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バレンタインに想いを馳せて⑤

 開け口を探し当ててフィルムを剝がした瞬間から、鼻に香ってくるコーヒーの匂い。お菓子で使われるコーヒーの香料じゃなく、喫茶店に入ったら嗅ぐことのできる香りと同じだった。 「……食べていないのに、何のチョコか分かってしまうなんて、ちょっとすごいかも」  すぐ傍にある穂高さんの顔を横目で見ながら告げると、それは残念だなと呟く。 「食べてからその感動を味わってほしかったのに、堂々とネタバレされた気分」 「コーヒー味のチョコレートですか?」 「ん……。きっと千秋が気に入る味だよ」  その言葉に嬉々として箱を開けると、さっきよりも芳しいコーヒーの香りが箱から漂った。その香りを堪能してから、紙に包まれているチョコをひとかけら手に取る。 「穂高さん、いただきますね」 「ああ、どうぞ」  すりすりと頬擦りしてから、俺の手元を覗き込んだ。  金色の包み紙をドキドキしながら開けると、ぱっと見はどこにでもありそうな、ミルクチョコレートの色をしていた。表面に描かれている『R』の文字は、メーカーのロゴなのかな?  そんなことを考えながら、ぱくっと頬張ってみる。 「んんっ!!」  箱を開けたときに感じた芳醇なコーヒーの香りと同じものが、最初に口の中いっぱいに広がっていくんだけど、それに負けないようなチョコレートの味もしっかりあって、そんな不思議なコラボレーションを、舌の上でまんべんなく味わってみた。  このコーヒーの味、とてもよく似ている。それは―― 「穂高さんが俺のために作ってくれる、カフェオレの味とすっごく似ているね」  後を引く甘さの余韻が、そのまんまって感じだ。 「今回、千秋にチョコレートをあげるのに、あちこちからコーヒーのチョコレートを取り寄せてみたんだ。気に入ってもらえて何よりだよ」  ふっと笑ったと思ったら、唐突にくちびるを重ねてくる。口の中にはもうチョコレートがないというのに、しっかりと舌を絡めてくるなんて。 「千秋の口の中、コーヒーを飲んだみたいな香りが残ってる。すごく美味しかったよ」 「そうですか……って、あれ?」  穂高さんにキスをされたのはほんの数秒の出来事だったのに、気がついたらスーツの上着のボタンが外されているだけじゃなく、ワイシャツのボタンも数個外されていた。 「いつの間に――」  呆れた声で言い放った俺の言葉を無視してさっさと上着を脱がせると、後ろ手からネクタイを外しにかかる。 「あの、穂高さん。俺があげたチョコレートは、食べてくれないんですか?」 「食べたいのは山々なんだが、悪いね。目の前でスーツを着ている、美味しそうな君を食べたくて堪らないんだ」 (穂高さんが一番喜ぶ格好をした時点で、こうなることが何となく分かっていたけど……)  ネクタイを外し終えると、テーブルに置きっぱなしになっているハート型のチョコの箱を手に取り、そのまま口に咥えてから俺の膝裏に腕を通して横抱きにし、ゆっくりと立ち上がる。  ちょっとだけ焦った顔した穂高さんを、まじまじと見つめていたら―― 「うぅっ、んっうぅんっ、うんんっ」  いきなり話しかけられても口で箱を咥えているため、何を言っているのか分からない。仕方ないなと思いながら、右手で箱を取ってあげた。 「千秋を食べながらこのチョコも食べてみようと思うのだが、どう思う?」  なんていう謎な提案をされてしまい、答えようのないそれに頭を抱えるしかなかったのである。それなのに俺の想像を超える使い方で難なくやり遂げた結果、いつも以上に甘い夜になったのでした。                                     つづく

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