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蒼い炎2
***
遠方にいる友達のところでバイトをしていたアキさんが、もうすぐ帰ってくる――。
アプリでメッセを送ったら現在新幹線の中だとすぐに返事が来て、それだけで嬉しさが身体を駆け巡ったのに、大体の到着時間までわざわざ知らせてくれた。
「これって、俺に逢いたいから教えてくれたんだよな?」
ほくほくしながら、アキさんの自宅に向かう。到着時間までまだ30分以上はあるのに、じっとなんてしていられなかった。逢いたくてしょうがなくて、心がムダに騒いでしまう。
「普段は着ないサマージャケットなんて羽織って、変に思われないかな?」
歩きながら自分の身なりを確認してみた。今頃そんなことをしても、既に遅いのだけれど……。
「髪の毛もう少し切って、さっぱりした方が良かったかもな。帰ってくるのが分かっていたのに、少しは努力しておくべきだった」
手串で髪形を整えつつ、アキさんが住んでるアパート前に到着した。傍にある電柱に寄りかかり、ぼんやりと空を眺める。
「……アキさんの好み。あんな凄みのあるイケメンには程遠いかもしれないけど、少しでもいいから、カッコイイって思われたいな」
彼への気持ちを自覚してから同性に恋してる自分に、多少なりとも途惑いはあった。だけどその戸惑いを吹き飛ばすくらいの衝動が、日を追う毎にどんどん大きくなっていったんだ。大好きなアキさんが傍にいなかったから、尚更なのかもしれない。
「帰ってきたらまずは、お帰りなさいって言ってあげなきゃ。それから……」
好きですなんて、いきなりの告白は出来ない。そこまでに行きつかせる言葉を、きちんと考えておかなきゃいけないぞ。
「自然な会話を心がけて……ってどうやって自然にしたらいいか分からないなんて、どうしたらいいんだろ」
(――大好きなアキさんに久しぶりに逢える)
それだけで妙に舞い上がってる自分を改めて自覚させられたせいで、頭を抱えてしまった。
「参ったな。いきなり嫌われることをしちゃったら、どうしよう」
現れたアキさんがすっごく可愛くなっていて、思わずキ――……。
「ダメダメっ、絶対にコレは嫌われるって。あー、もう!」
いきなり抱き寄せてキスするなんて、想像するだけでもいけないコトだ。
「アキさんはしっかりした人なんだから、そういう軽いのは受け付けないと思う、きっと」
そういうのは、きちんと想いを告げてからしなきゃ。
うんうんと自分を納得させて、意味なく右手に拳を作り頷いていたら。
「おーい、竜馬くん」
ちょっと離れたところから、聞き慣れた声がした。それは間違いなく大好きなアキさんの声。
体ごと勢いよく振り向くと嬉しそうな表情を浮かべて、元気に手を振っている姿がそこにあった。
離れていた分、一瞬でもいいから傍にいたい――そう思ったら体が勝手に動き出す。今までで一番足が速いと感じられるような走り方で、一気に駆け出してしまった。
「アキさん、お帰りなさい!」
「わぁっ!?」
背中に背負っている大きなリュックごと、両腕を回してぎゅっと抱きしめた。
「無事に……。無事に帰ってきてくれて良かった。ホントに良かった」
「う、うん。大丈夫だったよ。帰りは豪勢に新幹線使っちゃったし、普通に無事なんだけど」
(感動のあまり同じ言葉が口から出ている俺に、心底呆れられたかも)
アキさんが明からにたじろいでいる様子に、恥ずかしくて腕を放せなかった。その他に放せない理由は、身体全体で感じていたかったから。ここに帰ってきてくれたっていう、大好きなアキさんの温もりや香りを堪能したかった。
「あのね竜馬くん悪いんだけど、ちょっと苦しいな。離れてくれると、呼吸がしやすくなる」
「ゴメンなさい、アキさんの顔を見たら嬉しくて」
「あ~、俺ってば頼りない先輩だから、無駄に竜馬くんを心配させちゃったかな?」
あまりの嬉しさに、つい力が入りすぎてしまったようだ。
自分の行動に呆れながらゆっくりと腕を外したら、目の前にいるアキさんがふわりと微笑んだ。その笑顔があまりにも可愛くて心臓がどくどくと駆け出していき、頬にじわりと熱を持つ。
それを知られたくなくて、思わず顔を横に背けてしまった。
「えっと竜馬くん。俺やっぱり何か――」
「ちがっ! ゴメンなさい、ホント……アキさんの笑顔を見たら、その……」
「その?」
(――ヤバい、どうやってこの状況を弁解すればいいんだ!? このままじゃ、アキさんに誤解させてしまう)
「やっ、それに頼りない先輩なんて、思ってないから。全然……むしろ――」
好きなんですと言いそうになり、慌てて言葉を飲み込んだ。このタイミングで言うのは、どう考えても変すぎる。
刻々と近づいてきた告白するタイミングのせいで、どんどん顔が熱くなっていくのを感じて余計に挙動不審になってる俺に、アキさんが首を傾げながら、ずいっと顔を寄せてくる。
「むしろ、なぁに?」
近づいてる顔を、息を飲んで見つめた。
アキさん、すっごく綺麗になってるかも――夏休み前よりも、うんと可愛くなってる。これはもしかして、もしかするな。
勇気を出してアキさんの右手を包み込むように、自分の両手で握りしめて口を開く。
「久しぶりに逢ったせいなのかな、雰囲気が変わったなって。男に向かって綺麗っていう言葉を使うのは変かもしれないけど、前と比べたら格段に変わったよ。もしかして彼女が出来たとか?」
言った途端、夜目でも分かるくらいに頬を紅潮させる。
「ぅぁ。か、カッコイイ竜馬くんに褒められるとか、ビックリしちゃった。彼女なんて出来る環境じゃなかったよ。バイト先は、オバちゃんばっかりだったし。どうして綺麗になったんだろうね、アハハ……」
アキさんの口からカッコイイと言われ、嬉しくて飛び上がりたい気分だった。それだけじゃなく、彼女が出来ていない事実に喜びが自然と加算されてしまった。
「照れてる顔も、すっごく可愛い」
褒められたお返しとばかりに言ってあげると、首をぶんぶん横に振りまくって困った顔をする。もっともっと困らせてやりたいって思う俺は、イジワルなのかもしれない。
「やっ、さっきからどうしたんだよ、もう」
お互いテレまくり雰囲気が和んだところで、核心に迫ってみるべく言葉をつづけた。
「あのねアキさん、ちょっと確認したいことがあるんだけど……」
「確認したいこと?」
「そう。かなり前の話なんだけどさ、アキさんがバイトをあがる前に、よく来ていたお客さんがいたよね? 赤い車に乗ってる人なんだけど」
俺の言葉に、あからさまに表情が変わった。握りしめている右手の体温が、みるみる内に冷たくなっていく。
「その人の車に乗って帰ってる姿、何度も見たから。その……偶然キスしているところも見てしまって」
「え――」
「ソイツと、付き合ってるのかな?」
さっきのやり取りではすぐに返事をしてくれたのに、息を飲んだまま固まってしまったアキさん。動揺している姿を何とかしたくて、右手で頭を優しく撫でてあげる。
「大丈夫だよ。嫌ったりしないし、言いふらしたりはしないから」
「竜馬くん……」
頭を撫でてる手を途中で止めて、柔らかい髪の毛をぎゅっと握りしめ、アキさんの頭を上向かせた。大きな瞳の中に自分が映っている姿に若干テレながら、顔を引き寄せる。
「好きです、アキさん……」
驚いた表情を浮かべたアキさんに躊躇したとき車のライトが背後から照らされ、俺たちふたりを眩しすぎる光に包み込んだ。
「わっ、まぶしぃ……」
目を細めながら呟いて、あからさますぎる光からアキさんを守るべく、腕の中に抱き寄せる。
「いいところをお邪魔しちゃって悪いね。彼、放してもらえないかな?」
車のライトを照らしたまま、男の大きな声が辺りに響き渡った。
「……藤田、さん?」
するとその声に反応して恐るおそる訊ねるようにアキさんが口を開いたら、ぱっとライトを消し去り、車から男が出てきて唖然とした表情を浮かべる。
「おいおい、何を無防備に対応してんだか……。そこの色男、さっさと千秋から離れなよ!」
苛立ちを含んだ声で威嚇するように言い放ち、俺の肩を掴んですぐ傍にある塀に押し付けた。
「ちょっ、一体何ですか、アナタは?」
「俺? 俺はねぇ、千秋の恋人のおにーさんだよ」
「こ、いびと……」
唐突に告げられたセリフに、息を飲んで固まるしかない。そんな俺を色っぽい表情を浮かべながら見上げ、細長い両腕を首に絡めてきた。
「そうそう。千秋には恋人がいるんだ、諦めなよ。俺が君を慰めてあげる。千秋のようなズブの素人よりも、すっごく気持ちいいコト、いろいろしてあげるよ。ねぇ……」
男のセリフに下唇を噛むしかない。わなわなと震える手で、首にかかった腕を振り解き、アキさんに向かい合った。
「アキさん、恋人って赤い車に乗ってるヤツなのかな?」
「…………」
俺の問いかけに、神妙な表情をありありと浮かべる。その姿だけで、答えが分かってしまった感じだ。
「竜馬くんゴメンね、その通りなんだ。その人と付き合ってる。夏休みも、彼のところに行ってた。だから」
続きを聞きたくなくて首を横に振りながら踵を返し、アキさんと男の前から走り去った。
夏休みにアプリのメッセージを送っても、直ぐに連絡が来なかった理由が分かりすぎるくらいにハッキリしてしまい、悔しくてこみ上げてくる熱いものを飲み込むべく、奥歯をぎゅっと噛み締める。だけど――。
「アキさんに恋人がいても、好きになった気持ちを簡単に捨てられるワケがないよ。どうすればいいんだろう?」
苦しいくらいに息を切らして駆け出してる自分に問いかけても、答えなんて出るハズもなく、無駄に堂々巡りが続いたのだった。
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