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それが恋だと気づくまで――④
***
(身体が重だるぅ……)
うつ伏せのまま冷たい床に横たわりながら、グッタリしていた。
行為から時間が経ってきたせいで、火照っていた身体がどんどん冷えてくる。傍に落ちていた自分のブレザーに手を伸ばして羽織りながら、目の前にいるふたりに視線を飛ばした。
「んもぅ、先輩ばっかズルいですって。藤田先輩と2回も立て続けにヤるなんて」
「これは、いつものお約束なんだよ。それに俺がヤってる最中、お前のを藤田が尺って気持ち良くしてもらっていただろ」
「だけどイケてないんですよ。辛すぎます!」
3Pを楽しむみたいなことを言ったくせに、実際は先輩が挿入してから数分で、1年の身体を俺から引き離した。
口の中で感じている張り詰めたモノが、もう少しで爆発するんじゃないだろうかと思っていた矢先だったから、1年が喚き散らす気持ちも分からなくはない。
故に裸のままで、待っているのだけれど――。
「1年の分際で先輩にシてもらえるだけ、あり難いと思えよ。しかもこのキレイな藤田に口で奉仕させてもらったのに、直ぐにイカないお前が悪い」
やれやれ……。1年の腰の動きを見てイキそうなのを察知し、そのタイミングで止めさせたのにさ。ひで~ことを言いまくって。
「大谷先輩ってば、俺が他の男のモノを美味しそうに咥えながら喘いでるのが、イヤだっただけでしょ?」
瞳に涙を浮かべるという、絶妙な演技つきだったけどね。
「やっ、それは……ちげぇよ」
頬を赤く染め、ぶんぶん首を横に振る姿に1年が眉根を寄せた。適当に言った言葉が図星とか、こりゃ笑うしかない。
「どうなんですか、先輩っ?」
「1年、許してやんなよ。お前だって美味しい思いをしてるんだし。条件付きで今度は、最後まで付き合ってヤるから」
大谷先輩に掴みかかろうとした1年の手を止めるべく、穏やかぁな声で話しかけてやった。
「条件?」
「穂高の情報をちょうだい、詳しくね。それと大谷先輩」
「……何だよ?」
「3Pなんてワガママ、金輪際言わないでよ。結局面倒くさいことになるんだから」
よいしょっとかけ声をかけて身体を起こし、散らばっている服を手繰り寄せ、さっさと着替える。こんな雰囲気じゃ、行為再開にはならないだろう。
「また、久松の家に行くのか?」
「久松って、もしかして生活指導の久松!?」
愕然としている1年を尻目に着替えを終えた。真逆な雰囲気のそんなふたりに、「早く着替えなよ」と促してやった。
「なぁ藤田、俺んチでもいいんだぜ。歓迎するし」
「もう、気を遣わないでよ。それに家の許可をとって、先生の家に泊まってるから」
家の許可なんて、大嘘だけどね――。
「もしかして久松と藤田先輩、デキてるんですか?」
「デキてるワケないでしょ。超厳しい生活指導の鬼なのに」
お腹を抱えて笑い転げる俺に、ふたりは顔を見合わせながら首を傾げる。
「それよりも1年、口でしてあげた分、穂高の情報をちょうだい」
着替え終えた1年に訊ねながら、音楽室を出た。話込む俺たちの後ろに、大谷先輩が控えてるという異様な光景は、廊下をすれ違う生徒の目を惹いてるようだ。視線がグサグサッと刺さってくる。
――さっきまで3Pしていたとは、誰も思うまい。
笑いながらコッソリ、肩をすくめた時だった。
「義兄さんっ!」
目の前にある突き当たりの廊下から突如、穂高が姿を現した。額に汗をにじませ、慌てた様子で俺たちの前に登場する。
あの様子だと、校内中を捜し回っていた様だな。
「……何で、田中が義兄さんと?」
「何だっていいでしょ。用事があったんだよ、個人的な」
訝しげな表情を浮かべた穂高にとってつけた理由で口を開き、1年に視線を送ると、何とも言えない微妙な笑みを浮かべる。
「井上には話せない、個人的な理由があってさ。ね? 藤田先輩」
「それでお前は、何の用で来たんだ?」
1年の投げかけをしっかりスルーして穂高に話しかけると、いきなり右手首を掴み、放さない勢いでぎゅっと握りしめてきた。
「一緒に帰りたいと思って、捜していたんだ。母さんが待ってる、ご馳走を作って」
その言葉に眉根を寄せるしかない。何で義理の母親の料理を食べに、わざわざ帰らなきゃならないんだよ。
「今日くらいは家に帰ってきてほしい。だって義兄さんの誕生日じゃないか」
「お~っ、今日は藤田の誕生日だったのか。俺たちってば家族より先に、全身でお祝いしちゃったようだな」
背後にいる1年と目を合わせて意味深にニヤニヤしながら、穂高を見つめる大谷先輩がウザいのなんの……。
「そんなの帰る理由にはならないね。悪いけど、この手を放してよ」
傍にいるふしだらな男達に対してのイライラを含めながら、穂高に言ってやったのに、そんなのお構いなしで勢いよく首を横に振った。
「父さんも、義兄さんの心配をしてるんだ。お願いだから一緒に帰って」
「帰んないって言ってるだろ。しつこいな!」
「藤田が拒否ってるのに、ホントしつこい弟だ」
横から太い腕が伸びてきて、穂高の手首を掴む。
「しかも1年のクセに、そんな目立つ髪の色しやがって。先輩に絡んでくださいと、言ってるみたいじゃねぇか」
掴んだ穂高の手首をぎゅっと捻って俺から引き剥がし、自分よりも小柄な体を、背後にある壁に張りつけにした。
「これは地毛なんです。それにこんな風に押さえ込むなんて、後輩に優しくない先輩なんですね」
大柄な大谷先輩を仰ぎ見て、何故か涼しい笑みを浮かべる穂高。普通ならビビッてもおかしくない状況なのに、どうして――?
「可愛い後輩なら、とことん可愛がってやるけどな。だけど藤田を困らせたり、俺に向かってそんな生意気な口が叩け――」
言い終らない内に、大谷先輩がお腹を抱えて跪いた。押さえ込まれていた穂高は、右膝を上げたポーズのまま嬉しそうに微笑んでいる。
「生意気な1年の口を聞く前に、先制攻撃しちゃって済みません。しかも先輩より足が長いせいで、急所をモロに直撃したかもしれませんね」
その長い足を使って、呻き苦しむ大谷先輩をわざわざまたぎ、唖然とする俺の腕を再度掴んできた。傍にいる1年はビビっちゃって、止める気配すらない。
「穂高お前、ケンカが弱かったんじゃ?」
「あー……。問題起こして母さんが学校に呼ばれたら困るから、あえて手を出さないでずに我慢していたんだ。そしたら相手が余りにしつこくつっかかってくるから、口がきけなくなるくらいボコボコにやり返したら、黙ってくれたんだよね。俺にやられたのがクラスの奴に知られると恥ずかしいから、黙っているんだろうね」
笑みを浮かべながらそれ言っちゃうなんて、怖い義弟だこと――。
穂高の言葉で顔にキズをつけられた当時を思い出し、恐怖心が体を包んだせいで黙って自宅に帰るしかなかった。仕方なく親父と義理の母親と義弟に、誕生日を祝われたのだった。
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