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ハートに火をつけて②
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2月13日、この日はいつも通り大学に通い、終わった足でスーパーの鮮魚コーナーのバイトに行った。病欠で人手が足りないということでコンビニのバイトを断り、スーパーの方に顔を出していたのだけれど。
『この日のバイトを悪いが、19時上がりにできないだろうか?』
という指示が、先月に穂高さんからされていた。
ゆえに早々と時間変更の手続きをして2時間半だけ働いて外に出たら、見慣れた赤い車が従業員出入り口の前を塞ぐように停められていた。運転席に座る、穂高さんと目が合う。
「ホントに来ちゃったんだ。どういう理由を使って、お休みをもぎ取ってきたんだろう?」
そんな疑問を口にしながら、ドアを開けて助手席に乗り込む。
「お疲れ様、千秋」
直接聞くことのできる労いの言葉に、口元が緩んでしまう。いつもならスマホ越しで聞く言葉なので、嬉しさもひとしおなんだ。
――だからこそ、気がつくことがあるんだ。
「ありがとうございます。あの、穂高さん……疲れてるんじゃないんですか? 声に張りがない感じがしますけど」
ぐいっと顔を寄せたらギョッとした顔で、顎を引かれてしまった。
「ま、まあ長距離運転してきたし、多少の疲れはあるかもしれないね」
誤魔化す時によくする営業スマイルで俺を見つめても、騙されないんだからな。
「ところで、どうやって仕事を休んできたんですか? 漁の最盛期だっていう話を、船長さんから聞いているんですけど」
「バレンタインのチョコを貰うために、千秋の所に行ってくると伝えたのだが」
何でそれであっさりと休みが取れちゃうんだよ、呆れた……。
「どうせ穂高さんのことだから、気を取られてドジばかりしていたんでしょうね」
「どうして分かったんだい?」
「( ゚ ▽ ゚ ;)エッ!!」
まったく、困った人だな。だからお休みを戴けたんだ、納得!
「千秋は俺のことを、本当によく理解しているね。嬉しく思うよ」
呆れ果てて固まる俺を尻目に、疲れを若干引きずりつつも、ニッコリとほほ笑みながら、アクセルを踏み込んでスーパーから車を出した。
「……あの、どこに向かうんでしょうか?」
「メンズキャバクラ、Shangri-la(シャングリラ)俺の元職場なんだが」
むー、ホストクラブとメンズキャバクラって、何が違うんだろ? 女性客を相手にするのは、何となく分かる感じだけどな。
「そこの店長さんの恋人に働いてる当時、ちょっとイタズラをしてしまってね。そのことがつい最近になって、バレてしまったんだ。お詫びに、千秋を連れて来いと言われてしまって」
「……何をやったんですか、穂高さん」
メンズキャバクラの店長さんが怒り、俺に顔を出させるということは、相当悪質なイタズラが炸裂したとみたぞ!
運転している顔を下から覗きこんでやったら、片眉をぴくりと動かして、明らかに焦った表情を浮かべる。
普段から俺にするイタズラも、かなぁり手の込んだことをする穂高さんだからこそ、その内容もどことなく分かってしまうんだ。
「そんな目で見ないでくれないか。大したことじゃないから。あ、店長さんの恋人は同性だから、安心してくれ」
「そうなんだ、てっきりお客さんの中にいる誰かだと――って、話を逸らそうとしたでしょ?」
「そんなことはない。ただ千秋を恋人だって連れて行くのに、困惑するかと思ってね」
……確かに。元ナンバーワンホストの穂高さんの恋人が同性だという事実は、違和感があるもんな。
「基本的にはいい人だから、安心してくれ。多分、大丈夫」
説得力があるようであまり信用ならない言葉に首を傾げつつ、車に同乗する事20分で、お店に到着した。
近くにある月極駐車場に車を停めてから、並んでお店に向かう。
「店長さんの名前は大倉さんっていう人で、彼氏は北条レインっていう、現在ナンバーワンの人だよ」
「ふーん。新旧のナンバーワンを、見ることができちゃうんだね」
「大倉さんも元ホストだからね、千秋の心を奪いに来るかもしれないよ?」
こんな風にって言いながら肩を抱き寄せて、掠め取るようなキスをしてきた。ほんのわずかな触れ合いだったけど、心臓が一気に駆け出していく。
「ンンッ!? も、ここ外なのにっ!」
「ふっ、抜かりないよ。誰もいないから」
「何言ってるのさ、あそこの通りに人がいる!」
外でされた接触に思わず声を荒げると、肩を竦めて呆れた表情を浮かべる穂高さん。悪びれる様子がないせいで、余計に俺のボルテージが上がっていくよ。
「大丈夫だ。薄暗がりだから見えない」
何だろう、違和感ありまくりだ――今日に限って、やたらと大丈夫を口にしてくれちゃって。まるで自分に言い聞かせるみたいに聞こえるな。
「そんな顔をしていると、大倉さんに好かれてしまうかもしれないね。ほら、ここだよ」
大きなビルにある扉を開けたら、カランコロンという音が鳴り響き、いきなり――
「いらっしゃいませ! Shangri-la(シャングリラ)にようこそ、お越し下さいました」
大きな声と共に、目の前に現れた背の高いイケメン。少しだけ茶色い髪をなびかせて、見るからに涼やかな一重瞼を細めながら、じーっと俺の顔を見つめ倒してきた。
その視線に思わずたじたじして後ろにいる穂高さんを見たら、俺の腰を抱き寄せるなり、ぐいっと中に押し込む。
うわぁ、イケメンのサンドイッチにあってるよ、俺……。前を見ても後ろを見ても、整った顔立ちの人しかいない。持ってる雰囲気だけじゃなく、オーラっていうのかな。
それがじわじわっと漂っているせいで、何もしていないのに酔ってしまいそうなんですけど。
「店長の大倉です。こういうお店に来るのは、はじめてなのかな?」
穂高さんから引き離すように右手を掴んで引っ張られ、あっという間に大倉さんの体に密着させられてしまった。
いきなりの行動に目を白黒させながら振り返ると、穂高さんはその場に佇んだまま、じっとしているではないか。
(――どうして、助けてくれないんだろう?)
「あ……」
そういえば穂高さん、大倉さんの恋人にイタズラして怒らせたんだっけ。そのせいで、俺を助けることが出来ないんじゃ……。
恋人だからこそ、自分ができることはひとつだ――
掴まれたままの右手を大倉さんから奪取し、背筋を伸ばして赤い絨毯の上に正座をした。目に入るお店の壁紙の青い色と白い色が、やけに眩しく感じるな。
「千秋?」
「この度は穂高さんが大倉さんの恋人に失礼なことをしてしまい、大変申し訳ございませんでした」
言い終えてから、額を床に擦りつけるように頭を下げた。
「千秋、君がこんなことをする必要はない。止めてくれないか」
両手で俺を強引に立たせようとする穂高さんに、キッと睨みをきかせてやる。
「ダメだよ。穂高さんが良くても、俺の気が済まないんです」
「ねぇ、穂高さんが俺の恋人に何をしたか、知っているの?」
言い合いしているところに、放たれた言葉のせいだろうか。立たせようとしていた穂高さんの動きが、ピタリと止まった。
「えっと……詳しくは知らないのですが、きっとタチの悪いイタズラだと思って。俺もしょっちゅうされているせいで、結構困っていますし……」
「確かにタチの悪いイタズラだよ。そうか、恋人の君も困っているのかぁ。頻繁にイタズラされまくっていたら、とても大変だろうねぇ」
ニヤニヤしながら大倉さんは言ってきたのだけれど、目がまったく笑ってなくて、その視線の先に穂高さんがいる状態。その顔は見たことのないくらい、困惑に満ちた表情だった。
「穂高さん、一体何をし――」
「秀彦っ! もういい加減にしてやれって」
俺の言葉を遮った奥から掛けられた言葉に、ビックリするしかない。人の気配なんて、全然なかったよ。
「うぁ……」
ガタガタッと物音を立てて、声の主がやって来た。上下真っ白いスーツを着こなし、濃いグレーのシャツが浅黒い肌の色を引き立てていて、思わず言葉を失ってしまうレベルだった。
「お前も呆けた顔してないで、さっさと立てって。本当は、謝る必要なんてないんだからさ」
頬にかかる金髪を押さえながらニッコリと微笑み、手を差し伸べられてしまった。
一瞬戸惑ったけど思いきって右手を載せたら、力強く引っ張り上げてくれる。とても温かい手のひらの持ち主で、ポカポカしたものが伝わったからか、瞬く間に変な緊張が解れてしまった。
穂高さんや大倉さんのようなイケメンじゃないけど、見えない何かで包み込んでくれるような優しさが、眼差しから滲んでいる感じがするな。
思わずしげしげと見つめていたら、グチャグチャと頭を撫でられた。
「ねぇ名前、何ていうの?」
「わ、あの、こっ、紺野千秋と申します。はじめまして」
頭を下げて挨拶したいのにずっと撫でられているのでそれができずにいて、どうしようかと横目で穂高さんを見たら、微妙な表情を浮かべていた。
イタズラしてしまった相手が出てきたから、お手上げなのかもしれない。
「北条さん、この度は本、っ!?」
頭を撫でていない手で口元に人差し指が添えられ、言葉を止められてしまった。そんな俺達のやり取りを、大倉さんが黙って見つめている。
黙って見ているんだけど、刺さるような視線で見られているせいで、居心地が悪くてモジモジしたくなったのはここだけの話だ。うー……。
「井上には勿体ないくらいの恋人だな、千秋ちゃん。さっきも言ったろ、謝る必要はないって」
――千秋ちゃん!? ちょっ、何か照れる(//・_・//)カァ~ッ
「そんなできた恋人の君に、どうぞ」
撫で撫で攻撃を止めて、スーツの胸ポケットに差していた淡いピンク色のバラを1本、目の前に掲げてきた。桜色したキレイな色に、ウットリしながら受け取ってみる。
きちんと棘が取られている枝に、すごいなぁと思いながらそれを見つめてしまった。
「さて井上、このバラの花言葉は何だっけ?」
「……濃い色のピンクじゃないですし、千秋の人柄を考慮するなら、かわいい人と言ったところでしょうか」
「――だそうだけど、大倉さんはどう思う?」
「いいんじゃないかな……」
微妙な空気がそこかしこに流れているというのに、北条さんはゲラゲラと大笑いし始めた。
「悪ぃ、イケてる元ホスト2人が、アホ面丸出しで千秋ちゃんを見ていたのを思い出したら、すっげぇ可笑しくって。やべぇ……」
「あのぅ?」
「しかもここで生の土下座を見られるなんて、思いもしなかったぜ。腹いてぇ」
お腹を抱えて笑い転げる北条さんに、大倉さんが手を伸ばした。
「レインくん、ちょっと笑い過ぎじゃないか。俺は君のためを思って」
「俺のためじゃねぇだろ。自分の嫉妬からやってるクセに。どっちがイジワルしてるんだか。俺は井上のこと、前から許してるのにさ」
言いながら大倉さんが伸ばした手をぎゅっと握りしめて、スラックスのポケットに突っ込む。中で何が行われているのか分からないけれど、きっと宥めるようなことをしているに違いない、うん。
大倉さんの表情が途端に、晴れやかなものになっていったから――。
「千秋……」
「なに、穂高さん?」
いつの間にか寄り添うように隣に立っていて、じぃっと俺の顔を見つめる。
「そのバラ、千秋にすごく似合ってる。可愛い」
何故か可愛いのところでわざわざ顔を寄せてきて、耳元で告げてきた言葉。ふぅっと吐息がかかったせいで、肩を竦めてしまった。
「ったく……イチャイチャしてんじゃねぇぞ井上。千秋ちゃんを寄こせ!」
大倉さんから手を離した北条さんがいきなり俺の腕を掴み、奥のテーブルに引っ張っていく。
「大倉さん、美味いレモネードふたつね! 今夜は仕事放棄して井上との馴れ初め、きっちり話を聞いてやるからさ」
「ほっ、穂高さーん……」
「レイン先輩には逆らえないからね、しょうがないだろう」
一番奥のソファに座らされ、隣には北条さんがいて。向かい側の席に穂高さんと大倉さんが座り、お店が開店してもお客さんそっちのけで話をさせられてしまった。
……というか、これが本当の復讐だったのではないかと思ったのは、俺だけなのかな。
トホホ\(||_ _)/ オテアゲ
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