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蒼い炎6

***  迷惑だとはっきり断言されてしまったというのに、諦めきれずアキさんを捜していた。その姿を見つけたのは翌々日、次の講義を受けようと大学の渡り廊下を歩いてるときだった。  彼とは学部が違うため、めったに授業を一緒に受けることはない。だからこそアキさんを発見できたのは、奇跡に近いものだと思われる。  壁と柱の隙間を使って細い背中を隠すようにしている姿に、首を傾げるしかない。よぉく見ると、耳にスマホを当てている。きっと恋人と話し込んでいるのかもな。  渡り廊下の真ん中辺りで足を止めて様子を窺っていると、小刻みに体を揺らしはじめたアキさん。肩を竦めて何かに堪えるように、更に体を小さくした。 「アキさん、まさか泣いてる!?」  尋常じゃないその様子にいても立ってもいられず、走りだしてしまった。そんなに距離が離れていなかったから、直ぐに駆けつけることができた。 「アキさんっ」  背後からそっと肩に手を置くと、ビックリした顔で振り返る。その瞬間、大きな瞳から零れ落ちる涙に、胸がぎゅぅっと痛くなった。 「あ……」 「何で泣いて……。とにかく、これ使って」  綺麗な頬に筋を作っていく涙を見ていられなくて、ポケットに入れてたハンカチを手渡した。だけどアキさんは耳にスマホを当てたまま首を横に振って、それをしっかりと拒否する。 「ゴメンね、竜馬くん。込み入った話をしている最中だから、あっちに行っててくれないかな?」 「そんなつらそうな顔したアキさんを放っておくなんて、俺にはできないって」 「この話に関係ない君は、ただの友達なんだよ。それ以上の気持ちを押し付けられても迷惑なんだって、この間も言ったよね!」  眉根をぎゅっと寄せて不快感を露わにされても、そんなものには負けない――だって……。 「だって好きなんだ。大好きなアキさんが泣いてるのを、無視なんてできっこない」  この場から動けないであろうアキさんを、迷うことなくぎゅっと抱きしめた。 「ちょっ、やめてって!」 「つらそうにしてる君を、ただ慰めたいだけなんだ」 「もっ、イヤだって言ってるのにっ」  胸の中で必死にもがいたアキさんが、躊躇なく俺の左頬を引っ叩く。  ばちんっ!!  弾けるような大きな音が、辺りに響き渡った――  思いきり叩かれた反動で、アキさんの体を抱きしめていた腕の力がすっと抜けてしまい、固まるしかなくて。そんな俺を大きな瞳に涙を溜めて、じっと睨みつけてきた。 「アキさん……」 「竜馬くん何度も言ってるけど、これ以上君の想いをぶつけられてもすっごく迷惑なんだ。報われない恋をするよりも、もっと周りに目を向けたらいい人がいるか――」 「いないよ、そんなのっ!! アキさん以上にいい人なんて、いるワケないじゃないか」  そう言えるはっきりとした理由――それは今までいろんな場所でバイトをして、生計を立ててきた。新人で入ってきた俺を、年下の先輩がいびってくるのはしょっちゅうだった。  仕事を覚えるまで本当に時間のかかってしまう、自分が悪いのはよく分かる。それでもアキさんは見下したりバカにしたりせずに、根気強く親切に教えてくれた。その親切心を愛情と勘違いするくらいに、優しくしてくれたよね。 「竜馬くん……」 「どう足掻いたって、報われないのは分かってる。だけど好きだっていう気持ちを、簡単に捨てることなんてできないって」  俯きながら手のひらに爪が食い込むくらい、ぎゅぅっと両手を握りしめた。  どんなことを言っても自分の想いは、アキさんにとって迷惑にしかならない。 「えっ!? 穂高さん?」  アキさんの声に顔を上げると、目の前にスマホを差し出してきた。 「彼が竜馬くんと話がしたいって……。出てくれないかな?」  あの凄みのあるイケメンと俺が話をする――横からちょっかい出してるのを止めてくれって、きっと言われるだろう。  一瞬だけ躊躇ってから思いきってスマホを受け取り、恐るおそるもしもしと呟いてみた。 『もしもし、初めましてではないが挨拶をしておくよ。井上穂高だ』  張りのある低音が耳に聞こえてくる。顔だけじゃなく声も良いなんて、ズルいにも程があるな。 「はっ、畑中竜馬です。あの……」 『聞きたいことがある、答えてくれないか畑中君。大学の夏休み前、千秋と一緒に歩いている姿を目撃しているんだが、そのときはまだ意識していなかっただろう?』 (いつの間に見られていたのかな?)  投げかけられた質問に答えようと、慌てふためきながら頭の隅で必死に考えた。

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