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蒼い炎11

***  出口のない迷路を、当てもなく彷徨っているような感覚――アキさんを追いかけたところで困らせてしまうことが分かっているのに、追いかけずにはいられない。心の中で燻っている、蒼い色をした残り火がある限り……。  コンビニの影に身を潜め、壁に寄りかかりながらアキさんが出てくるのを待っていた。  ここに到着したときに見た店内で働く様子は、笑顔を絶やすことのない楽しげな感じで、自分と一緒にいるときとの違いに、正直ショックを受けてしまった。出待ちを躊躇うくらいショックだったのにそれを押し留めたのは、胸の中でちりちりと燃えている蒼い炎だった。 「……井上さんに負けたくない。俺だって、アキさんが好きなんだから」  拳を握りしめて空を仰ぎ見た瞬間、従業員出入り口の扉の開く音が耳に届く。物陰からそっと窺ってみたら、外の寒さに身を縮込ませながらも、柔らかい笑みを口元に浮かべるアキさんがそこにいた。 (君を振り向かせるために、俺はここに来たんだよ――) 「お疲れ様、アキさん」  大きな声で言い放ちながらコンビニの影から突然出てみると、一瞬で表情が変わった。大きな瞳をさらに大きくして、俺をじっと見つめる。  アキさんに見られている――そう感じるだけで、胸がいっぱいになるな。 「な、んで?」 「何でって、それは俺が言いたいよ。いきなりシフトを変えちゃうんだもんな。大学だって逢うのは稀なのに、ここでも逢えないとなったら、アキさんの帰りを狙うしかないじゃないか」  井上さんから君を奪うには、少しでもいいから接触しなければならない。俺の存在をその身に感じて、たくさん意識してもらわねばならないからね。 「ハハッ、すっごく驚いた顔してる。大丈夫、安心して。夜道で襲ったりしないから」  とりあえず、何もしないことをアピールしてみた。 「と、当然だよ、そんなの……」  顔を引きつらせつつじりじりと俺との距離をとってから、逃げるような足取りで歩き出すアキさんの横に並ぶように、同じように早足で歩いてやる。 「俺ね、アキさんが大学構内の階段下で電話してるの、こっそり聞いちゃったんだ」 「!!」  微妙すぎる表情を浮かべていたからこそ、思いきって大学構内の話を投げかけてみた。 「『愛してる、穂高さん』って言ってるのを聞いて、すっごく妬けた。井上さんが羨ましくなった。だけどね……」  俺の言葉に恐るおそるといった感じで窺う視線に、ため息をつきながら見つめ返すしかない。妬いたり羨ましいといったところで、アキさんにはこの気持ちを理解してもらえないのは百も承知だ。 「俺の心の中に、蒼い炎がメラメラと燃えはじめたんだよ。きっとアキさんの心に火を宿すために、俺の心に蒼い炎が点火したんだと思うんだ。この炎で君を包み込んで、奪ってあげる。だから覚悟してほしい」  心の中にある想いを口にしなきゃ、この身を焼いてしまいそうですごく怖かった。そう思ったから、あえて告げてみたのに――。 「っ……」  予想通り、困惑した表情をありありと浮かべて頬を染める。本当は紅く染まった頬を突きたかったけど、胸元をツンツンしてみた。 「ねぇ、少しはアキさんの心に響いたかな?」  俺の問いには答えずに、ふいっと顔を背ける。 「響いてるといいな。少しでもいいから、俺のことを意識してほしいな」 (こんな言葉を口にしなくても明らかに動揺しているのは、手に取るように分かっているけどね――) 「アキさん、同性に溺れるってどんな感じかな? 異性と何か違う?」 「…………」 「もう分かってると思うけど。あのとき……。大学の中庭でアキさんを抱きしめたときさ、可愛い声に反応して勃ちゃったでしょ、俺」  引き結んでいる口元がひくっと引きつり、瞬きを増やすアキさん。 「男相手に大きくなるなんて、頭がおかしくなったと思って。好きってだけじゃない、抱きたいなんて感情が出てくるなんて、ビックリしちゃった。嫌がるアキさんを無理矢理にっていう設定で、オカズにしたり」 「ぅっ……」  肩で息をするその姿がまるでヤってるみたいに、思わず見えてしまうよ――。 「相手があの井上さんなら、アキさんは女性側になるんでしょ? ねぇ挿れられるのって気持ちイイの? そういう知識がないから、さっぱり分からなくて」 「そんなの知ったところで、無意味だと思うけどっ!!」  声を荒げながら立ち止まり、ムッとした顔して俺を睨みあげてきた。今、この瞬間にアキさんの視界の中に入っているのは、俺だけだね。すっごく嬉しいな。 「真面目なアキさんならこの話題に、絶対食いついてくれると思ってた」  計算通りと言ったところだよ、本当に。笑いが止まらない――  俺の笑みを見てぴたりと固まったアキさんに、一歩近づいた。反射的に後方に下がる姿に、またしても笑みが浮かんでしまう。だって背後にあるのは、塀なんだもん。まんま、壁ドンが出来ちゃうよ。 「うぁ、や、やめ……」  怯えた表情を浮かべて塀に張り付いた身体を逃がさぬように、アキさんの両側に腕を突き立てた。 「怯えてるその顔、すっごくエロいね」 「ヒッ!?」  息を飲んで俺を見上げるアキさんの瞳は潤んでいて、すっごく可愛い。その顔だけで感じてしまったことを示すべく、腰骨にぐいっと下半身を押し付ける。  途端に喉を鳴らして、ガタガタと身体を震わせた。 「まるで、ヤってるときみたいな顔に見えてさ。勝手に大きくなっちゃったよ」 「そ、んなの……。押し付けないで。迷惑……っ」 「コレが井上さんのなら、悦んで受け挿れるクセに」 「穂高さんはこんな、迷惑なことなんてしないから! 俺の気持ちを考えて、いつでも優しくしてくれる人なんだ」  どんなに叫んでも、強く言い放っても残念なことだね―― 「だけど彼は助けに来てくれないよ。どんなに優しくてもアキさんがピンチでも、ここには来てはくれない」  現実を突きつけてやると瞳を伏せて、今にも泣き出しそうな顔をした。 「うっ……」 (――そんな君を、俺が今から慰めてあげる)  俯いてる顔に覆い被さるようにして顔を近づけたら、一瞬だけ目が合う。諦めたのとは違う、光を帯びた眼差しに躊躇した途端に、目から火花が飛び散るような頭突きをされてしまった。 「いぃっ!?」  あまりの痛さにその場にしゃがみ込んだ俺をそのままに、アキさんは走って逃げてしまう。追いかけたくても、クラクラしているので無理な状態だ。 「くそっ。もう少しのところで、油断した……」  だけどきっとチャンスはあるはずなんだ。それさえ見極めることができたら、絶対にアキさんをモノにできる。彼の放つ緊張感がなくなったときが、絶好のタイミングだという確信があった。

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