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バレンタインに想いを馳せて(穂高side)

 特別なバレンタインデーにしようとちゃっかり下準備をしていたのに、千秋に先を越されてしまった。  そう思ったのは彼がいつも着ているリクルートスーツで、俺の目の前に現れたときだったりする。しかもホストになって丁寧にもてなされてしまったため、ずっと頬が緩みっぱなしだった。  ゆえに嬉しさに拍車がかかって、ベッドの中でも頑張ってしまったという――。 「……何だかまだ、躰にチョコの香りが残っているような気が」 「ん? 大丈夫だ、いつもの千秋の香りだよ」  シャワーを浴び終えた千秋の首筋に顔を寄せながらくんくん嗅いでみせると、途端に頬を赤く染めた。 「穂高さんがチョコを、あんなコトに使うからですよ。香りが鼻に付いちゃったのかな」 「これからチョコを口にするたびに、さっきのコトを思い出すかもね」  可愛いことを言った千秋の頬に、そっとくちづけを落としてあげる。機嫌、少しは良くならないだろうか。 「食べ物を道具にして俺を感じさせるなんて、あまり良くない行為ですよ」 「でもいつもと滑りが違うから、感度が良かったような? 特にち」  続きを言えなかったのは、千秋が俺の唇を指で摘まんだから。折角、会話を盛り上げようとしたのにな。 「んもぅ、そういうことを平然とした顔で、口にしないでくださいよ。聞いてるこっちが、すっごく恥ずかしくなるっていうのに」  反論したくても、きっちりと唇を摘ままれているため、口の中でもごもごと文句を言うしかない。  何とかして唇を開放してもらうべく、両方の頬を膨らませてみた。そんな俺の様子に目を見開き、ぷっと吹き出して声を立てて笑う千秋がものすごく可愛い。 (もう一回と言いたいところだが、そろそろ俺も準備した物を出さねば、ね――)  ベッドの下にある引き出しに手を伸ばし、音をたてないように開けると、一番上に置いてあるそれを掴んで、ゆっくりと引き出しを閉めた。 「ああ、もう午前様になってる。穂高さん早く寝なきゃ」 「寝る前にちょっとだけ、俺の話を聞いてくれないか?」  千秋に話かけながら手に持っている物を見せたら、びっくりしたのか目を丸くして、いきなりベッドの上に正座をした。 「ほ、穂高さん、これって――」 「結婚情報誌についてた付録だよ。ピンクの婚姻届」 「どうやってその本を入手……じゃなく、どうして今、これを見せたのでしょうか?」  驚いた表情をそのままに思ったことを素直に口にした千秋へ、同じように自分の気持ちを告げてみる。 「……書いてみたいと思ったんだ。ただそれだけ」  テレビを見ている最中にこの雑誌のCMが流れた。付録に婚姻届がつくことを知り、そんなものがあるなら、試しに書いてみたいなと考えついた。  町役場に行けば婚姻届は無料で手に入るが、これを俺が手に入れた日には、小さなこの島ゆえに噂が流れ、相手は誰だと大騒ぎにもなりかねない。それに日本で同性同士の結婚が認められていない以上、俺たちが婚姻届を書くことはないんだ。

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