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バレンタインに想いを馳せて②
俺が苦手としていることをこのタイミングでちゃっかり強請ってくるなんて、本当に知能犯だよ。
「それではお飲み物をご用意いたしますので、少々お待ちくださいませ」
したり顔をしながら俺を見る視線から逃れるべく、しっかり頭を下げてから急いで台所に向かう。
食器棚の上のほうにある小さなグラスを二つ手に取った後、冷蔵庫から500mlの缶ビールを取り出して、それぞれをお盆の上に載せてから、ウキウキした様子で待つ穂高さんの前に跪いた。
「珍しく冷蔵庫に缶ビールがあると思ったら、これのために準備していたとは」
冷やさなければならなかったので、こればっかりは隠すことができなかったんだ。
「はい……。こんなことに使うために、ご用意させていだだきました」
言いながらリングプルを開けてグラスにビールを注ごうとした瞬間、いきなり手首を掴まれてしまった。
「ストップだ、可愛いホストさん。その注ぎ方はいただけないな」
ナンバーワンからのいきなりの指導が入り、内心焦りまくる。
「そ、注ぎ方……ですか?」
「そうだよ。注ぎ方一つで、缶ビールもかなり美味しい飲み物になるんだ。いいかい?」
俺の手から缶ビールを奪い取り、テーブルに置いてあるグラスにかなり高い位置から三分の一くらいの量を一気に注いでいった。パッと見、ほとんど泡しか見えない状態になっている。
「千秋も同じように注いでごらん。注いだあと、このまま2分ほど放置しなければいけないから」
「2分も放置!?」
「この泡が、いい感じに落ち着くんだよ。さぁどうぞ!」
ニコニコしながら手に持っていた缶ビールを俺の手に戻し、同じように注ぐところをじぃっと観察してくれる。そのせいでいらない緊張をしてしまい、手が少しだけ震えてしまった。
「俺のものよりも千秋のほうが、いい泡立ちになったね。きっと美味しいビールが呑めそうだ」
壁掛け時計で時間を確認後、再び缶ビールを手にすると、グラスの縁からそっと泡の下に目がけてグラスから一センチくらい泡が盛り上がるように、ゆっくりと注いでいく。
「うわっ、すっごく泡がふわふわしてる」
「はい、千秋の番だよ。この盛り上がった泡がグラスの縁に下がる前に、もう一度継ぎ足していくから」
「は、はい。じゃあ急いで」
「いやいや、ゆっくり注がなければ、この泡はできないからね」
そんなやり取りをしながら、自分が注いだグラスに同じようにビールを注いでいった。
「いい感じだね。ここから更に二センチほど、泡が盛り上がるように注いでいくんだ」
言いながら器用に言ったとおりのことをやってのけてから、俺もそれを真似すべく慎重にビールを注ぐ。
「上手にできたね。じゃあ互いに注いだグラスを交換して、乾杯しようか」
主導権が完全に穂高さんになっていて、どっちがホストか分かったもんじゃない……。
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