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ハートに火をつけて③

*** 「すっかり遅くなっちゃったね。あんなに長居をしたらお客さんだった場合、結構なお金を払わなきゃならないでしょ?」 「ん……。長居をしてもらいつつ、ドリンクをたくさん呑んでもらわないといけないからね」 「だけど長居を感じさせない話の連続で、時間があっという間に感じられたよ。やっぱりすごなぁ」  感嘆の声をあげる俺を乗せた車は、どこかに向かっているらしい。行き先を訊ねても、いちいち話を逸らすものだから、諦めて違う話題を喋っていた。  お店で俺たちの馴れ初めを喋らされるんだろうなと、一応覚悟していたのに、ソファに座った途端に始まったのは、土下座をした俺を称賛する言葉だったり、穂高さんが働いていた当時の話などなど、コロコロと話題が変わっていったんだ。  開店してお客様が入ってくると、異様に盛り上がってる俺たちのテーブルに目を留められて、チクチクと視線を感じるので思わず見返すと必ずと言っていいほど、とある一点に視線が集中していた。  店内が薄暗い上に一番奥側に座っているのにも関わらず、女性客の視線を独り占めしていた、赤いシャツを着ていた穂高さん。  しかもちゃっかり指名が入っているのを、トイレに行く道すがら大倉さんが断っているのを聞いてしまった。 『申し訳ございません、本日彼は客として来ていて――』  なぁんて言いながら断っているのに、何とかしてよって言ってる女の人がいたな。  その様子を北条さんが面白げに、 『なーんもしていないのに、いつもよりお客様が多いのは何でかなぁ? そこにいるだけで、客寄せパンダならぬ客寄せ元ホストなんてさ。井上、超ムカつく!』  ややふざけ気味に言っていたけど、その様子は本当に心中複雑になってしまったんだ。  彼の人気をこういう所で、改めて思い知る。カッコイイ穂高さんの恋人が、俺でいいのかなって。  そういう気持ちを悟られたくなくて、妙にはしゃいでしまった。穂高さんはそんな風にしていた俺を、どんな気持ちで見ていたんだろうか。  そのときのことを思い出して、思わず口をつぐんで車窓を眺める。するとそこは、見慣れた景色が流れていた。 「ここって……」 「ふっ、懐かしいだろ。はじめて千秋と一緒に来た場所だね」  バイトが終わる俺を待ち伏せしていた穂高さんが、騙して連れて来た高台の中腹。エンジンを切りライトを消すと、辺りは真っ暗闇に包まれた。 「さて、と……」  シートベルトを外し座席を下げて、さっさと車から降りてしまった穂高さんを追いかけるべく、てきぱきとシートベルトを外してドアに手をかけ、いつものように開けようとした、のに――。 「あ、あれっ? 何で!?」  ガチャガチャと必死に動かしても、まったく開く気配がない。これって、穂高さんの仕業じゃないだろうか。 「何にしても、どうしてこうもイタズラするんだ、あの人は」  一気に脱力して肩を落としながら外にいる穂高さんを見たら、こちら側に背中を向けて、景色を楽しむかのように、うーんと気持ち良さそうな伸びをしていた。それから車に向かって振り返り、心底嬉しそうににんまりと微笑むなんて。 「……北条さんじゃないけど、超ムカつく!」  このままでいるのも癪なので何とかして車から出てやろうと、運転席の足元に片足を入れるべく体勢を整えた途端に、ドアが外から開けられた。 「何をしているんだ、千秋。指定席から勝手に離脱しようなんて、ダメじゃないか」 「なっ!? 俺だって外に出たいのに、閉じ込めるなんて酷いよ!」 「まったく……分かっていないね、君は。閉じ込めていたい、俺の気持ちを知らないんだから」  力ずくで俺の身体を助手席に戻すと、狭いというのに跨る形で車に乗り込み、素早くドアを閉める。 「わっ!? え、ぁあ? いっ、いきなりっ……」  ウィーンという静かな電子音と一緒にシートがゆっくりと倒され、焦る俺を他所に、目の前にある穂高さんの顔が近づいてきて、頬にくちづけを落とした。 「ほ、だかさん?」  シートが全部倒れてから、両腕でぎゅっと身体を抱きしめる。そしてどこか切なげなため息を漏らしながら、耳元にくちびるを寄せてきた。 「……千秋は知らないだろ。店にいるとき、お客様が君に視線を飛ばしていたなんて」 「は? 何で俺に? 隣にいた北条さんにじゃないの?」 「違う。君にだよ、千秋。楽しそうに笑ってる顔、すごく綺麗だったからね。みんなが目を奪われていたよ」  ドキドキさせられたと付け加え、首筋に舌を這わせてきたので、その動きを止めるべく頭を両手で持ち上げてやった。 「何をするんだい? これからってときに」 「それは俺の台詞ですよ、穂高さん。俺なんかよりも、お客さんの視線を釘づけにしていたのは、どこの誰でしょうねぇ」 「俺は千秋のことしか見ていなかったから、全然分からないな」  <(;゚з゚)>こんな感じのとぼけた顔して、視線をズラしてくれてもね、嘘をついてるのが分かっちゃうっていうのに。 「んもぅ! 俺だって穂高さんを閉じ込めたいですよ。あんな風に熱視線をバシバシ送られてる姿、見たくはなかったです……」  本音をぽろりと漏らしたら、バカだなと呟くように言い放って、片腕を後ろの座席に伸ばして何かを掴むと、目の前に見せてくれる。 「本当は、千秋の家に着いてから渡そうと思ったのだが、日付が上手い具合に変わってしまったからね。どっちにしろ、直接手渡すことができて嬉しいのだが」 「これって――」 「ん……バレンタインのチョコレート。昨年の分の気持ちを込めて」  昨年の分の気持ちが込められているからだろうか。とても大きな箱に入った物を、はいと手渡されてしまった。 「俺、穂高さん宛てに荷物として、チョコを送ったんだ。今日付けで配達してくれるようにって。まさかこっちに来てくれるなんて、夢にも思っていなかったし」 「用意してくれて嬉しいよ、ありがと千秋」 「あ、いえ……俺もすごく嬉しいです。ありがとう穂高さん。開けてみてもいい?」  嬉しくて胸の前に抱きしめている箱を意味深な笑みを浮かべて、さっと取り上げる。俺が開けてあげるからと言ったので、素直に従うことにしたのだけれど。  ――どうもイヤな予感しかしないのは、気のせいじゃないと思う!  バリバリと手荒に包装紙を剥がし、グチャグチャとそれを丸めて後ろの座席に投げ捨てた。 (。-ω-。)ノ ・゚゚・。ポイッ  家に着いたら、忘れないように回収しなきゃだな……(O型の穂高とA型の千秋の連携プレィ)  ゴミの始末をしっかり考えていたら、鼻に薫ってくるチョコのいい香り! 蓋が開けられていたので、嬉々として顔を近づけてそれを見たら、綺麗な形をした、たくさんのチョコがあった。 「うわぁ、どれから食べようか迷っちゃうな」 「俺としては、まずはこれから食べて欲しい。口を開けてごらん」  はしゃぐ俺を見て嬉しそうに微笑む穂高さんが手に取ったチョコは、目立つように箱の中央に置かれていた、真っ赤な色のハート型のチョコだった。どんな味がするんだろう?  チョコでキスをするように、上くちびるにそれをちょんと押し付けてから、口の中に入れてくれた。 「ぅ、ンンッ! おいひい!!」  勿体ないなと思いつつチョコを噛みしめたら、中からブルーベリー味の様なゼリーが出てきて、甘酸っぱさがぶわっと広がったのに、外側にあるチョコの甘さが程良く溶けはじめたので、いいバランスがとれていた。  ブルーベリーとラズベリーの美味しさを感じられる、幸せいっぱいのチョコだよ。 「美味しそうだね」  その言葉にチョコの箱から穂高さんに視線を移すと、扇情的に揺らめく瞳がそこにあって、何を見て美味しそうだと言ったのか一目瞭然だった。  というか、何もしてないのにその……下半身のカタチが変わっているよ穂高さん――。 「ざっ、残念ですね。このハート型のチョコ、すっごく美味しいのに、ひとつしかないから……。半分にして食べれば良かったかも」 「へぇ、随分と無粋なんだな君は。俺から贈ったチョコを、半分にしようなんて」 「ちがっ、ひとりで食べるより、ふたりで食べた方が美味しさが2倍になるような気がして! 深い意味はないから」  口の達者な元ホストに責められると、対処にほとほと参ってしまう。 「だったら千秋が食べさせてくれたら、この件については流してあげよう。そうだな……ん、これがいい」  指し示した一番端っこにある丸いチョコを摘まんで、穂高さんの口に放り込んであげた。これで帳消しになるよね、ドキドキ。  真顔のまま口の中にあるチョコを何故だか左頬に寄せ、手早く俺の右手首を掴む。 「済まない、ココアがついてしまったね。取ってあげる」 「へっ!? やっ、別に穂高さんが取らなくても、自分でやりますから」 「遠慮するなんて、君らしくないな。ぱくっ!」  ひーっと尻込みする間もなく、強引に穂高さんの口に突っ込まれてしまった俺の親指と人差し指。ちゅくちゅくと音を立てて舐めている様子は、指に付いたモノを取っている感じじゃなく――。 「穂高さん、もう止めて。それ以上されたら困る」 「あにがこあるんだい? (何が困るんだい?)」  ――この確信犯め、分かってるクセに。しっかりと目が笑っているじゃないか! 「だって……その舐め方って――ぅ、感じちゃうから」  心に身体に火を灯されてしまう。流されやすい俺を知ってるから、そんなことをしているんだろうけど。  どうしていいか分からず、胸に置かれたままになっている箱から反対の手を伸ばしてチョコを適当に摘まみ、口に放り込んでしまった。 「うっ――!?」  口の中に広がっていく辛い味に驚いて言葉を詰まらせる様子を見、俺の指を解放してからゆっくりと顔を近づけた。 「どうしたんだい? 見る間に顔が赤くなっているようだが」 「こっ、これは穂高さんが食べちゃダメなチョコですから」 「そう言われると、無理矢理にでも食べたくなってしまうな」 「だっ、うっ……」  拒否る間もなく重ねられるくちびるから差し込まれてしまった舌が、俺の舌めがけて、ここぞとばかりに絡んでくる。 「っ……これは、ウォッカ入りのチョコレートボンボンじゃないか。何を好き好んで、こんなのに手を出したんだい?」  そんなことを言われても、適当に選んでしまった結果なんだ。  涙目になりながら、首を横に振るしかない。お酒の弱い俺には、刺激的すぎる味に、どうにかなってしまいそう――。 「自らハートに火をつけた君には、家でたっぷりと可愛がってあげないといけないね。そんな顔して、俺を見つめてくれるなんて」 「……辛ぃ」  甘いチョコを食べたはずなのに、お酒の辛さがずっと口の中に残っていて、ヒーヒー言ってしまうレベルだった。 「しょうがないな、ほら」  両頬を包み込み、しっとりとくちびるが合わせられる。つるんと入り込んできた甘いチョコレートと一緒に、穂高さんの舌がじっとりと絡められ――。 「んぅっ……ぅ、ンン!」  濃厚な味のチョコレートと唾液のお陰で、辛さが瞬く間に消え去っていく。 「もう大丈夫だろう? 甘い毒をご馳走さま千秋」  いそいそとチョコレートに箱を被せ、後ろの座席に置いてからシートを起こした。 「あの、大丈夫なの穂高さん?」 「車の運転は大丈夫だか、千秋に酔ってしまったからね。きっと今夜は大丈夫じゃいられないよ。ドライとウエット両方で千秋をイカせてあげるから、覚悟していてくれ」  いい角度でシートを止めてさっさとシートベルトをかけると、車から出て素早く運転席に乗り込んだ穂高さん。 「あのね……」 「ん?」 「その。去年の分も込めて、俺の気持ちをあげるから。受け取ってくれる?」  お酒の酔いに任せて、伝えたかった言葉を口にしてみた。シートベルトをかけた穂高さんが苦笑いを浮かべて、じっと見つめてくる。 「これ以上、俺のハートに火をつけるなんてことをしたら、間違いなくヤケドをすると思うが、それでいいのかい?」  今夜は寝かせないからねと耳元で告げてからエンジンをスタートさせ、車が急発進。シートに身体がくっついちゃう勢いって、一体……。  その後、家に着いてから甘い甘い夜を過ごしたのだけれど、去年の分と今年の分が加算されたお陰で、とても甘いモノになったのは言うまでもなかった。  大好きな人と過ごせることができた、日曜日のバレンタイン。来年はどんなものになるんだろうな?  おしまい

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