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着火
……これ、手を出さずに、いつまで見守っていなきゃならないんだろうか――
「あ、あの穂高さんっ、時間が限られてることですし」
汗を滴らせながら手元のものを上下に一生懸命に扱いていく姿を窺いながら、どうにも我慢出来なくて声をかけた。
今日の夕方漁に出るというのに今ここで力を使い果たしそうで、見ているだけで切ないよ。
「君はっ、何もっ、しなくていいっ、から!」
――俺は何もせずな状態は、ホントに辛いのにさ。
おいおい、笑顔が引きつってきてるってば! 相当疲れてきてる証拠だって……。
「だったら穂高さんのしていることについては、一切手を出さないから。その代わり俺は俺で、勝手に動いていい?」
「千秋の自由を、嫌だと言うワケがないだろう。さっきみたいに俺の上で――」
「分かったからっ! それ以上言わないでって。思い出すだけで、顔から火が出ちゃうから」
昼夜逆転している穂高さんは、本来ならば昼間に寝なきゃならないのにも関わらず、俺がいるものだからここぞとばかりにスキンシップに励んできた。
疲れているのが分かっているからこそ俺から動いてあげたら、そりゃもう大喜びしちゃって大変だった。その弊害が現在行われている、庭でのバーベキューだったりする。
意味深に笑う穂高さんを無視して、庭をキョロキョロしてそれを探した。
庭の中央に置かれていた七輪を見つけて跪き、それの下部に設けられた風口を全開にした。すかさず縁側から家の中に入り、古新聞を何枚か引っつかんで戻る。
「千秋、さっきから一体、何をしようとしているんだい?」
必死に火を熾そうと棒を動かしている手を止め、俺の手にしてる新聞を不思議そうな顔して眺めた穂高さん。
昔ながらの手法で火を熾したらきっと美味しく食べられるだろうからと、頑張っていたのだけれど、それは体力を使うから美味しく食べれるんだろうなぁって思わずにはいられなかった。
「簡単に、炭に火を点けようと思って」
「そんな……俺の努力が無駄に」
「無駄にはなりませんっ! 穂高さんの頑張りを、間近でちゃんと見てましたから」
言いながら畳んであった新聞紙を広げて、A4サイズくらいの大きさに千切ってからぎゅっと捻って、七輪の中に井桁状に組んでいく。捻った新聞紙を10本ほど中に入れたら、その上に小さめの炭を新聞紙の周りをとり囲うように、丁寧に置いていった。
「扇ぐなら、うちわを持ってこようか?」
「必要ないです。このまま放置してたら、勝手に火が点きますので」
井桁の中央にマッチで火をつけた、新聞をポィッ(´゚д゚`)ノ ⌒ ゚
捻った新聞紙がいっぺんに燃えることなく、じわじわっと燃えるお陰と、通風孔から入ってくる空気が上昇気流となって炭に熱を送ってくれる。故に扇がなくていいんだ。
「俺のライターも必要ないとか……どんだけ千秋は有能なんだ」
穂高さんが手に持ってるそれを、闇色の瞳を細めてじっと見つめる。もしかしてその顔は、俺との出逢いを思い出しているのかな。
自然と口元が緩んでしまうのは、それは恋するきっかけとなったライターだからだろう。
「煙草を止めたのに、そのライターを持っていたんですね」
「ん……。肌身離さず持ち歩いてる。何たって、俺の着火剤だから」
縁側で七輪を見つめる俺の隣に座ってきて、わざわざ腰を抱き寄せてきた。
夏の眩しすぎる日差しが容赦なく照らしているというのに、そんなのおかまいなしにピッタリとくっついてくる。
「どれくらいで、炭に火が点くんだい?」
「この小さな炭には5分くらいで点くと思うけど、そこから大きいのにつけるのには――って!?」
いきなり目に飛び込んだ室内の天井と、穂高さんの欲情に満ちた瞳。
「ちょっ、いきなり何を?」
穂高さんに押し倒されてあわあわしてるこんなときに、誰かがたまたま庭に現れたらどう説明するんだよ……。
「てきぱきと動く千秋に、心ごと魅せられてしまった。どうしたらいい?」
どうしたらいいと聞いておいて、ちゃっかりくちびるを塞がれてしまった。これじゃあ答えられない!
炭に着火出来ないからって、俺に着火してどうするんだ(涙)
「んもぅ、ダメだったら。しっかり休んで食べるものも食べなきゃ、体を壊してしまうよ」
「隣に千秋がいるだけで休めているが」
休んでない! 全然、休んでいなかったじゃないか!!
「それに、穂高さんのお腹が鳴いてるから。さっきくっついてきた時に、伝わっているんだからね。倒れるギリギリまで頑張るんだから、きちんと食べないと」
「それはしょうがない。千秋がいるから、ついつい頑張ってしまうんだ」
嬉しそうに微笑む顔にちゅっとキスをしてあげてから体を起こして、七輪の中を覗きこんでみる。
おおっ、もういい感じで火が点いているから、バーベキューも始められそうだ。
そのことを教えてあげようと嬉々として振り向いたら、縁側で胡坐をかきながら何かを呟く。
「どうしたの、穂高さん?」
「……さっさと食事を終わらせて、千秋を食べようと考えていた」
穂高さんの体の心配よりも、自分のことを心配しなきゃいけないと改めて考えさせられた、ある日の出来事でした。
めでたし めでたし
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