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―花火―③
『穂高さんっ、白々しい演技は止めてください。この間は酒の勢いとかいろんなものが手伝ったから、ここでしちゃったけど、もうしませんからね』
「何をだい?」
『穂高さんってば、もう!!』
テレが頂点に達した千秋がうがーっと声を荒げたので、誤魔化すべく左頬にちゅっと音の鳴るキスをしてあげると、いきなり大人しくなってしまった。
「やっぱり可愛いな、千秋は」
何をすれば大人しくなるのか、分かっているモノ勝ちだ。
内心ほくそ笑みながら千秋の手を掴み、そのまま砂浜へと引っ張って行く。ゆったりと歩いて進んで行くと、月明かりに照らされた足元にあるそれが光り輝いた。
「おっ、いい物発見」
薄暗がりで仕事をするようになってから夜目が利く様になったお陰で、こういった嬉しい発見が出来ることが増えた。勇んでそれを拾い上げ、見えやすいように千秋の目の前にそっと差し出してあげる。
『貝殻?』
「ん……。ロウソクの土台に、ピッタリかと思うのだが」
『よく見つけましたね? こんな暗い夜なのに』
確かに月が照らしていたといっても、ものすごく頼りなさげな三日月だったが、貝殻が白いお陰もあって、簡単に見つけられたのだと思われる。
「キラッと光って見えたから、偶然だよ」
『光ったって。目を凝らしても、何も見えないけどな』
渋い顔をし、辺りをキョロキョロする千秋につい――
「それは困るな。俺が迷子になったら捜せないじゃないか」
笑いながら告げてみた。貝殻の色と同じ白のパーカーを着てる今なら、千秋にだって捜せそうな気がするけどね。
繋いでいた手にぎゅっと力を入れてから名残惜しげに放して、貝殻にロウソクをセットすべく足元にバケツを置き、ポケットからいつも持ち歩いてるライターを取り出した。
火を点ける様子を同じように屈み込み、膝を両手で抱えながらじっと見守る千秋。
『ありがとね、穂高さん』
「どういたしまして」
たったこれだけのことにお礼を言ってくれるなんて、律儀だなと思っていたら。
『……大好き』
少しだけ照れが混じった言葉を唐突に告げられ、そのまま固まってしまった俺――目の前にあるロウソクの火がゆらゆらと揺らめく状態は、自分の心の中にある火とリンクしていて、手にしていたライターを意味なくぎゅっと握りしめる。
以前は強請らないと言ってくれなかった言葉だったのに、不意に言われてしまうと、体が火照ってしょうがない。しかも俺と違って無邪気に言うものだから、自分の汚さを再確認させられてしまうとか。
『やっ、アハハ……。ベタすぎることを言っちゃって、ゴメンなさいぃ』
謝る千秋に首を横に振り、フードを頭から外した。もう穂高くん作戦は、終いにせねばなるまい――すっかり牙が折られてしまった。
気分を変えるべく、すっと立ち上がり千秋に背を向ける。目に映るのは、真っ暗な海のみだ。
「たったひとことで、俺をこんなに翻弄するなんて。千秋、君は本当に罪作りな男だよ、まったく……」
暗がりでよかった。頬に集まった熱を、千秋に見られることがないから。今頃君は、不思議に思っているだろうな。一体どうしたんだろうって。
翻弄するつもりが逆に翻弄されてしまうなんて、思ってもいなかった。
『あの、穂高さん?』
「悪い……。はじめようか」
恐るおそると言った様子で告げられた声に、勢いよくぱっと身を翻して、にこやかに答えてやる。若干頬に熱が残っていたが、きっと暗いお陰で見えないだろうと考えた。
ロウソクをはさんで目の前にしゃがみ込み、線香花火の袋を手際よく開けた千秋が、そっと1本手渡してくれる。ワクワクした感じが表情から伝わってきて、自然と笑みが零れた。
「ありがと、千秋」
貰った線香花火に裏技を手際よく施し、先にロウソクで火を点ける。
俺に遅れてロウソクの火を点けた千秋の花火にも火花が散って、一緒に楽しめると思っていた矢先――。
「( ̄□||||あ!!……」
裏技を施していないせいか、千秋の花火が呆気なく終わってしまった。きっとスーパーで売っているモノだから、中国産の適当に作られたものかもしれない。それとも偶然、手にしたものが劣化したものだったのかもしれないし。
「折角大きな蕾が出来ていたのに、残念だったね。消えてしまった花火、こっちに寄こしてくれ、バケツに入れてあげるよ」
裏技のお陰か、最後まで火花を飛ばしている自分の花火を無視して、千秋に向かって手を伸ばした。落ち込んでいる姿は、あまり見たくはないから。
「ほら、千秋。一緒に楽しもう」
今度は裏技をせずに、一緒に火を点ける。ジュジュッと音を立てて、千秋の花火に先に火が点いてから、俺のものにも一瞬だけ遅れて火が点いた。
「さて千秋の花火をじっくり、堪能させてもらうことにしよう」
すぐに火花が落ちることを見越して、千秋の手元に視線を集中してあげる。ちょっとだけ緊張した顔が、何気に可愛い。
「さっきの花火よりも蕾が小さいが、火花が勢いよく出てキレイだね」
『はい、長く楽しめそ――あ!』
風も吹いていないし千秋の手がブレたワケでもないのに、火花を散らしながら、ボトリと落ちてしまった。なのに俺の花火はキレイに火花を飛ばしてるなんて、どうしてなんだ?(汗)
「俺ひとりだけやっても、つまらないのだが」
ついこぼしてしまった一言に、千秋が瞬く間に暗い表情を浮かべる。
『う……すみません。何故だか今日に限って、最後まで出来ないとか』
(いかーん! 愛しの千秋を落ち込ませて、どうするんだっ)
内心慌てふためいたせいで、手に持っていた花火が落ちてしまった。
「……まぁ俺は、裏技を使っているからね。それを教えてあげよう」
落ち込んでしまった気持ちを浮上させるには、手っ取り早く触れ合うことが一番だって知っているからね。優しく、手取り足取り指導してあげるよ――。
穂高くん作戦は失敗に終わってしまったが、これはこれでアリだろう。
しょんぼりした千秋の背後に回りこみ、新しい花火を手にして右手に持たせて一緒に握りしめた。
「まずはっと。火薬の部分より上のところを捻るんだ、締めるって感じにね」
『ええっ!? そんなことをするの?』
大きな瞳を瞬かせ必死に手元を覗き込む顔に、思わず言ってしまいたくなる。
「千秋のアレも一緒に捻ったら、きっとたくさん――」って、これは言ってはいけないネタだ。想像しただけで、クララが勃ってしまう……。
ふるふると頭を振ってイヤラしい妄想を蹴散らし、調べておいた花火のネタを必死になって説明してあげる。この時の俺、かなり必死になって説明していた。妄想に打ち勝つには、こうしなければならなかったから。
そのお陰か最後まで千秋の花火を楽しむことが出来て良かったと、安堵のため息をついたのだった。
「俺のをあげるから、今度はひとりでやってごらん」
穂高さんは耳元で囁きながら地面に置いてあった線香花火を手に取り、やんわりと俺に手渡してくれる。
「えーっと、まずは裏技を施してからっと」
今度こそひとりで最後まで花火が出来るようにと鼻息荒くした俺の体を、ちょっとだけ笑いながらぎゅっと抱きしめてきた。
「あの……耳に息がかかって、くすぐったいんですけど」
くすくす笑ってる様子が吐息となって伝わってきていたけれど、失敗したくなかったので、思いきって注意を促したというのに――。
「済まない。千秋の頑張ってる姿を間近で見たくて、つい。顔を離してあげるから、体はこのままでいいだろうか?」
何故か、頬にちゅっとしてから言ってくれるとか。こういうのはドキドキして、手元が狂うので控えて欲しい……とは言えない。嬉しそうにしてる顔を崩したくはないから。
「いいですけど。動かないでくださいね」
「ん……気合だね」
俺たちの気合――頑張ったりするんじゃなく、気を合わせることを言っていて、ふたりの気が混ざり合ったら、何が生まれるだろうね? って話をしたっけ。
ロウソクにゆっくり花火を近づけて、慎重に火を点ける。程なくして赤い玉を作りながら、火花を散らしていった。
「いい蕾から、牡丹が花咲いているね。これはいいものが見られそうだ」
静かに俺の頭に顎を乗せて呼吸を合わせるように呟いた穂高さんの声が、耳に染み入る。それだけじゃなく包まれている体から体温がじわりと伝わってきて、傍にいる幸せを思わず噛みしめてしまった。
やがて花火は松葉から散り菊に移行し、ゆっくりと赤い玉が鎮火した。
「裏技のお陰で、最後まで楽しめたよ。ありがと穂高さん」
「千秋が無事にひとり立ちできたところで、今度はどっちが長く花火を楽しめるか、競争してみようか?」
いたずらっ子みたいな顔して俺の顔を覗き込む彼に受けて立つべく、勇んで花火を手に取った。
「負けないよ、穂高さん」
「最近は千秋に、イカされてばかりいるからね。少し頑張らないとな」
俺の隣に移動しながらしれっと言い放つ言葉に、顔を引きつらせるしかない。
「何の話をしてるんですか、もう!」
「アハハ。千秋が動揺したところで、早速スタート!」
ちゃっかり酷い手を使い、俺を落とし込みつつ号令をかけるなんて卑怯すぎる(涙)
穂高さんの声に慌ててロウソクに花火を近づけたら、何故だか一緒のタイミングで火が点いた。
若干動揺したけど負けない気力がいっぱいの俺と、余裕綽々な表情を浮かべて、隣にいる俺の花火をじっと見つめる穂高さん。ところが――。
「アレ・・・ ( ̄ω ̄;)!!」
異様に大きく育った穂高さんの花火が、火花を散らす前に呆気なく落下した。俺にプレッシャーを与えるなんて、姑息な手を使ったからだと思う!
「俺のナニと比例してしまったようだね、困ったものだ」
「何言ってんですか、まったく……」
「やっぱり千秋は凄いね。裏技をマスターして、俺に勝ってしまうなんて。これは今夜お祝いに、サービスしなければなるまい。うんうん」
真剣な顔をしながら腕を組んで勝手に話を進められても、本当に困る! 何もなくても、充分すぎるくらいサービスしてもらっているのだから。
「それじゃあ、最後はちょっと変わったことをして締めようか。千秋はさっきのように、じっとしていてくれ」
「分かりましたけど……。穂高さんが最後まで楽しめるように頑張らないと、悲しい思い出になっちゃいますからね」
「ん……大丈夫。落とすのは千秋の心だけで、充分だから」
本当に大丈夫なんだろうか、この人――。
不安に苛まれながら、しっかりと裏技を施してスタンバイ。隣にいる穂高さんを見たら、同じように裏技を施している最中だった。
「これでよし。さて、千秋が先に火を点けてくれ。そのあとは、絶対に肩や指先に力を入れず、そのままに。そうだね、俺を受け挿れる時みたいな感じでいてくれ」
「何の指示ですか、それ……」
「いいから、早く! いつまでも俺を焦らすなら、ここで押し倒――」
「分かりました、分かりましたから押し倒さないでください」
何でこんな、変な脅され方をされなきゃならないんだ、まったく。
心の中で文句を言いながら火を点けると、すぐさま穂高さんの花火もロウソクで火を点けた。すると――。
「わっ!? ちょっ!? へっ!?」
火花を散らしてる俺の花火に穂高さんの花火が近づいてきて、ちょこんと仲良く花火をくっ付ける。
「可愛い千秋に、引き寄せられた感じかな」
「ちょっと、こんなことしてくっつけて大きくしたら、すぐに落ちちゃうんじゃないの?」
「問題ない。俺と千秋の花火なんだからね」
慌てふためく俺とは違って冷静な穂高さんは、柔らかい笑みを浮かべた。何だかこの感じ、付き合い始めた当初にみえるな。
カッコイイ穂高さんに迫られて、困惑ばかりしていた自分。寄せられるその想いに火を灯されて、気がついたら好きになっていた。
「ほら、千秋。キレイな牡丹が咲き始めたよ。もう安心していい、ムダな力を抜いて楽しんでごらん」
突然の出来事に、知らない間に力が入っていたらしい。言われた通りすっと抜き去り、隣にいる穂高さんに体を預けてみた。
「ふっ、花火のマネをしたのかい?」
「そんなつもりはなかったんだけど。でもおんなじだね」
その後暫くの間、互いに口を開くことなく、目の前の花火に見入った。牡丹から松葉、そして散り菊へ――はらりはらりと火花が舞い散る様を見ていると、きゅっと胸が切なくなる。
夏休みが終われば、地元に帰らなければならない。穂高さんと離ればなれになってしまうんだ。このぬくもりも、感じることが出来なくなっちゃうんだな。
寂しく思ってる間に線香花火が終わってしまい、ほのかに照らされていた手元がすぐに真っ暗になった。
視線を伏せて固まったままの俺の花火を抜き去り、自分のと一緒にバケツに放った穂高さんが、唐突にパーカーを脱ぐ。そのまま夜空を仰ぎ見てキョロキョロし、そして――。
「ん……こっちだな。千秋、おいで」
俺の頭をくちゃくちゃと撫でて、立つように促してきた。言われた通りにして、穂高さんの背中を追いかけると、手に持っていたパーカーを砂浜に広げる。
「ここに横になって、空を見るといい。今夜は月明かりが少ないから、天の川がよく見えてキレイだよ」
「……変なこと――」
「しないしない。俺が船の上に横になって見ている景色を、千秋にも体感して欲しくてね。まさに今夜は、打ってつけだったから」
「だったら穂高さんも」
言いながら着ていた長袖のシャツを脱いで、パーカーの隣に敷いてあげた。
「ありがと、千秋。お言葉に甘えるとするよ」
穂高さんが腰を下ろしたのを見てから、俺も隣に寝転がってみる。
「本当に、よく見えるね。すごいや」
月明かりだけじゃなく街明かりもないお陰で、くっきりと流れるような天の川が目の前に展開されていた。それだけじゃなく、周りに散りばめられている星のひとつひとつが、キラキラと瞬いていてまるで――。
「千秋に俺からの、星の花火をプレゼントしてみました。気に入ってくれたかい?」
「はい、とっても!」
思っていたことを穂高さんの口から告げられ、内心驚きつつ返事をしながら首を横に向けると、俺の顔をじっと見つめる視線と絡んだ。
「喜んでくれて、嬉しいよ」
闇色の瞳を細めて見つめられる視線から、何故だか目が離せない。俺よりも大きなものをプレゼントしてくれた、穂高さんの気持ちも嬉しいし、何より。
「一緒にこの夜空を見ることが出来て、すっごく嬉しいです。穂高さん……」
仕事中に見ているというこの景色を見られて、すごくすごく嬉しい。
「教えてくれて、ありがとう……」
「どう、いたしまして。千秋――」
起き上がった穂高さんが覆いかぶさるように顔を寄せて、優しいキスをくれた。触れるだけのキスに堪らなくなり、思わず首に両腕をかけてしまう。
「こんな場所で、しないんじゃなかったのかい?」
イジワルな恋人からの言葉に、ちょっとだけ口をすぼめて、眉根を寄せてみせたけど。口角が上がってしまうのは、隠せないと思われる。
「穂高さんからの誘い、断ったことがありましたっけ?」
小さな声で告げると、肩を竦めて笑い出した。
「分かってるけどね。一応確認してみたんだ、イヤがられても困るから、ね……」
俺の好きな低い声色で告げるなり、今度は奪うようなキスをする。その瞬間、頭の中に大きな花火が上がった。
絶対に忘れないよ――二人で過ごした熱い夏を……たくさんの思い出を胸に、俺は貴方をずっと想っていくから。
つづく
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