか…こういう、こと」  月下さんはボクの陰茎に舌を這わせて、先端や括れを舐める。根元から唇で柔らかく揉まれた。刺激とともに変な感覚は先端へ。 「津端さんがおっしゃられるなら」  先端に浮いたぬるぬるした液体を月下さんはぐりぐりした。くすぐったさとびりびりして腰が引けた。 「あ、きおさん…も?」  月下さんはボクの腫れ物から顔を上げて、ボクも月下さんを見つめた。月下さんは微笑むだけだった。またボクの股間で天を向く男根を咥える。喉の奥まで一気に入り、生温かさと柔らかさにボクは唸った。喉の奥が締まり、月下さんは苦しそうで、ドクンと軋んだ分、また腫れが酷くなったのが分かった。月下さんが少し苦しそうに眉根を寄せ、勢いをつけて何度も根元と先端を飲んだり出したりして生温かくなったり冷えたりして、何か、何かも分からないもの出したくなって、月下さんをの頭を押そうとする前に腰を抱かれる。溶ける。ボク自身が熱になる。頭の中が真っ白くなった。 「んっく、」  月下さんは目を伏せ、綺麗な顔を歪める。喉仏が動く。締めたい。 「月下さ、ボクの膿…」 「これは膿ではありません。初めてですか」  月下さんは喋りづらそうだった。まだ顔を顰めている。ボクは頷いた。 「女性と子を成すための体液です。定期的に出してくださいね」 「誰かの口に入れたらいいんですか。それなら月下さん、」  秋桜さん、エドさん、風信さん、お父さん。月下さんの口にしか入れたくない。 「やり方は色々あります」 「月下さんは、どうしてるんですか」  月下さんは呆気にとられたようだった。目を泳がせてから、ボクの少しだけ腫れの治まっている亀の頭みたいな蛇みたいな、巨大ミミズの頭みたいなところを掴む。くすぐったさの中にあるちくりとした痛み。掌で筒を作って2度3度大きく擦った。 「あ、っう」  腰が嫌がっている。ボクが声を上げてしまうと月下さんは擦るのをやめた。 「週に…いいえ、気が向いたらで結構です。トイレか自室でなさってください。秋桜さんや染井さんに訊いてはいけませんよ。困らせてしまいますから」  秋桜さんの名前が出て、ここに来た理由を思い出す。 「定期的に必要なことなら、月下さんにやってほしいです」  月下さんはボクを抱き締めた。月下さんの匂いが鼻にいっぱい入った。少しだけ、ほんの少しだけエドさんの匂いがした。 「そんなことを頼むのは好きな人同士でないといけません」 「秋桜さんのこと諦められないんですか。だからボクにそんなこと言うの。月下さんがボクのことスキじゃダメなんですか。ボクは月下さんのこと嫌いだけど、月下さんじゃなきゃ嫌です」  抱き締める力が少し強くなる。月下さんの匂いの中で眠りたい。ずっと。毎日。お昼寝も。月下さんはよく働くから無理だろうけど。 「眩しい人です。私には焦がれたところで眩し過ぎるんです」  ボクの髪を撫でる手。捕まえる。荒れてかさかさしてざらざらした手触りが癖になってペタペタ触ってしまう。ボクの手が、かさかさしてざらざらした手を潤せたらいいのに。 「でも諦められないんです。自分ではどうすることも」 「ボクがどうにかします」  月下さんはボクの少し落ち着いていたボクの爬虫類みたいな性器を撫でた。あの腫れが引いて、月下さんのことを考えると少しキツく摘まれるような痛みが小さく内部に広がった。扉がノックされて、ボクも月下さんも何も言っていないのに無遠慮に開かれた。お父さんが入ってきて、月下さんの纏う空気が少し変わった。 「早う、セックスを教えてやりなさい。お前がどれだけ浅ましい身体で、どんな男も咥え込む肉慾の塊なのか。深月に教えてあげなさい」  セックスは知ってる。エドさんが月下さんを縛ってまでしたかったのはセックスだ。でもセックスって何? ボクは月下さんにぬいぐるみみたいに抱き締められていたけど、その腕がボクを抱き締め殺すんじゃないかってくらい強くて、痛くて安心した。お父さんは扉の前に立ってボクらを眺めている。 「すみません。津端さんのご命令ですから」  ボクの股間に生えたヘビの巨頭を月下さんはまた掌で筒を作って擦り上げる。雰囲気が違った。山や湾に大きな袋を持っていく時と同じ顔をしていた。あの中には大きな害虫がいてその駆除をしていたんだって言ってた時と同じ顔。まだ動いてるよって言った時に誤魔化すみたいに笑った時と同じ顔。 「月下さ、ん」 「私とセックスしてください。それまで津端さんは許さないでしょう」 「許さないって、何を?」  月下さんは片手でボクの気持ち悪い腫れ物を撫でたり揉んだり擦ったりしながらもう片方の手で自分のお尻をいじっていた。セックスはエドさんが月下さんに仕掛けたことで、それはボクがやってもいいの?エドさんは月下さんが好きだからやったんだよね?月下さんを嫌いなボクがやってもいいの? 「エドさんに悪いから、嫌です」 「染井さんは関係ありません。これは津端さんのご命令で私の仕事です」  月下さんの腰がくねった。ボクの股間をまた口に入れた。どんな男も咥え込むってさっきお父さんが言った。この潔癖症で神経質な月下さんが、男を咥え込むんだ。仕事だから。嫌でも。なんだか背筋が変な温度になって、月下さんの口の中をいじめてるんだか、いじめられてるんだか分からない陰茎がまた腫れる。月下さんは歯を立てないようにしていてさらに喉奥まで入れるから大変そうだった。 「ふっ、ぅく、ぐっ…ぅぐッ」 「さすが、この津端(つばた)文目(あやめ)の息子よ。そのオメコ芸者をうんと悦ばせてあげなさい!」  お父さんはボクと月下さんの近くにやってきて、傍にある椅子に座り、楽しそうだった。オメコゲイシャって何?ヨロコバセルってどうやって?ボクはただ月下さんのペースに流された。お父さんは楽しそうに月下さんを見ていた。お父さんも月下さんが嫌がって苦しんで痛がるの好きなの?お父さんも、月下さんの喉笛に噛み付いて、食べたい?潰したい?壊したい?でもそれはボクがやる。ボクがやるんだ。エドさんは月下さんが好きだからそんなことしない。秋桜さんにされたいって言ってもボクがやるんだ。お父さんじゃない。ボクが。 「力、抜いてください」  ボクの脚を開かせて、月下さんは下を脱ぐ。目の前の白い肌は彫刻みたいだった。でも彫刻で見る身体より引き締まって細かった。首や胸元、内股の赤とか紫の斑点はいつからあった?ボクの肩に月下さんが手を置いて、ボクの上に腰を落としはじめる。なんでここに座るの?ベッド他にも空いてるのに。訳が分からないまま、ボクの爬虫類の無遠慮な頭は月下さんの中に埋まっていく。 「っあ、月下さん、これな、に…っ!」 「ンんっぁっああ…、アっ」  月下さんはボクの問いに答えてる余裕はないようだった。ボクの首に腕を回して、首が据わらないみたいに天井を見上げていた。噛まれた唇が色を無くす。お父さんが聴覚のずっと遠くで、なんか嬉しそうだった。 「ッ思ったより、大きく……て…ッ、んッ」  ボクの汚らしい腫瘍は月下さんの中に収まってしまった。根元を強く締める力。そこから先端までを包む温かさ。腫れものを柔らかく抓るような蠢き。苦しそうな声がボクの腰を叩く。知らない動きをした。立とうとしたのか、腰が上に上がって、また引いた。 「あっああ…ああンんっ、ん、っん、ンん、あっ」  ボクの腰もまた何かに取り憑かれている。月下さんの中に更に入りたいみたいで、ボクのおぞましいヘビの腫れものが月下さんを苛んでいる。それがさらに腰の繰り返す動きを加速させる。白い液体が月下さんから溢れてぐちゃぐちゃ音がした。 「津端(つばた)文目(あやめ)の息子の魔羅ぞ。秋桜の坊主や染井エドワーズの朴念仁より良かろうな」  お父さんは嬉しそうだった。魔羅って何?月下さんの穴はぐいぐいボクの根元を歯の無い歯茎みたいに齧ってくる。頭の中をヤスリで擦られてるみたいだった。 「やらしい男よ。秋桜に惚れていたのではなかったのか。鮟鱇のようになんでも咥え込むとは。男根なら何でも構わんのか」  月下さんはまた唇を噛む。お父さんが月下さんに触れそうになって、食べるのも潰すのも壊すのもボクだから、お父さんに触れさせないように月下さんを押し倒す。体勢が変わる。生クリームみたいに泡立った月下さんの少し腫れて盛り上がってるピンクの窄まりが見えた。ボクの股間の気味悪い巨頭をぎちぎちに締めていた。 「あっ、いいっあ、あ、っああっ」  月下さんは天井を虚ろに見て、ひっきりなしに悲鳴を上げた。ボクは腰が止まらなかった。月下さんを潰してしまうんじゃないかって思って怖かった。ボクの顔に手を伸ばそうしたから、その手を掴んでシーツに押さえる。もう片方の手もボクの顔に触ろうとしたから同じようにシーツへ押さえ込んだ。少しだけ乗ったラブホテルのベッドとは違う弾力。 「ンあっあ、っあッああ、あん…っ!」 「月下さん、月下さん!」  月下さんがボクを見てないのが嫌。いつもボクのこと見てるのに。ボクを見て。あなたを壊すボクだけ見てて。 「ああっ、ンぁ…ッアああっ」  高い悲鳴。ボクの腫れ物を引っ張る月下さんの身体の中。月下さんの涙に濡れて、眉間に皺寄せた顔しか見てられない。ボクの小さな悲鳴は掻き消された。温かい中に真っ白い膿をまた漏らした。奥の奥で出し切ってしまいたい。女の人と子を成す体液って言ったけど、月下さんとは成せないの? 「は、なみ…き……くん」  ボクの押さえていたつもりが重ねていただけの手の下を抜けて、月下さんはボクの顔を撫でた。ボクは呼吸を整えるので精一杯だった。 「惚れた秋桜の弟分の味はどうだ?正直に申せ」 「…、大変美味でございました」 「お前はそういう卑しい牝だ。秋桜もお前の本性を知れば呆れ果てる。右腕ともまぐわっていたなどと知ったら尚更のことよ」  ボクの下で、また虚ろな目をしてぽろぽろ泣いている。綺麗だと思った。 「津端の元を去ろうなど思うな。お前はここでしか生きてゆかれない。ここにいれば叶わぬとはいえ、惚れた男の傍には居られるだろう」 「……はい」 「染井エドワーズも難儀なものよ。好い夢は見られたかな。何度、気をやった?」  また涙を零したから、ボクはそっと指で拭った。綺麗だ。ボクの手が灼けちゃうんじゃないかって思った。月下さんは固く口を閉じる。ボクの顔から降ろされた手が真っ白くなって震えていた。 「美仁(よしたか)。お前のような人形に悦ぶ男はいる。染井エドワーズもそうだった。教えよ。お前はあの男に何度気をやった?」  月下さんは人形なの? 「7回目からは、もう覚えておりません」  歯軋りの音が小さく聞こえる。やめて。月下さんが人形なら、壊せる。でもそうするのはボクだ。 「薬を飲ませたとはいえ、好きでもない男との情事はそこまでヨかったか。秋桜に抱かせてみたいものよ」 「やめてくださいよ、お父さん」  壊すのはボクだ。秋桜さんじゃない。エドさんじゃない。 「おお、深月よ。すまなかった」 「お父さんはボクに用があるんでしょ。いいですよ、呑みます。だから月下さんをください」  ボクが壊す。ボクが潰す。ボクが屠るんだ。 「ああ、罪な男よな。まさかこの津端の愛息子までを狂わせたか」 「狂ってません」  お父さんは悲しいんだか嬉しいんだか分からない、曖昧な調子でまたボクから月下さんに意識がいっていた。 「花水木(はなみき)くん、何を…」 「姻戚にさせたというのに秋桜1人暗殺も出来ない、秋桜と染井の離間も計れないどころか絆されているとは情けない。出来たことといえば深月を…津端深月を連れ帰ってきたことくらいか」 「え、月下さん、秋桜さんのこと殺す気だったんですか」  月下さんはゆっくり頷いた。 「当初の目的はそうでした」 「だが一向にそやつは秋桜を消さん。姻戚にさせてやれば今度は津端の首を掻こうとした毒婦ときた」 「なんで秋桜さんのこと殺すんです?敵なんですか?」 「秋桜を消せば席が空く。染井エドワーズは秋桜とその木偶人形にしか執心しない向上心のない男よ。とすれば自ずとその席に就くのは…」  お父さんはボクを見る。なんで途中で言うのをやめたのか分からなかった。誰?クイズの答え気になったときのテレビCMみたいだった。ボクは首を傾げる。でも2人とも何も言わなかった。 「この年まで深月を育ててくれたこと、感謝はしている。まさか白痴同然に育つとは思わなんだが。まぁ良い、父親思いの愛息子が帰ってきた。それで十分だ」  お父さんは楽しそうに笑っていた。月下さんがボクに優しく触れながら、ボクの下から抜けていく。お父さんのもとへ近付いていって、お父さんは月下さんを撫でる。 「深月を連れ帰ったら、津端の元を離れ、秋桜の元に居て良い。津端は確かにそう言ったな」 「はい」 「そこにいてどうする。秋桜はお前を好かぬ。たとえ好いたとして、染井エドワーズとまぐわった事実は消えん。とすれば染井エドワーズに靡くか?ならばお前は紛うことなき淫乱だ」  お父さんはまるでボクよりも本当の子供を宥めるみたいに月下さんの顔を撫で、肩を叩き、目を見る。ボクからは月下さんは白い裸体の背中しか見えなかった。綺麗だった。 「よしんばお前が染井エドワーズを受け入れたところで、右腕と義弟が関係を持ったと知ったら、お前に快く妹をくれた秋桜はどう思う。もしこの津端がぽろりとお前の恋心を唄(うと)うてしまったら…あとは、分かるな」 「…はい」  月下さんの髪を柔らかく撫でて、お父さんは部屋から出て行く。月下さんは振り返ってまたベッドの上のボクの目の前に来た。 「はなみ…若」 「いやです」  困った表情で月下さんはボクに笑う。ボクが困らせてるはずなのに、なんだかボクが困らせてる実感がない。 「帰るところないならボクのとこにいたらいいじゃないですか」 「………そうですね。そうさせていただきましょうか」  中身のない返事。ボクに困って笑った顔を見せてから逸らした表情には何もない。何もなかった。 「月下さん?」 「あなたといると、秋桜さんの奥方になれたような気がしたんです。どんな勘違いでも、それが私のひとつの安らぎでした。たとえ津端さんの指示であっても…」  ボクは月下さんに肩を抱かれた。髪に鼻先を埋められる。 「染井さんが聞いたら、また嫌味を言われてしまいますね」  ボクは黙って聞いていた。 「純和(すみか)さんのことを愛していなかったわけではなかったんです。…でも秋桜さんへの想いが、どうも諦められなくて…」  秋桜さんの妹の純和(すみか)さんは昔から病弱で、よくボクと遊んでたんだ。小さい頃はエドさんのこと好きだったみたいだけど、それも段々と割り切っていったみたいだし、月下さんとも夫婦仲は良かったと思う。 「顔を合わせるたび好きになってしまうんです」  あの長くて細くて白い指が髪を梳く。眠くなってしまう。気持ち良い。月下さんの猫になりたい。 「さぁ、服を着てください。津端さんが待っています。きっと今晩は美味しいものを食べさせてくれますよ」  まだ日が明けたくらいなのに。ボクはお腹が空いたよりも、眠かった。だって昨晩からほとんど寝てない。ここに来るまでに乗ったタクシーでちょっと寝たくらい。月下さんに服を正してもらいながら、お父さんのところへ促された。 「月下さんは?」 「身を清めてから向かいます」  月下さんは笑った。ボクは外にいた力自慢さんに託される。エドさんのこと好きな人だ。ままならない人。巨大な熊みたいでかわいい。この人がボクの世話役になるんだろうか。喋らないからちょっと暇だな。力自慢さんを連れて廊下を歩いた。後ろで大きな音がした。お母さんだと思った。力自慢さんが振り向いて、ボクを守るようにおそるおそる、さっきのベッドの部屋に近付いていく。ボクは足が動かなかった。お母さんだ。  お母さんに会えると思ったら、でもすぐ動くようになった。警戒しながら扉を開けた力自慢さんの後ろを跳ねて中を覗く。ベッドに月下さんが寝ているだけだった。力自慢さんが熊みたいに唸った。でも関係ない。ボクはベッドに乗る。お母さん。  シーツの上に落ちている拳銃を拾い上げる。目の前の月下さんは動かなかった。ボクのことをいつもみたいに呼びもしない。月下さん、死んじゃったんだ。股間が腫れて、一気に濡れた。  ボクも死んじゃおうかなって思ったけど、銃口頭に向けた時に見た月下さんの顔がちょっと笑ってたから、やっぱやめておこうと思った。 -バラ科モモ亜科スモモ属-  割り勘にしちゃ高ぇんだよ。  車内で目元を揉む。だるい。寝かせられたはずが、身体は重いし頭は痛い。運転中に事故起こしたら最悪だぞなんて思ってたから。 「悪ぃな」 「あ~いいっスよ、いいっスよ。気にしないでください」  たまたまメールが入った風信(かぜのぶ)に連絡すれば、近くにいるんで迎え行きますよと、風信の運転する車に乗って津端の事務所に向かう。 「行ったり来たり大変ですね」 「深月連れてる月下ほどじゃねぇよ」  風信は呑気だった。開けてないコーヒー缶を出して、飲みます?と訊いてきた。 「俺は暫く人を疑ってんだ。身内なら尚更だ」 「ははは、そうっスね。オレも見習わなきゃ」  風信には適当に伝えた。津端のところに行った深月と月下を連れ帰ったら薬盛られたと。風信が、「さっき津端さんのところにいるって連絡きたんですけど?」って連絡入って、俺は寂れて薄気味悪いフリージアホテルを出ていく。「ホテル・フリージア、使い心地はどうっスか?」なんて脳天気な顔は寝不足を知らない。 「でも意外ですね、津端さんが花水木(はなみき)くんのお父さんかも知れないなんて」 「あれは育ってねぇだけだから、案外中身が育てば化けるぞ」  大きく溜息を吐く。なんでヤツは俺に薬盛ったんだ? 「しっかし、よっしぃがエドさんに薬盛るなんてなぁ」  月下を疑うような、責めるようなニュアンスが含まれているのが少し気に入らない。そうでなくてもこいつはあいつと仲が良い。 「組長に頼まれでもしてたんなら、仕方ないんじゃねぇか。お前ならどうする?」 「まぁ、どうでしょうね。エドさんに言うかな。花水木(はなみき)くん連れ帰っていいですかっ、て。そうしたら、何て答えます?」  俺は風信が適当に置いたコーヒー缶を開ける。風信は苦笑した。 「まぁ断るだろうな。まだガキもガキだった深月を俺たちが手塩に掛けて育てたんだ。なんでいきなり親父だって出てきたやつに差し出す必要がある。組長っていったって通すべき筋があるだろうが」  めちゃくちゃ甘いコーヒーを飲みながらそう愚痴る。朝を迎える道は空いていた。 「子供嫌いそうだから、ちょっと安心です、エドさんにそういうところあって」 「手前の面倒看てるガキなら別だろ」  それもそうですね。1日で2度見れば十分な道を3度目だ。運転しているとは風信だが、見ているだけでうんざりする。 「ガキっていったってそう変わらないでしょう。子離れ出来なくなってんじゃないっスか」 「…月下と同じことを言うんだな。お前もおやつシェアされたクチか?」  コーヒーというよりほぼジュースといえるコーヒーを飲む。雛鳥にするから風信と思ったが、あれだけかわいい顔して鳴かれたら月下を雛鳥にしてしまいたくはなる。 「おやつシェアってなんスか…あ、いやなんか聞いちゃマズい気がするんで言わなくていいです…」  風信はやっぱりかわいくないな。

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