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第12話 思い、がけなく 二

思い、がけなく 二 終わったと真名彦にメッセージを送ると、 炎天下の中そんなに待つこともなく先程と同じ所に着いた車は俺を同乗させると目的があるのか直ぐに通りの流れに戻っていった。 「 暑いな、言ってもしょうがないが。今夜も熱帯夜だな 」 笑いながらハンドルを切る真名彦にさっき感じた後ろめたさで言葉が直ぐに返せない。 鴨川を渡り、通り沿いの駐車場に車を置き2分ほど歩き横道を入った所にある店。 なんとも言えない白に近い薄い灰色の暖簾を払い真名彦が先に入る。後から付いて入った店内は奥の棚に並べられた反物で俺にもすぐに呉服屋だという事はわかった。 濃い藍色の和服を着て少し高くなった座敷に座っていた男性が一人すっと静かに立ち上がった。 「 おこしやす 、青木さん、お待ちしてました 」 と畳まれて少し高さのある布を俺らの目の前に置く。着物? 「 多分着たことがないのでお願いします 」 と真名彦が伝えると、 俺は男性に促されるままに畳に上がり奥の部屋に案内される。 もう何をするのかわかった俺は 服を脱いで下着一枚になる。 そのまま男性の言う通りに従った。 布の擦れ合う音だけが聞こえる中俺はただ言われるがままに衣を纏っていった。 最後に帯をパンと叩いて、 「 ようお似合いです 」 と言われ横の姿見の前に立つ。 黒い襟足の長い髪、前髪にはアッシュグレーの色を入れた男が薄いグリーンとブルーの縦縞の涼しげな色合いの浴衣を着て立っていた。 「 近江縮みです。麻が入ってますから着心地は良いと思います 」 いつのまにか真名彦も畳に上がり胡座をかいて俺を眺めていた。 「 すみません、急がせてしまったのに、でも良い色合だ 」 満足げに男性と話す真名彦に目をやると、俺の目を見てしっかりと頷いた。 「 これでサックスは吹けるか?」 腕を振ったり袖の感じを確かめた俺は、 「 多分大丈夫じゃないの、割と腕自由だし、 肌触りもさらっとしてるから 」 動いてみると着せ方も上手いのか、黒に銀の入った模様の帯がしっかりと腹を締めて予想以上に下腹にチカラが入る気がした。 足に下駄を履く。初めて履く下駄だが俺はゴムゾウリが好きでしょっちゅう履いていたので足の指の股はすんなりと鼻緒を挟んだ。 「 桐だから軽いだろ、鼻緒も柔らかくしてあるから、指にそんなに負担もかからないと思う。歩いてみろよ 」 少し歩くと、昨晩の真名彦の足元から聞こえてきた同じ音が店内に響く。 浴衣の時の歩き方を習うと思ったより楽に足が捌ける。 「 才能があるな 」 と真名彦が楽しそうに微笑むのが眩しかった。 「 これ貰えるの?」 「 あぁ、夏の贈り物、暑中見舞いだ。 ジュンヤ、夏の京都にようこそ 」 巫山戯てるのかと思ったら目の前の男は真剣な目をして、 「 何も買ってやったことがなかったからな、俺からの初めての贈り物だな 」 と告げる。 初めての贈り物…… 「 そんなの、もういっぱい、貰ってる 一番欲しいものは貰ってるよ 」 俺は誰にも聞かせたくないけど一人だけには聞こえるように小声で呟いた。 「 お茶を召し上がっとぉくれやす 。 今日も暑いどすね、祇園はんも暑さでへばってしまいます。 どうぞ、冷やしぜんざいどす。 召し上がってください 」 奥から出てきた女性が小上がりにお盆を置くとそう声をかけてきた。 繊細なガラスの小鉢に粧われ深い色合でツヤツヤと光る小豆を口に運ぶと優しい甘さとすっきりとした冷たさが口の中で溶け合う。 「 小豆が美味いな 」 「 ホントひんやり溶けて美味しい 」 きりりとしたちょうど良い温度の煎茶で甘い余韻が対比される。 そろそろ夕映えを迎えようという町は西の陽射しもきつくなり、外に出るのが億劫になる程だが、 冷やした甘味で身体の火照りを抑えるとそれでも少しは川沿いに降りて鴨川の涼を求めてみようかという気にもなる。 暗い紺地の麻のボタンダウンに、ペールグレーのショートパンツを履いた涼しげなスタイルの真名彦の膝下も本人が言っていた通りやはり長い。 いつもの歩幅では進めない俺の少し前をゆっくりと歩くその背中に恋という糸では足りない、なにか強い繋がりを感じた。 手繰り寄せしっかりと糸をこの指に絡ませるから。 この夏の 思いがけない贈り物を抱きしめて……

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