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バレンタインに想いを馳せて④

 今回の計画を企てた関係で、ホストが使うであろう言葉を一応勉強してみたんだけど、使うタイミングが分からないせいで、右から左へと頭の中に流れていく。 「千秋、俯いたままでいたら、お客様との会話が成り立たないよ。常に視線を合わせておかないと」 「は、はいっ。視線を合わせて、それから――」  穂高さんの言葉に自分が俯いていたのを思い知り、慌てて顔を上げたら包み込むような眼差しとぶつかった。 「まさか千秋がこうしてホストになって俺に尽くしてくれることをするなんて、夢にも思っていなかった。ありがとう」 「穂高さんが以前ここでやってくれたのが嬉しかったですし、この格好でそういうのをしたら喜ぶかなぁと思って、やってみたんですけど」  握りしめていた穂高さんの手を放して、意味なく髪をかき上げて照れ臭さを必死に隠したけれど、きっとバレてるだろうな。 「以前、妄想したことがあったんだ。千秋がホストになって、俺を接客している姿をね。初々しさが想像以上で、今直ぐにでも手を出したい気分なんだが」  柔らかく笑ったと思ったら俺のネクタイに手を伸ばし、ぐいっと自分に引き寄せた。  音もなく近づいてくる穂高さんの顔に慌てふためきながら、用意していた物をポケットから取り出して目の前に突き出してみる。 「俺のキスをこんな物で遮るとは、かなりの策士だね」  言いながら素早くそれを手にし、マッハの早さで俺に触れるだけのキスをした。 「んっ……、穂高さん――」  触れるだけのキスだったのに、俺の身体には簡単に火が点いてしまって、もっと欲しくなってしまったのを、奥歯を噛みしめてやり過ごす。 「バレンタインデーのチョコだね。ハート型のホワイトチョコに文字が書いてあるけど、これは千秋が書いたのかい?」 「はい。それなりに大きなチョコだったから、文字を書くのは余裕だと思ったのに、いざ書こうとしたら手が震えてしまって……」  ありきたりな言葉になってしまった『穂高サン大スキ』という、ちょっとだけ歪んでしまったメッセージ付きのチョコを、嬉しそうな顔してまじまじと見つめて、それからビールを一気呑みすなり、すっと立ち上がる。 「俺も千秋に、チョコを用意しているんだ。ちょっと待っていてくれ」  魅惑的な微笑みを口元に湛えて颯爽と目の前から消えたと思ったら、すぐに後ろからぎゅっと抱きしめてきた。 「は、早いっ」 「ベッドで渡そうと思って、手に取れる場所に用意していたからね。はい、どうぞ」  手渡された小さな箱は包装紙がついていなくて、何故か透明なフィルムで覆われている物だった。

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