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それが恋だと気づくまで――⑤
***
うんざりするような夕食を終え、さっさと風呂に入り自室に篭っていたら、扉をノックする音が響いた。義理の母親が俺の部屋に来ることはなかったので、相手は親父か穂高だろう。
「誰?」
「義兄さん、俺……」
その声に渋々扉を開けてやると、俺よりも一回り以上大きな体を縮込ませながら、いきなり頭を下げてくる。
「……何の真似だよ、これは」
「無理矢理連れ帰ったのに、嫌な顔一つしないで夕飯食べてくれてありがとう、義兄さん」
親父がいる手前上、変な態度をするワケにもいかないし、自分のために作られたご馳走に罪はない。ポーズだったがニコニコしながら、それらを口にし、義理の母親にはお礼を言ってやった。
「お前に、そんなことを言われる筋合いはないよ」
チッと舌打ちしながら言ってやったのに、それでも嬉しそうな表情を崩さない。
「そうかもしれないけど、母さんがすごく喜んでいたから。これをきっかけに、家に帰ってきてはくれないだろうか?」
「……嫌だね。ここに俺の居場所はないんだから」
「それって俺たち親子が、ここにいるから?」
「違うよ。元々親父と一緒にいるのがイヤなんだ。お前たちは関係ない」
実の母親が死んでから、親父との溝が深まったのは事実だ。そのきっかけを作ったのは穂高の母親なれど、それを指摘したところで溝が埋まるはずがない。
しかも放っておいてほしいのに、コイツがわざわざ首を突っ込んでくるから、ムダにイライラしてしまう――。
「ねぇ義兄さん、田中と一緒にいたけど、どうして?」
「それもお前には関係ないことだ、しつこいね。まったく……」
「だって田中はクラスの中でも、素行があまり良くないヤツだ。それに俺に掴みかかってきた3年の先輩。あの人も、おんなじだよね?」
形のいい眉根を寄せて、心配そうに俺を見下ろす穂高。
コイツにその2人と卑猥なことをいたしてましたと言ったら、どんな顔をするだろうか。ただ分かるのは、そういうことを止めてくれと言うのが容易に予想出来てしまう。
「俺が誰と付き合ったって、お前には関係ないことでしょ。一緒にいて楽しければ、それでいいんだって」
「だけどっ! そうかもしれないけど、でも……そいつらと付き合うことで、義兄さんの品位が落ちてしまうんだよ。そんなの俺は嫌だ」
(品位ときましたか、驚き――)
「お前に俺の品位を、どうこう言われる筋合いはないよ。自分の行いをしっかりと思い返してみなって」
「えっ!?」
「ワケが分からないって顔をするのは、本当に最悪と言うしかないね。クラスの男子に、日本人じゃないクセにってからかわれた時、風紀委員をやってる女子に助けてもらったそうじゃないか」
腕を組んで笑いながら指摘してやったら、途端にバツの悪そうな顔色になった。
「その女子にキスしてやったんだって? お礼のつもりか?」
この話を1年から聞いた時、自分の胸の中に複雑な心境が漂ったんだ。理由は分からないけど、表現出来ない原因を知りたくて、あえて話を振ってみた。
それなのに固まったまま何も答えない穂高。その態度に、更にイライラしてしまう。
「何とか言えって。ほら!」
「……誰かに見られてるなんて、思いもしなくて」
何だよ、それは――見られなかったら、何でもしちゃうって言うのか!? お前って、そんなヤツだったのかよ。
「あー……すっげぇ見損なった」
「そんな……義兄さん、嫌いにならないで」
いきなり両手で縋りつきながら言われても、失望に似た気持ちを引き止めることなんて出来やしない。
「何て言って説明したらいいか、分からないんだけど。その……そのコにキスしたら、喜ぶかなって思って」
「そんな軽い気持ちでキスしたのか。へぇ、呆れてしまうね」
軽い気持ちで誰とでも寝ちゃう、俺が言うのもなんだけど。
「キスがきっかけで、その女子がお前を好きになったらどうするんだよ? そういうの、考えなしでやったんだろう?」
「ん……。ただ喜ばせたくてしただけ。特別な気持ちはない」
穂高の口から出てきた言葉に、心の中に抱えていたモヤモヤが一気に晴れていった。鉛のような重りが、スカッと外されたみたいな感じだ。
「ふん、本当に最低な義弟だね、お前」
手厳しいことを言ったはずなのに、声色が何故か生ぬるい感じになった理由が、さっぱり分からない。
「義兄さん……」
両肩を掴んできたと思ったら、いきなりぎゅっと抱きしめられてしまった。
「ちょっ、何やって」
「お願いだからこれ以上、嫌いになってほしくない。お願い……」
穂高の体から伝わってくる熱――息が止まるような抱擁に、頭がグラグラした。
「苦しい」と文句のひとつでも言ってやりたいのにそれすら出来なくて、ただ抱きしめられたまま佇むのが精一杯な状況にいる自分を、大人になったもうひとりの自分が現在見ている。
あの時は分からなかった感情……。
それは穂高に抱きしめられて、すごく嬉しかったんだ。嬉しいクセにそれが表現出来ないなんて、馬鹿げているにも程があるなって呆れ果てるしかない。
抱きしめられただけでドキドキしたのは実はこれが初めてで、上手く対処が出来なかったんだよな。
そのことに違和感を覚えた俺は、次の日に先生の家に泊まった。
「はぁっ、あ、あんっ……せんせぇ、それ、だっ…ダメ」
「ダメだって? こんなに感じて、いやらしくヨダレを滴らせてるクセに」
先生が片手で器用にふたり分のモノを包み込み、気持ちよくしながらもう片方の手は、この後に挿れるために、やわやわと解していた。その両方の手がじれったくて、自然と腰を上下させてしまう。
「やん…っ…あっ…やっ…ぁ」
「昨日の夜はお前がいなくて、すごく寂しかったぞ。だからその分も合わせて、藤田を愛してあげるから」
「…んっ…ゃあ! はぁっ、はっ」
身体はしっかり感じている。なのに穂高に抱きしめられた時のようなドキドキが、残念なことに全くなかった。
身体目的でヤってくれるヤツとは違い、先生は俺を愛しているからもしかしたらドキドキするんじゃないかって、どこかで思っていたのに――。
ドキドキどころか、心の中がどんどん冷めていく自分がいる。腰がジンジン疼き下半身が熱を吐き出したくて、堪らないという状況だというのにだ。
虚しさを知った俺はこの後、先生や他のヤツらと手を切り一時的にまっとうな生活を送った。穂高と関係を持つまでは――。
どうして、そんな関係になってしまったのか。当時は親父に従順な穂高を穢してやりたいとか、変な難癖をつけていた。
でも今それを考えると、気になる存在だったから――好きだったから、関係を持ちたかったんだろうなって分かったんだ。
アイツが断れないネタのひとつである、母親の病気の薬を手に入れる約束を条件に抱けと命令した俺。冷静を装っていたけど、結構ドキドキしていたよな。
「穂高、俺のことを抱けよ」
「は? 何言って……だって」
俺の言葉にきょとんとした穂高の顔は、思い出しただけでも大笑い出来てしまうものだった。
「俺がそういう趣向の持ち主だって、知ってるだろうが。ちょうど遊んでくれる人がいなくて、身体が寂しがってんだ。構ってくれよ」
「でも、俺は……」
「そんな顔するな、テンション下がるだろ。俺を女だと思えばいい」
結んでいた髪の毛を解き、頭を揺らしてふわりとまとわせ、穂高を見上げてやる。肩まで伸ばしている髪型に白のサマーニットとジーンズ姿は、後ろから見たら、まんま女に見えるだろう。
「おい、俺に恥をかかせる気なのか? それに……このまま何もしなかったら、お袋さんが死んじゃうかもね」
その言葉にカッと目を見開き、俺の腕を引っ張って傍にあったベッドに手荒に押し倒した。半ばヤケクソだったのだろう。
押し倒した俺の身体に跨り、イヤそうな表情を浮かべながら、くちびるを重ねる。俺の肩を掴んでる手が、僅かに震えているのを感じた。
自分の置かれてる状況に怒りを覚え、こんな風に震えているのか――はたまた初めて男と寝ることに、恐れを感じているのか……。
何にせよ、全てを忘れるくらいに気持ちよくしてやろうじゃないか。
穂高の頬を両手で包み込み、力を入れてくちびるから外してやる。
「キス、上手いじゃないか。すごく感じちゃったよ、穂高」
瞳を潤ませ微笑みながら穂高の片手を掴み、熱くなってる部分に導いて、ぎゅっと触らせた。
「あ……」
「女と違って、分かりやすいだろ。キスしただけで、こんなになるんだよ」
空いてるもう片方の手を取り、サマーニットの裾から手を入れさせ、胸の頂に触れさせてやる。
「ここもすごく感じるんだ、好きに弄っていいよ。摘んだり引っ張ったりしても大丈夫だから」
早くしてくれとせがんでみたら恐る恐るといった感じで指先を使い、丁寧に捏ね繰り回した。
久しぶりに、誰かに身体を触れられる悦び。しかもそれが義理の弟、穂高だからなのか、すごく感じてしまった。腰から下がすごく熱を持ち、快感がそのまま大事な部分にもこんこんと流れていく。
その後、ベッドヘッドに置いてあったローションを手渡し俺の指導の元、後孔を丁寧に解してもらって繋がった。
互いに上半身だけ服を着たまま繋がったんだ。それはまるで、俺との距離をとってるみたいに感じた。
直に肌と肌を合わせないそれに、ちょっぴり寂しいなと思った矢先――
「義兄さん、感じているの?」
さっきまで微妙な表情を浮かべていた穂高が、大きな熱杭を最後まで挿れたのに腰を動かさず、窺うようにじっと見つめる。
俺が答えるまでもないだろうに。久しぶりすぎる行為に、後孔を解されてる時から、求めるようにヒクついていたのだから。それを直接、指やアソコで感じているだろうよ。
「すっごく感じているよ。早く動いて。もっと、感じさせないと――」
脅しをかける俺の言葉に闇色した瞳をすっと細め、片手をサマーニットに突っ込み、ぎりぎりっと突起を摘んできた。
「くっ……!?」
痛みとは違う快感に腰を持ち上げたら、空いてる片手が俺の足を掴み上げ、穂高の肩に載せる。
と同時に質量の増したモノを、ぐっと最奥に押し込んできた。容赦なくそれを、何度も突きまくる。
「ひゃっ、あぁ……あんっ」
気持ちいいトコロを責められながら、感じやすい胸もぐりぐりされて、全然触ってない竿から、だらだらと卑猥なヨダレが滴り、光っているのが目に入った。
大嫌いな義弟に感じさせられるなんて、こんな屈辱っ――だけど感じずにはいられない……。
「はぁんっ…もっと、もっと激しくしてくれ……うっ、気持ちよくっ」
涙を流しながら訴えたら、それに応えるように激しく律動してくれた穂高。目の前にあるシャツを掴み寄せ、あたたかい身体をぎゅっと身体を抱きしめる。
お前に抱かれてる悦びを感じたいのに、見えない壁が俺たちを阻んでる。それでも今、この瞬間だけは忘れたくなかったから言ってやった。穂高の耳元に、そっと囁いたんだ。
『ありがとう』と――
***
その後の俺は穂高以上の快感を求め、ハッテン場へと足繁く通うようになった。いろんなヤツと寝たし、いろんなプレィも相当楽しんでみた。
だけどヤればヤるほど、どんどん俺の快感が奪われていき、やがて何も感じなくなってしまったんだ。
過去の経緯を昔馴染みの友人に話したら、それが『恋』だと指摘され、驚くよりも鼻で笑ってしまったのだけれど。
――認めたからといって、その『恋』は叶うことはない。
紺野千秋と出逢った穂高の顔は、今まで俺が見たことのない、すっごくいい顔をしていて、そんな幸せそうな顔をずっと見ていたいと思った。義兄として……最初で最後の恋の相手として――。
「おっと、これはヤバそうな雰囲気だね。割って入るよりも、ライトアップして邪魔してやろうじゃないか」
千秋を抱きしめた色男が、ぐっとその顔を寄せる。今まさに、キスをしようとしているところじゃないか。
迷うことなく車のヘッドライトのスイッチをオンにして、タイミングよく中断させてやる。これも穂高のためなんだ。
穂高が大事にしている者を守る。それが彼の笑顔を守ることに、必然的に繋がるのだから。それが俺の愛し方。不器用なのかもしれないけれど、幸せになっていく愛しい人を、この先も傍で見つめていたい。だから俺は――。
ヘッドライトで照らされた向こう側のふたりには、車から降りた俺の顔は見えないだろう。
愛する男を守るために闘志を燃やしている心意気を見せつけるべく、靴音高らかに傍に近づいてやった。
穂高の笑顔と心を、永遠に守るために――
【fin】
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