83 / 117
蒼い炎4
***
(昨日まではアキさんと一緒に仕事ができることを、すっごく楽しみにしていたのにな――)
俺の想像では告白したらOKが貰えて、勢い余ってキスしちゃって――離れていた分、抱きしめ合ってイチャイチャして。勿論、卑猥な感じじゃなく、ただ普通に抱き合うだけにして、明日も一緒にバイト頑張ろうねっていう感じの言葉でバイバイする予定だったのに。
「告白した途端に恋人のお兄さんが登場って、普通はあり得ないだろ。だけど恋人本人よりはまだマシか……」
なぁんて自分を慰めながら暗い気分を抱えた状態で、バイト先のコンビニに到着した。
「あれ? おかしいな、アキさんがまだ来てない?」
従業員入口のところにあるタイムカード。何とはなしにアキさんのカードをチェックしてみたら、インした記録が残っていなかった。いつもなら俺よりも先に来て、準備をしているはずなのに。
首を傾げた瞬間、扉の開く音と共に聞き慣れた声が背後から聞こえてくる。
「り、竜馬くん?」
慌ててアキさんのタイムカードを戻して、笑顔で振り返った。焦ったせいで笑顔が引きつませんようにと、心の中で無駄に祈る。
「あ、アキさん、お疲れ様です」
バレたかな? 俺が勝手に、アキさんのカードをチェックしたこと――
「……いつもより早いね」
そんなことはない。アキさんがいつもより遅いだけなのに。遅い理由は、俺と顔を合わせ難かったからかな?
「それは、その。少しでも長く、アキさんの傍にいたいと思ったから」
これは今の俺の素直な気持ち。叶わない片想いだって分かってるけど、好きな人の傍にほんのちょっとでもいいから、長くいたいって思うのは自然なことだよね。
「そう、なんだ。へぇ……」
昨日は暗がりの下でアキさんを見たけど、今はコンビニにある蛍光灯の下。ハッキリとその姿を見ることができて、嬉しさが胸の中に湧き上がってきた。
やっぱりすごく可愛くなってる。だけど――
じっと見つめる俺の視線を顔を背けてやり過ごし、手早くタイムカードを押して身を翻すようにロッカールームに行ってしまった。
(もしかして昨日の告白とかいろんなことで、アキさんに嫌われてしまったとか?)
今まであんな風に避けられることなんてしなかった彼が、逃げるようにして行ってしまったことにショックを受けるしかない。俺、嫌われちゃったのかな――?
「あの、アキさん」
勇気を振り絞ってロッカールームの扉を開けながら、大きな声で呼びかけてみた。とにかく、1秒でも早く謝りたかった。それなのに――
「はい、これっ。島のお土産なんだ、受け取って。夏休みの間、ずっと休んでてゴメンね」
あからさますぎる作り笑いを浮かべて、手に持っていたお土産を押し付けるように渡すと、足早に店舗の方へ行ってしまった。
「やっぱ、嫌われちゃったか……」
貰ったお土産を胸に抱きしめてから自分のロッカーの中に入れ、さっさと着替えを済ませる。滲んでくる涙を拭い、なけなしの気合をいれて店舗に足を踏み入れながら、先に仕事をしている社員さんに声をかけた。
「お疲れ様です!」
「おっ、竜馬~お疲れ! お盆過ぎてから、パッタリとお客さんが来ないからすっげぇ暇だぞ」
「それじゃあ物品の確認しつつ、店内の掃除に励みます」
社員さんと話をしてる最中のアキさんは、カウンターの上に広げられてる申し送り事項が書かれた回覧板を、じっと眺めていた。ずっと休んでいたんだから回覧板を見るのは当然のことだけど、話しかけにくい雰囲気を漂わせているせいで、きっかけがつかめそうにない。
「紺野も後は、よろしくな。こういうときだからこそ気を引き締めて、防犯対策しておいてくれよ」
「分かりました。お疲れ様です」
アキさんは俺に向けた笑顔とは違う種類の笑みを、帰って行く社員さんに見せる。その表情をじっと見つめていたら、不意に視線がぶつかった。
「…………」
「…………」
「……仕事しなきゃね」
「待って。避けないで、アキさん」
ぷいっと顔を背けて身を翻そうとしたアキさんの右手を、逃げないようにぎゅっと掴んだ。絶対に放さないという気持ちを込めて、更に握りしめる。
「竜馬くん、今は仕事中だよ。プライベートの話は控えなきゃ」
「仕事に入る前に言おうとしたのに、アキさんってば逃げるように俺を避けたじゃないか。これじゃあ、いつまで経っても話せないよ」
「確かにそうなんだけど……。でも」
言い淀むアキさんの顔をしっかり見てから、やんわりと手を放して頭を下げた。
「まずは謝らせて。本当にごめんなさいっ」
「えっ!? な、なんで?」
動揺を露わにする声に、ゆっくりと顔を上げる。アキさんの大きな瞳が俺のことを見ているだけで、胸がぶわっと熱くなった。
「俺が勝手に勘違いしちゃって……。赤い車に乗ったヤツが、しばらくしてから来なくなったでしょ?」
「うん。そうだね」
「それからアキさんの顔色が、ずっと優れなかったから。どこか、ぼんやりしていることが多かったし。きっと別れたんだって思いついちゃって。元気のないアキさんを自分が何とかしたいって考えたら、その……。友達としてっていう気持ちじゃなく、恋愛感情であたためてあげたいなって」
少しでもいい――俺の気持ちをアキさんに知っていてほしくて、たどたどしい感じになっちゃったけど、一生懸命に伝えてみる。恋人のいるアキさんにしたら、すごく迷惑な話だって分かっているけど。
「昨日は一方的に気持ちを押し付けるようなことを言っちゃって、本当にゴメン。しかも俺ってばキスしようとするなんて、アキさん困っていたのに、さ。迷惑な話に迷惑な行為をした俺のこと、嫌いになったでしょ?」
俯き加減で恐々と告げた謝罪の言葉。どんな気持ちで聞いてくれたかな。
「確かに、いきなりビックリしたよ。竜馬くんに同性の恋人を指摘された時点で、頭の中が一気に混乱しちゃった。その後の告白だったからね。驚きが2倍だったけど、嫌いになっていないから」
いつもより高いトーンの声で優しく話しかけてくれたその言葉に勇気を貰って、顔を上げてみる。
さっきまで困った表情を浮かべていたアキさんの口元に、可愛らしい笑みを発見した。
「ホント? 無理してない?」
優しいアキさんを試すわけじゃないけど、両肩を掴んで強く揺さぶってみる。
「っ、わわっ!? 竜馬、くんっ、ちょっ、喋れないって」
「ゴメンなさい。つい嬉しくて。嫌われたから、避けられたんだと思って」
笑いながら告げてくれた言葉に慌てて両手を外し、背中に隠した。
「俺こそゴメン。変に避けちゃって……。昨日の今日で、どう接していいか分からなくってね」
「ううん。そんな優しいアキさんだから、好きになったんだ。俺がキズつかないように、いろいろ考えてくれたんだよね?」
「それは、その……うん。竜馬くんの気持ちは嬉しいけど、応えられないんだし」
「応えられなくてもいい。嫌われてないだけで、俺は満足だから」
嫌われていないと分かったお蔭で身体の力が抜けてしまい、目の前にあるカウンターに手を伸ばして、しゃがみ込んだ。
「恋人を好きなアキさんを、ずっと好きでいるから――」
「あの竜馬くん、好きでいられても困る。諦めてくれないかな?」
俺の想いを諦めさせようとさっきから断っているけれど、好きになった気持ちは簡単に捨てられるものじゃない。
「だってアキさん、さっき言ったじゃないか。竜馬くんの気持ちは嬉しいって」
卑怯な手かもしれないけど、アキさんの優しさを使わせてもらう。これは最後の手段だから――。
「ぅ……。言ったけれど、それは」
「想うくらい自由にさせて欲しいな。両想いになれるワケがないことくらい、自分でもよく分かっているんだし。恋人を想って幸せでいるアキさんを、まるごと好きでいさせてよ」
恋人を好きなアキさんが幸せそうにしてるだけで、俺もすごく幸せなんだ。諦めなきゃならない未来があるけど、傍にいる今だけでいい、好きでいさせて――。
俺の言葉に絶句するアキさんを尻目に、隅に立てかけてあったモップを手早く掴んで、逃げるようにカウンターの外に出た。好きという気持ちが高まって、涙が滲んでしまった瞳を拭いたかったから。
つらい片想いを自ら背負った自分。アキさんを想い続ける、覚悟を決めた瞬間だった。
ともだちにシェアしよう!