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ハートに火をつけて(荷物を手にして思ったこと)

 2月14日の午前中まで千秋の家でゆっくり過ごし、別れがたい気持ちを出さぬ様に注意をして、笑顔でアパートを後にした。  それから高速をひたすら北上し、この日はフェリー乗り場の傍にある温泉宿に一泊。明日の夜の仕事を頑張れるようにと温泉で羽を伸ばし、次の日に穏やかな天気の中を、朝一の便でフェリーに乗り込み帰島する。 「14日のバレンタインに荷物が届くように送ってくれるなんて、粋なことをしてくれたな千秋」  フェリーから車を降ろして自宅に帰らずに、そのままお隣に向かう。この島では家人が不在だった場合、隣の家に荷物を預けるという暗黙のルールがあるので、直行したのだが――。 「もしかして葵さん、パートに出ている時間かもしれないな。一応、確かめてみよう」  お隣さんは女手一つで小学校低学年の男の子を育てている、二人暮らしのご家庭。お仕事の関係で、普段なら夕方にならないと逢えない。  車を家の前に停めて玄関先に向かい、とりあえずインターフォンを押して、ごめんくださいと大きな声をかけてみた。 「はーい、少しお待ちくださいね!」  おおっ、ラッキー。仕事が休みだったのか。  ワクワクしながら待つこと暫し、引き戸を開けた葵さんが顔を覗かせる。 「おはようございます。あの、荷物が届いていると思いまして」 「千秋さんからのですよね? はい、こちらになります」  玄関に置かれていた、段ボールを手渡されたのだが――中身がチョコだけじゃないらしい大きさに驚きつつ、笑顔で受け取った。 「井上さん、これもどうぞ。昨日、お渡し出来なかったから」 「あ、わざわざスミマセン。ありがとうございます」  手に持っていた段ボールの上に置かれた、手作りチョコらしき小箱。 「も、勿論これには深い意味はありませんから、安心して食べて下さいね」  ハッとして頬を染め上げながら説明する葵さんに、分かってますよと声をかける。以前、告白され断った経緯があるからこそ、気を遣わせているな。 「葵さんから戴いたチョコのお返しになってしまうのですが、これ地元のお土産です。ヤスヒロと一緒に食べて下さい。それじゃあ仕事の準備があるので、失礼します」  持っていた段ボールの影に隠していた手土産を渡して、さっさと葵さん宅を後にする。何故なら、千秋からの荷物を早く開けたかったから。  脱兎のごとくと表現したらいいだろう。直ぐ様、車に乗り込みさっさと自宅に帰った。  家の鍵を開けるのも、非常にもどかしい状態。イライラしながら解錠し、引き戸を開けて靴を脱ぎ散らかしたまま居間に入ると、テーブルの上に葵さんから戴いた、手作りチョコが入ってる小箱を置く。  ここで一旦、深い深呼吸をして気持ちを静めて――っと。 「さてさて、千秋からの荷物は何が入っているのだろうか」  ワクワクしながら床に段ボールを置き、ばりばりっとガムテープを剥がして、いそいそと中を開けてみた。 「気泡緩衝材(プチプチの梱包材)で、丁寧に包まれているところを見ると、これはチョコレートだな。どれどれ」  セロテープを剥がして、くるくる回しながらそれを外してみたら、見るからに高級そうなチョコレートボンボンが現れた。 「ブランデー入りのチョコレートボンボンか。早速、ひとつ戴くとしよう」  まぁるい形をしたチョコレートを摘まみ上げ、ひょいと口の中に放り込み噛み砕いてみた。たちまちブランデーの味が口の中に広がり、チョコレートの甘さと一緒に、その余韻を楽しむ。 「昨日もこうして、千秋と一緒にチョコレートを食べたんだよな」  車の中でひとしきりイチャイチャした後、すぐに千秋の住んでるアパートに帰った俺たち。体が冷えているだろうと適当なことを言って、千秋を風呂場に連れて行き、ひとりで入らせている間に。 「千秋に渡した、チョコレートをチェックしてっと。お酒入りのをこっち側に固めて、ノーマルのチョコは端っこの方に退けて、取りにくい仕様にしなければ」  きっちりセットしたのをベッドヘッドに置いて、下準備完了!  お酒の弱い千秋を酔わせるべく、可愛いお口にぽいぽい放り込んで食べさせ、酔わせるという卑劣な作戦である。  卑怯なヤツと呼ばれても構わない。こんなことをさせてしまうくらい酔った千秋は、猛烈に可愛くてHになるんだから! 「先にシャワー浴びちゃってゴメンなさい。どうぞゆっくりして下さいね」  出てきた千秋と入れ違いに、シャワーを浴びたのだが――。 「( ̄□||||!! ああっ!」  手早くかつ念入りに洗うところは洗って、浴室から出てきた俺の目に映ったのは、ちょこんとベッドに座り、チョコレートの入った箱を膝に載せている千秋の姿だった。  チョコの種類が載っている紙を左手に持ち、それを見ながら右手で順番に並べている様子に、絶句するしかない(A型気質をこんなトコで、発揮しなくてもいいのに!) 「穂高さん、早かったね。待ってる間に食べようと思ったんだけど、車の中で強いお酒入りのを食べて、失敗しちゃったから。それを注意しなくちゃと思って、グチャグチャに並んでいるのを整理していたんだ」 「そうか……。どれ、見せてごらん」  しっかり者の千秋らしく、俺が適当に分けたノーマルのチョコとお酒入りのチョコを縦半分に数が合うように、きっちりと綺麗に並べていた。  むぅ、こんな風にまとめられると、ますます取りにくいじゃないか! これは作戦変更しなければならないな。 「お酒が入っているのは俺が食べて……というか呑んでチョコレートだけを千秋にあげようか?」 「そうしてくれるのは有り難いけど、いろんなお酒をいっぺんに呑んで、穂高さんは大丈夫なの?」 「問題ない。少量だし、ね――」  元ホストたる者、これくらいの量で酔っていたら仕事にならない。だが少量のお酒でも呑んだら顔が真っ赤になる千秋には、効いてしまうことは明白だ。  手にしていた箱を千秋から貰う受け、チョコレートボンボンをひとつ摘まみ口に放り込む。舌を上手く使ってチョコレートを立たせてから、犬歯を使って穴を開け、お酒がこぼれないようにキープ!  そして千秋に食べさせるべく屈みこみ、くちびるを合わせた。後頭部に片手を回して、逃がさないように抱え込むのを忘れない。  ころんと転がすように、口に流し込んだら。 「っ、ん~~~!?」  両手を使って俺の身体をぽかぽかと叩き、何かをジェスチャーしてきた。仕方なく、くちびるを外してやると、眉根を寄せて可愛らしく睨みつけてくる。  ああ、今すぐにでも食べてしまいたい――。 「んもぅ……。チョコの中にお酒が残ってましたよ。多分、日本酒っぽいヤツ……」 「そうか、それは悪かったね。お詫びに美味しいのを入れてあげよう」  お口直しにと直ぐ様、ふたつめのチョコレートを千秋の口に投入してやる。 「うっ! これもお酒入りのじゃないですか! 左側に並べたのが、何も入ってないチョコなんですけど」 「そうか、それは済まなかったね。左側左側っと」  肩を竦めながら苦笑いして指示された左側にある、綺麗な四角形のホワイトチョコレートを手に取り、さっさと放り込んであげた。  口をモゴモゴ動かし、じと目をして俺を睨んでいる千秋の頬の色が若干赤くなってきている。いいぞ、あとひと押しだ!  しれっとしながらチョコレートボンボンを手に取り、さっきと同様にセットして、未だに口を動かしてチョコレートを食べている千秋にくちづけてやった。 「んっ……うぅっ~~~!」  イチゴ味のリキュールが口の中いっぱいに広がっていき、千秋とのくちづけがとても美味しく感じられる。  薄っすらと目を開けてベッドに置いたチョコ入りの箱を床に移動させ、千秋の着ているパジャマのボタンに手をかけていった。  車でもイチャイチャした上に相当な我慢をし、そうして今この状況はどう見たって食べて下さいと言ったものだろう。  ちなみに俺は、腰にバスタオルを巻いただけなので外すのは簡単。しかも酔い始めた千秋は力が抜けて抵抗しないので、パジャマ上下と下着を脱がすのは、いつもより楽だった。 「ち、あきっ、美味しい、ね……もっと食べていいかい?」 「らめって言っても……食べる、クセに。やぁんっ! どこに舌を這わせて……っ、ほらかさ、ぐりぐりしちゃらめらってばぁ」  ダメと言ってるのにちゃっかり自分で両膝を持ち上げ、俺の愛撫を受けている千秋が可愛くて仕方なかった。 「――あの時の千秋、すっごく可愛かったな。いかん、思い出しただけでクララが勃ってしまう……」  酔って俺を求める千秋を何とか頭の中から追い出して、段ボールに入っている残りのものを取り出してみる。箱にメモ用紙が貼り付けられているそれに、目を走らせた。 「ん? 船長さんに渡して下さいって……きちんと船長のチョコレートまで用意しているあたり、千秋らしいというか。あとは、この袋の中身を開けてっと」  青いビニール袋に入っている、かなり分厚いものを取り出してみた。 「ホットコット? ああ、あったか肌着をこんなにプレゼントしてくれるなんて、出来た恋人だよ。まったく……」  それを胸の中にぎゅっと抱きしめたら、膝の上に何か落ちてきた。よく見るとそれは小さなカードで、細かく何か書いてあるらしい。 『穂高さんへ  ハッピーバレンタイン! 昨年チョコをあげられなかった分、今年は奮発してみました。いつもお世話になってる船長さんにもお渡しくださいね。  それと季節柄、寒い中でのお仕事は大変なのが分かるので、暖かいと評判の肌着を入れておきます。これを着て漁のお仕事でドジしないように、しっかり頑張ってください。遠くから応援してます。 千秋より』  ……俺のことを分かりきっている、千秋らしい文面だな。今夜は早速これを着て、仕事を頑張ってやろうじゃないか!  多少の疲れを引きずっているものの、千秋から送られてきた荷物のお陰で、一気に元気になってしまう自分に笑ってしまうのだが。 (言わなくても、見えなくても伝わってしまうからね。君の期待に応える俺の姿が)  だから必然的に、頑張らなければならないんだ。千秋の全部を包み込める、強い男になりたいから。  たったひとつの贈り物で、幸せな気持ちになれることを知った今。今度は俺から君に、突然何かをプレゼントすべく、送ってあげたいなと思った。 「何を贈るかを考えるだけでも、すごく楽しいものだな。ありがとう千秋」  遠くにいる大切な君に、想いを馳せる――。

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