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冷淡無情な心⑧
それから暫くして長かった髪を切り、顔のキズを整形手術でキレイにした。逢う人逢う人それぞれが俺を見るたびに、驚愕の表情を浮かべるので見ているのは面白かった。
今、目の前で驚いている紺野 千秋を含めて――
『す、すみませんっ、あの……誰か分からなかったものですから』
明るくなったという人もいれば、若く見えると言った人もいたっけ。誰か分からなかったというのは、初めてだけど。
そんな彼の言葉に笑いながら、肩をすくめて訊ねてみた。
「こんな時間帯で悪いんだけど、君と話がしたいと思ってね。コンビニの仕事は何時上がり?」
穂高のことで彼をキズつけた俺なのに、それでもイヤな顔ひとつせず、対応してくれるのは、とてもあり難い。
その後、仕事が終わった彼を車に乗せて、見晴らしのいい場所に連れて行く。車中で話しかけようかとも思ったけど、助手席の窓に映る曇りがちな顔のせいで、おいそれと口を開くことが出来なかった。
こういう時は回りくどい言葉よりも、ズバッと核心を突いた方がいいかもしれないな。
「……穂高と、別れたんだってね」
見晴台で車を止めシートベルトを外して、楽な姿勢をとる。そんな俺を見ながら、静かに頷いた。
どんな別れ方をしたのか知らないけど、穂高といい紺野 千秋といい、未練たっぷりじゃないか。好きあってるのに、どうして――
「恋人だった君が、何も知らないまま別れるか。それとも知った上で、納得して別れるか。あるいは追いかけるっていう、選択肢があると思うんだ」
さぁ、選んでくれ。君は真実を、知りたいと思うだろうか?
『それは……俺が知ってしまったら、穂高さんは悲しみませんか?』
こんな時にまで相手のことを考えるなんて、何て優しいんだろう。俺なら相手の気持ちを考えず、いち早く真実を知りたがっているはずだ。
俺は人が思うよりも、貪欲に出来ているからな。すべてにおいて――
「もし俺が君なら、迷うことなく相手の全部を知りたいって思うけどね。好きだからこそ、尚更――」
その言葉に触発されたのか、知りたいと言ってくれた彼に、穂高のことを教えてあげた。様子を窺いながら途切れ途切れに伝えていく言葉を、口を引き結び、黙って聞いていく姿に言い知れない不安を覚える。
真実を知ったからこそ、離れるかもしれないと直感を感じた。だから――
「ああ。何だかさ、このまま何もしないでいると、穂高がどこか遠くの海に、身投げしそうな気がしてならないんだ。未練タラタラな状態のまま、ね」
ちょっとやそっとじゃ、死なないヤツだって分っていたけど、こうでも言わないと、彼が追いかけないような気がしたので、誇張して告げてみる。
「向こうに行く費用は俺が負担するから、行ってやってはくれないだろうか?」
握りしめていた手を、これでもかと握りしめながら、自分の気持ちを伝えてみたのに、呆気なく首を横に振るなんて。
「な、んでだよ? 今だって、穂高のことが好きなんだろ。どうして――」
『好きだからですよ。だからこそ俺は、人の助けを借りちゃいけないって思うんです』
握った俺の手の上に反対の手を乗せて、優しく撫でてくれる。その手のあたたかさに、自分がやろうとしていた、いらないお節介が見えてしまい、情けなく思えてしまった。
撫でながら、ゆっくりとだけど確実に自分の心情を語る話を聞き、納得させられる。やっぱり、穂高が選んだだけのことはあるよ。
小さな紙に書いた、穂高の住所を手渡しした。これを生かすも殺すも、彼次第なんだな。俺としては、きちんと使ってほしいんだけど。
「今後の行く末、遠くから見守らせてもらう。とりあえず頑張りな」
そんな気持ちを込めて言葉に乗せたら、満面の笑みを浮かべて頷いた。
外はどんよりとした曇り空だったけど、俺の心には満天の星空が輝いていて。大好きだった穂高が幸せになれるよう、素直に祈ることが出来る心に、照れくささを感じるしかない――
【了】
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