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蒼い炎5
***
「あ、アキさん――」
アキさんを意識するようになってから、どこにいても彼を捜してしまうというのが癖になった。そのお蔭で彼の存在を、以前よりも早く見つけることが出来るのはラッキーだ。
あれから……アキさんがこっちに帰ってきて告白してから、俺たちの距離は相変わらずで、それ以上踏み込むことを拒まれている。アキさんには恋人がいるんだし、それは当然なんだけど――。
大学にあるカフェテラスの隅っこの席で目立たないようにするためなのか、細い体を小さくして、スマホを片手にコソコソ誰かと喋ってるアキさんを見つけてしまった。
眉根を寄せつつも口角が上がっていて、どこか楽しそうに見えるのは、電話の相手が恋人だからだろうな。
どうにも面白くなくて口を尖らせながらため息をつき、目の前にある椅子に音を立てて腰掛けた。
恋人を好きなアキさんをずっと好きでいると言ったけれど、それは自分にとってつらい選択だった。諦めるより、こっちの方がまだマシだと思ったから選んだ。そのことはアキさんにとって、すごく迷惑な話だろう。
彼を困らせてしまう好きという気持ちのやり場に困惑しながら、遠くにいる愛しい人を観察しつづけた。
電話が終わったのか、耳からスマホを外す。その姿に近づく絶好のチャンスだと、持っていたリュックを肩にかけて急いで席を立ち、足早に近づいていった。アキさんはすぐに俺の姿を捉え、苦々しげな表情をありありと滲ませる。
「竜馬くん……」
「アキさん、今いい?」
「ごめっ、もうすぐ講義が始まるから」
顔を俯かせてゆっくり席を立ち上がるアキさんの腕を、素早く掴んでやった。
「!!」
「ゆっきーと3人で決めた、宅呑みのこと覚えてる? 今月は俺の家でやることになったから。来てくれるでしょ? 友達なんだし」
断れないようにあえて友達のところにアクセントを置いて、つらつらっと喋ってみる。アキさんを掴んでいる手に、思わず力が入った。自分を見てほしくて――避けてほしくないという気持ちがこもってしまったから。
手のひらに感じる体温が、すごく愛おしく感じるな。
「あ、そうなんだ。分かったよ、行くから……」
「よかった。今週中に日程が分かるから、楽しみにしてて」
「うん。あのさ悪いけど手を放して。結構、痛いかも」
俺の顔を見ずに、掴んでいる手に視線を落としたアキさん。手の力を抜いて、ぱっと放してあげた。
「ゴメンなさい。今にも逃げそうだったから、つい力が入っちゃって」
「そんな……。逃げる理由はないのに。友達なんだし」
俺が掴んだ腕を擦りながらゆっくりと顔を上げて、アキさんがその言葉をはっきりと言い放った。
俺が言うのとアキさんが言うのでは、意味合いが違うのは明らかすぎて、胸がキリキリと絞られるように痛んだ。それは片想いをしている自分を示す言葉で、それ以上踏み込むことを躊躇わす言葉――。
「アキさんは友達だって言うけど、俺の想いは違うんだよ。愛おしくて堪らない」
「っ! 竜馬くん、そんなことをこんな場所で言われても、すごく困る。その……迷惑だから!」
アキさんは顔を真っ赤にしたまま、椅子に置いてあったカバンを胸の前に抱えて、飛び出すように駆け出す。小さくなっていく背中を、ただ見送るしかできなかった。
「アキさんが大好きなんだ……」
カフェテリアから出て行った背中に、そっと呟いてみる。呟いたところで、この想いは届かないけれど、言わずにはいられない。
そんなに長いやり取りじゃなかったはずなのに、アキさんを掴んでいた手のひらから感じていた、あたたかなぬくもりが消え失せていた。
「……このぬくもりと一緒にアキさんへの気持ちが消えてしまったら、きっとお互いに楽になれるんだろうな」
楽になるということは以前の関係……友達に戻るってことだけど、すんなりと戻れるはずがない。微笑みあってバカみたいなこと言い合った、あの日に――
消え失せてしまったぬくもりを思い出すべく、ぎゅっと拳を握りしめた。
「俺は真っ直ぐに突き進むしかないんだ。何があっても、この気持ちだけは捨てたくない、大事にしたい」
改めて決意した、カフェテリアでのアキさんとのひととき。もうお互い笑い合うことができないことを、深く思い知らされたのだった。
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