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―花火―②
***
「あのね、一緒に花火しない?」
お盆休みの最終日、夕飯を作る穂高さんの背中に、思いきって話しかけてみた。ガスコンロの火を止めて振り返る穂高さんの目の前に、線香花火の束を掲げてみる。
「花火っていっても、これだけなんだけど。その……一緒に過ごせる夏の思い出が出来たらなって」
大好きな線香花火を好きな人としたら、きっと楽しいだろうなって思ったんだ。
俺と線香花火をしげしげと眺めつつ、印象的な瞳を細める穂高さん。
「君からの誘いを、俺が断ると思ってるのかい?」
「や、それは断らないと思ってたけど。線香花火だけという地味なことを、無理強いしたら悪いかなって」
「確かに地味だけどね――」
言いながら穂高さんは、居間にある時計に目をやった。
「花火を買い足すにしても、もうスーパーは閉まってるな。個人的には、ネズミ花火くらいあっても、面白いかなと思ったんだが」
「ネズミ花火……まぁ、近所迷惑になるようなことはないですけど」
お隣とはすっごく離れているので、パンパン鳴らしても全然平気な環境下にある。
「千秋の足元にたくさん放って投げたら、とても楽しそうだと思ってね」
おいおい何を考えてるんだ、まったく――。
うわぁと思いながら顔を引きつらせていると俺が手にした線香花火を掴んで、意味深な笑みを湛えた。
「まぁ、日本情緒を楽しむのも悪くないか。千秋の喜ぶ顔が必然的に見られるだろうし、ね。……ふっ」
はい、これと線香花火を返されてから、さっさと背中を向けて夕飯の準備を始めた穂高さんに、首を傾げるしかない。どうにも引っかかるんだ、この人の意味深な笑みの意味が――
胸の中に抱いた疑問をあえて口にしなかったので、和やかに夕飯を食べ終え、花火の準備をすべく小さなバケツに水を入れた。
たった10本の線香花火だけど、一緒にすることに意義があるんだとブツブツ独り言を言いながら、水の入ったバケツを持ち上げると、ひょいと横から手が伸びてきて唐突に奪われてしまった。
「さぁ、行こうか」
ネコ耳の付いた真っ白いフードを頭から被り、ふわりと笑った穂高さん。
「あの、縁側でするんじゃなく?」
ものの5秒で、居間から外に出られるというのに。
「千秋と過ごせる最後の夜だからね。ロマンチックにこだわってみようと考えたんだ」
さすがは、元ホストと言うべきなのかな。俺としては線香花火とロマンチック、全然繋がらないよ。
穂高さんは不思議顔をしたままの俺の手を取り、引っ張るように外に出た。ひんやりとした夜の空気が、俺たちを包み込む。
「穂高さん、今夜は風もないから、最後まで線香花火を楽しめそうだね」
「ん……。日頃の行いがいいせいだろう」
星空を仰ぐように眺めて、何故かクスクス笑い出す。何だろう、さっきから違和感を感じるな――俺としては、笑わせるようなことを言ったつもりはないのに。
それにどうしても気になる。それは俺だけじゃなく、読者の皆さんもきっと思ってるはずなんだ。
隣にいる穂高さんを見上げると、歩くたびにフードに付いてるネコ耳がゆらりゆらりと揺らめいて、目を奪われずにはいられない。
「あ、ぁのさ、珍しいよね。その……お気に入りの赤いシャツの上に羽織ってるパーカー……」
基本的に穂高さんが持ってる洋服のセンスは俺よりも上で、故にオシャレな物が多い。きっとホスト時代に昼間、お客さんの接待をしていた関係があるからだと思うんだけど。
キテ○ちゃんのような雰囲気を漂わせる、これを着るなんて突っ込んで下さいと言ってるようなものだよ(左耳に、小ぶりの赤いリボンが付いてるんだぞwww)
たどたどしく質問した言葉を聞き、星空からゆっくりと視線を俺に移す。それはそれは、嬉しそうな顔をして。
――全然似合わない、イケメンとネコ耳フードのパーカー……。
「ネコ科のほとんどが、夜行性だからね」
「それが、どうしたんで――っ!?」
穂高さんに連れられている場所が、特定出来てしまった時点で、ハメられた感が否めない。だってそこは――。
「ちょっ、穂高さん。何でここに来たの?」
唐突に立ち止まってやったら、形のいい眉を上げて、どうしたという顔をした。白々しすぎるその態度に、二の句が告げられない。
「何でって決まってる。ふたりきりに安心してなれるし、それに暗いからきっと、線香花火が映えるだろうなと考えたんだが。他に何か、気になることでもあるのかい?」
「だ、だってここは――」
「ん?」
困り果てて顎を引く俺に不思議顔したまま、じぃっと見つめる穂高さん。ネコ耳フードを被ってるから、顔を寄せられてもドキドキしないぞ。ドキドキ……ちょっとだけしてる、かも。
「あの、その……夏休み最初の日、ここに来た時に……はじめて――」
穂高さんの上司にあたる船長さんの家へ手土産持参で挨拶に行ったら、いきなり宴会が始まっちゃって、いろんなお酒を呑まされてしまったんだ。
お酒があまり呑めない俺の分まで、穂高さんが全部呑んでくれたので家に帰る前に、浜辺で涼んでいこうってことになった。何の気なしにほいほいついて行った先で、いきなり抱きつかれてしまって――。
『今ここで介抱してって言ったら、してくれる?』
なぁんて甘く囁かれたのだけれど、なけなしの理性が残っていたから勿論全力で拒否した、一応……なのにさ。
『大丈夫、俺たちを見ているのは夜空に浮かんでる少しだけ丸い月と、キラキラ瞬いてる星だけだから。千秋の可愛い啼き声は波の音が消してくれるし、それにあっち側。そこにある廃屋が壁になって、道路側からは絶対に見えないような場所に導いたのは、偶然だと思うかい?』
くすくす笑いながら告げてきたしっかり者の恋人のお陰で、はじめて外でいたしちゃったのである。酔った勢いと言ってもいい! でも今はお互いに酔ってもいないし、目的は線香花火をするだけなのである。
「千秋が何のことを言ってるのか穂高くん小さいから、さっぱり分からないな。そこのところ、詳しく教えて欲しいのだが」
悪意のある笑みをありありと浮かべて、首を傾げた穂高さん。ネコ耳フードの耳が可愛い感じでひょこっと揺れた。
もしかしてだけど小さい穂高くんを演じるために、小道具としてこのパーカーを着たんじゃないだろうか。この人、俺を困らせることに関しては徹底的にやってくれるから――。
「どうしたんだい? 顔が真っ赤だが……。口では言えない何かを、想像していたりするのかい?」
目を瞬かせながら顔を寄せてきたのだけれど、この気持ちのやり場をどうしたらいいのか。呆れたのが半分、怒りが半分な状態なんだ。
「穂高さんっ、白々しい演技は止めてください。この間は酒の勢いとか、いろんなものが手伝ったからここでしちゃったけど、もうしませんからね」
「何をだい?」
「穂高さんってば、もう!!」
ウガーッと怒ってみせたら、何故だか嬉しそうな表情を滲ませて、左頬にちゅっと音の鳴るキスをした。
「やっぱり可愛いな、千秋は」
低い声でひとこと呟き、俺の手を握り締め直して砂浜へと引っ張って行く。そんなたったひとことで怒りが収まってしまうのも、単純な俺らしいとしか言えない。
「おっ、いい物発見」
薄暗くて足元があまり見えないというのに、夜目が利くらしい彼が何かを拾い上げた。
「貝殻?」
「ん……。ロウソクの土台に、ピッタリかと思うのだが」
手にした貝殻を、見えやすいように目の前に掲げた。アサリよりも一回り大きい、まっ白くてキレイなものだ。
「よく見つけましたね? こんな暗い夜なのに」
月なんて、三日月よりもまだ細い状態。新月から日にちが経ってないんじゃないかな。
「キラッと光って見えたから、偶然だよ」
「光ったって、目を凝らしても何も見えないけどな」
辺りをキョロキョロ見渡したけど、光る物はおろかゴミすら見つけられない。
「それは困るな。俺が迷子になったら捜せないじゃないか」
カラカラ笑いながらロウソクに火を点けて、さっきの貝殻にセッティングしてくれた。その手には俺たちが出逢うきっかけになった、タバコの銘柄入りのライターがしっかりと握られていた。
肌身離さずに持っていてくれたことに、自然と笑みが浮かんでしまう。
「ありがとね、穂高さん」
ロウソクに火を点けてくれたことと、大事に持っていたことにお礼を言ってあげる。ロウソクの明かりのお陰で、穂高さんの顔がほんのりと目に映った。
「どういたしまして」
「……大好き」
自然と口走ってしまった言葉にハッとして息を飲む俺と、それまでにこやかに微笑んでいた穂高さんが、目を大きく見開いて真顔のまま固まった。
どうして、そこで固まってしまったの穂高さん?
「やっ、アハハ……。ベタすぎることを言っちゃって、ゴメンなさいぃ」
しかもワケの分からないタイミングで、思いきり言っちゃったよ。
焦る俺をじっと見つめながら何故か無言でフードを頭から外し、俯きながら立ち上がって、背中を向けられてしまった。
何かブツブツ言ってるみたいなんだけど、波の音でハッキリとは聞こえない。
「あの、穂高さん?」
「悪い……。はじめようか」
恐るおそる背中に声をかけたらさっと振り返り、にこやかな笑みを浮かべてきたんだけど、目が笑っていないのがちょっと気になる。
コロコロ変わりまくる態度におどおどしつつ、線香花火を包んでいるビニール袋をばりっと開けて、中身を取り出した。
ロウソクの明かりを頼りに線香花火をまとめているテープを剥がして、そっと花火を穂高さんに手渡す。
「ありがと、千秋」
ニコッと笑った顔はいつもの穂高さんになっていたのだけれど。さっきの態度やブツブツ何を言っていたのか、やっぱり気になるなぁと思いながら、線香花火を1本手に取り、いそいそとロウソクに近づけた。
先に火を点けていた穂高さんの線香花火の先っぽは、勢いよく火を噴き出して、赤い火の玉を形成しようとしていたところだった。
ワクワクしながら追いかけるように自分の線香花火に火を点けて、同じようになるのを待つ。
耳にバチバチッという花火独特の音がしたので穂高さんの方を見たら、大きな玉から火花がたくさん出ていて、とてもキレイだった。
花火から穂高さんの顔に視線を移すと、穏やかな表情を浮かべて、じぃっと手元を見つめる姿を眺めることが出来た。
そんな風に、俺のことも見つめてほしい――なんて、ワガママ言えないか。
心の中で苦笑した瞬間、手元で形成しかけていた大きくなった火の玉が、ぼとりと落ちてしまった。
「あ!!( ̄□||||」
「折角大きな蕾が出来ていたのに、残念だったね。消えてしまった花火をこっちに寄こしてくれ、バケツに入れてあげるよ」
片手に持った穂高さんの花火は、勢いを失った火花が今まさに散っていくような状態となっていた。最後まで楽しめる様子を見比べ、ガックリとうな垂れるしかない自分。
「ほら、千秋。一緒に楽しもう」
ふわりと微笑む穂高さんに気持ちを持ち上げてもらい、新しい花火を手にして、よーいどんで一緒にロウソクに花火を近づけた。
ジュジュッと俺の花火に先に火が点いてから、穂高さんのものにも一瞬だけ遅れて火が点く。
「さて千秋の花火をじっくり、堪能させてもらうことにしよう」
向かい合わせに並べていた自分の花火をちょっとだけ退けて、じぃっと俺の花火に見入る穂高さん。何気に緊張するんですけど――。
「さっきの花火よりも蕾が小さいが、火花が勢いよく出てキレイだね」
「はい、長く楽しめそ――あ!」
穂高さんの言葉に、にこやかに笑いながら返事をしただけ。それだけだったのに……。手元なんて全然動かしていないのに!
火花を散らしながら、見事に落下してしまった俺の花火(ノД`)シクシク
「俺ひとりだけやっても、つまらないのだが」
「う……すみません。何故だか今日に限って、最後まで出来ないとか」
穂高さんの手元に残った花火が火花が散り終えた最後の最後に、ぼとっと玉が落ちていった。
「まぁ俺は、裏技使っているからね。それを教えてあげよう」
嬉々として立ち上がって、しょんぼりする俺の背後に回りこみ、新しい花火を手にして右手を握りしめてくれる。
「まずはっと。火薬の部分より上のところを捻るんだ、締めるって感じにね」
「ええっ!? そんなことをするの?」
「ああ。これだけで随分と長く楽しめるんだよ。それとこの線香花火は、長手牡丹っていう種類なんだ。花火全体が紙で出来ているから火を点けたら、下45度(斜め下)に向けて使うと、火球が落ちにくい上に、長く楽しめるんだ」
丁寧な穂高さんのアドバイスを元に、ドキドキしながら火を点けてみた。
「最初に火を点けたこの部分を、蕾って言うんだよ」
線香花火好きとしては実は知っている知識だったけど、耳障りのいい穂高さんの声を聞いていたくて、花火を見つめながら耳を傾けた。
「次は牡丹だね。線香花火の中でいうとメインというべきか。その次は松葉。広く飛び散る様が松葉みたいだから、そう呼ばれるようになったそうだよ」
「穂高さん、この部分が好きでしょ?」
「どうして分かったんだい?」
「んーと、何となくなんだけど。花火の赤い色と穂高さんの車の色が、被ったせいかな」
そんな適当な言葉をつらつらっと並べただけなのに、わざわざ耳元で「当たり」なんて、囁かないでほしい。
「いよいよ最終局面だね、これは柳っていうんだ」
「見たままの表現だけど、やっぱりどれもキレイだよね」
「ん……。そして最後に散り菊。はらりはらりと菊の花びらが散っていくようで、これも捨てがたいな」
「俺はこの部分が好きなんです。一生懸命にバチバチしまくった後の、静かに散っていく、何ともいえない余韻が残る感じが」
「千秋らしい表現だね、それは。ちなみに国産の線香花火だと、この散り菊が長いらしい。一般に出回っているのは、中国産がほとんどなんだ」
穂高さんのセリフと一緒に終わった、俺の線香花火。終わったのに手が除けられないのは、穂高さんの手が覆いかぶさっているから。
いつもは冷たいハズなのに、えらくあったかくて、そのぬくもりに縋りつきたくなってしまう。
そのままの俺に、反対の手を使って地面に置いてあった線香花火を1本掴み、「ほら、ひとりでやってごらん」と終わった花火をやんわりと引き抜き、新しいのを握らせた。
覆いかぶさっていた、穂高さんの手が退けられただけ――ただそれだけなのに、ひどく動揺している自分がいた。夏休みが終わったら離れ離れになる関係を、もろに現しているみたいで、心がきゅぅっと切なくなってしまう。
「穂高さん……」
握らされた手元の花火から穂高さんの顔に視線を移したら、一瞬だけ表情を崩したけど、すぐさま柔らかく微笑んで俺の頭に顎を乗せ、両腕を体に回してくれる。ぎゅっと抱きしめてくれたお陰で、じわじわっと体温が伝わってきて、不安だった気持ちが一気に解消されてしまった。
(千秋にそんな顔、させたくはないのだが――)
俺の抱擁に緊張した面持ちだった千秋の顔が、解れていく様を見ながら今までのことを思い出す。
あれは5日前、夏休みも終わりに近づき、大学のレポートを必死に仕上げようと頑張る千秋の背後で仕事で使う物を探すべく、居間にある引き出しを開けては閉めてを繰り返していた時だった。
「確かそれを使って、この引き出しにしまったのは覚えているのに、どうしてないんだ?」
ブツブツ言いながら引き出しの中を漁っている時に、それを発見した。島にあるスーパーのシールが張られた、細長いビニール袋に入った線香花火。
それを手に取り、しげしげと眺めてから千秋の背中を見る。多分これは、彼が買ったものだろう。いつ花火をするのか訊ねてみようと口を開きかけたが、ぐっと飲み込んだ。
隠すようにしまわれていたということは、きっと驚かせようとしているに違いない。夏休み、島での最後の思い出を作ろうと思ったんだろうな。
「線香花火だけっていうのは少々寂しい気もするが、まぁいいか」
コソッと告げて、それを置いてあった場所に戻した。早く誘われたいなと思いながら――
ワクワクしながらその日を待ち続け、やがて。
『あのね、一緒に花火しない?』
フライパンで炒め物をしているときに、唐突に話しかけてきた千秋の声。手早くガスの火を消して、ニッコリ微笑みながら振り返ると、目の前に例の線香花火のビニール袋をにゅっと突きつけられた。
ちょっとだけ緊張した面持ちに、内心吹き出しながら小首を傾げてみせる。
『花火っていっても、これだけなんだけど。その……一緒に過ごせる夏の思い出が出来たらなって』
「君からの誘いを、俺が断ると思ってるのかい?」
Hをしようと誘ってくれたら、もっと悦ぶけどねと付け加えたいのをガマンして、じっと千秋を見下ろしてあげたら。
『や、それは、断らないと思ってたけど。線香花火だけという地味なことを、無理強いしたら悪いなって』
俺のことを考えるいじらしい姿に、こみ上げてくる何かをぐっと抑え込んだ。
「確かに地味だけどね――」
なぁんて口にしながら、壁にかかってる時計をわざとらしく見る。
「花火を買い足すにしても、もうスーパーは閉まってるな。個人的には、ネズミ花火くらいあっても、面白いかなと思ったんだが」
『ネズミ花火……。まぁ近所迷惑になるような事は、ないですけど』
その言葉に瞳を何度か瞬かせ、眉根を寄せた。賛同してくれなかったのが寂しくて、千秋にイジワルしたくなり、つい。
「千秋の足元にたくさん放って投げたら、楽しそうだと思ってね」
その様子を想像し笑みを浮かべてやると、余計に顔を歪ませる。反論して盛り上るだろうと思ったのに、外してしまったか――。
微妙な空気を何とかすべく、千秋が手にしている線香花火を掴んで、意味深な笑みを湛えてみた。
「まぁ、日本情緒を楽しむのも悪くないか。千秋の喜ぶ顔が必然的に見られるだろうし、ね。……ふっ」
そう――あの日、引き出しで線香花火を見つけてから、コッソリ計画したのだ。千秋のいろんな表情を見るべく、俺なりの作戦を。
名付けて【可愛い穂高くんに翻弄される千秋をたくさん見よう作戦】
可愛い穂高くんを演出すべく、洋服の入ってる引き出しを開けてそれを取り出し、いそいそと着込んだ。
島にある小さな洋服店のショーウィンドーに、いつまでも展示されていたもので、売れ残っているその様子があまりにも不憫に感じ、思わず買ってしまったものだった。
大きくても千秋に着せたら可愛いだろうなぁと、引き出しの奥深くに仕舞いこんでいたのだが、まさか自分が着る羽目になるとは(笑)
「さぁ、行こうか」
フードに付いているネコ耳をアピールすべく、それを被りながら声をかけたら、ぎょっとした表情を浮かべて俺を見上げる千秋。
さぁこのパーカーについてツッコミを入れてくれと、心の中で熱望したのにも関わらず、彼が口にしたのは――。
『……あの、縁側でするんじゃなく?』
何故だか線香花火の場所について質問するなんて、俺の期待を裏切ってくれるね。そういう読めないトコも、結構好きだな。
「千秋と過ごせる、最後の夜だからね。ロマンチックにこだわってみようと考えたんだ」
片手には花火の処理をするバケツを、反対の手は千秋の手を握りしめて、勇んでとある場所に導いてやる。
『穂高さん、今夜は風もないから、最後まで線香花火を楽しめそうだね』
「ん……。日頃の行いがいいせいだろう」
『あ、ぁのさ、珍しいよね。その……お気に入りの赤いシャツの上に羽織ってるパーカー……』
他愛のない会話からいきなりツッコミがなされて、笑い転げて仰け反りたくなる気持ちを抑えるのに、かなり苦労した。
「ネコ科のほとんどが、夜行性だからね」
笑いを必死に堪えて暗に襲ってあげるからというのを、遠まわしで教えてあげたというのに、きょとんとした顔をする。
『それが、どうしたんで――っ!? ちょっ、穂高さん。何でここに来たの?』
何でって、はじめて千秋と外でヤった場所だからだよ、とは言うワケにはいかないか。恥ずかしがり屋の君は、全力で拒否るだろからね。
「何でって、決まってる。ふたりきりに安心してなれるし、それに暗いからきっと、線香花火が映えるだろうなって考えたんだが。他に何か、気になる事でもあるのかい?」
『だ、だってここは――』
「ん?」
テレまくっているであろう千秋の表情を拝むべく、顔を寄せてじぃっと見つめると、尚更挙動不審になった。花火がなければ、今すぐにでも食べてやりたい心境である。
『あの、その……夏休み最初の日、ここに来た時に……はじめて――』
たどたどしく告げる言葉に、笑みが止らない。穂高くん作戦を決行するなら、このタイミングだろうな。
「千秋が何のことを言ってるのか穂高くん小さいから、さっぱり分からないな。そこのところ、詳しく教えて欲しいのだが」
どうにもニヤニヤが隠せず、口元に笑みを浮かべながら、いつもより高めの声で告げると、ぶわっと頬を染め上げてあからさまに狼狽した千秋。
「どうしたんだい? 顔が真っ赤だけど……。口では言えない何かを、想像していたりするのかい?」
絶対に思い出しているだろう――月明かりの下で後ろから俺に抱かれ、声をあげないように必死にガマンしながら、恥ずかしそうに自分から腰を前後に動かしていた、あの日の夜のことを。
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