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蒼い炎7

「夏休み前はそうですね、友達以上の感情は抱いていなかったと思います。アキさんを意識したのは、ずっと逢えない日が続いて寂しいなって考えたときに、あれってなって」  そう、ゆっきーにあのとき言われなかったら、分からないままだったのかもしれない。知らないままでいたら、どんなに楽だっただろうか。 「一緒に働いてる友人に執着してるって突っ込まれて、自分にとってアキさんが特別な存在だって分かったんです。だから」 『だから。何だい?』  間髪を容れずに質問をされるせいで、どんどん追い詰められるような感覚に陥ってきた。 「えー……その、俺はっ! 俺は……アキさんが好きなんです」 『だから寄こせと、俺に強請っているのだろうか?』 「そんなんじゃないです。だってアキさんには……井上さんがいるんですから。強請るなんてしません」  ――違う……ただアキさんが好きなだけで、どうこうしようなんて、これぽっちも思っていないのに。 『じゃあ、奪おうとしているんだね?』 「うば……ぅ?」 『だってそうだろう。君は告白してから千秋にずっと付きまとって、好きだの愛してるだの言い続けて、俺が傍にいないのをいいことに略奪しようとしているじゃないか』 「略奪なんて、そんなこと――」  声が妙に掠れてしまって、最後まで発することができなかった。くちびるを震わせながら、目の前に佇んでいるアキさんの姿を見る。  心配そうな面持ちで俺を窺う視線に、眉根を寄せるしかない。困った顔をさせているのは俺のせい。直ぐ目の前にいるのに……手を伸ばせば触れられる距離にいるのに、こんな顔をされたら触れられない。 『そんなんじゃないと言っているが君は一度、千秋に手を出そうとした事実があるじゃないか? あれについては、どう説明してくれるつもりだい?』 「あれは……あのときはアキさんに、恋人がいないと思ったから」  きっと恋人であるアキさんに手を出した俺を責めるつもりで、説明を求めているんだろうな。口調が最初とは別人みたいだ。すっごく怖い……。 『恋人がいなければ自分の気持ちを押し付けて、好き勝手に行動していいのだろうか?』  自分がされて嫌なことを他人にしては駄目だというのは、痛いくらいに分かってる。 「確かにアキさんにとって俺の想いや行動は、迷惑にしかならないものです。それは認めます、本人にも言われちゃってるし。でも――」  責められようがなじられようが、こんなことに負けて堪るか。今は近くて遠い距離にいるけど、それだって乗り越えられる情熱が俺の中にあるんだ。 「でも俺は諦めません! 絶対にです!!」 『なっ!?』  諦めないと言い放ったとき、電話の向こう側の雰囲気が変わったのが伝わってきた。呆れた感じでもバカにした感じでもないそれは、途惑っているような感じだった。 「さっき略奪しようとしてるって言われたときは否定しちゃったけど、やっぱり訂正します。遠距離恋愛して、寂しそうにしているアキさんを奪ってみせますから」 『…………』 「俺のモノにしてみせます」  譲れない想いや気持ちを込めて、噛みしめるようにゆっくり言ってみた。  叶えたいことがあるとき、よく言葉にしている習慣がある。そうすることによって、それを叶えようとする諦めない強い意志が発動されるから。 『ふっ、そんなことを言ったところで、千秋は君のモノにならない。何故なら俺たちは、深く愛し合っているからね。距離なんて関係ないんだよ』 「そう言えるのは、寂しそうにしてるアキさんの顔を見ていないからだ。さっきだって、泣かしていたじゃないか」  責める口調で告げた俺の言葉を聞き、アキさんが首を横に振りながら口を開く。 「違うんだ! さっき泣いたのは穂高さんがかけてくれた言葉が嬉しくて、思わず泣いちゃっただけなんだよ竜馬くん。誤解だから……」  うわ……。泣いていたからてっきり、恋人にキツいことでも言われて泣かされてるんだと思ったのに。これじゃあ俺、ただのバカじゃないか。  バツが悪すぎて頭の中が真っ白になっている俺の耳に、井上さんの言葉が聞こえてきた。 『遠く離れていても俺たちの心は繋がってる。揺るぐことのないくらい強く、ね』  低音だけどしっかりした声が、想いと一緒にはっきりと伝わった。一瞬だけ狼狽えてしまったけど、このままおめおめと負けて堪るか! 「だけど人の心は移ろいやすいから。心変わりさせるきっかけを作って、アキさんを奪ってみせます」  奪える可能性は限りなくゼロに近いけど、まったくないというワケじゃないんだ。  負けじと強い口調で言い放ってから、電話を切ってやった。ついでに電源を落すことも忘れない――

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