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蒼い炎13
生暖かい風が吹く中、コンビニの外で350mlの缶ビールを開けた。ちょうど3本目を飲み終える頃にアキさんが外に出てきて、俺の姿を見た瞬間にぎょっとした表情を浮かべる。
ただ待っていただけじゃなく、飲んでいるという事実に面食らったであろう。
「お疲れ様ぁ、アキさん。待ってるのが寒くって、こんなところで宴会しちゃった」
大きな声で話しかけたのにそれを無視して、脱兎のごとく駆け出した彼を追いかけるべく、転がしていた空き缶を手早く拾い集め、外にあるゴミ箱に捨てて、その背中を追いかけた。
「うわー、飲んでるから追いかけるの、結構つら~……」
追いかけるアキさんの背中が、右に左によく揺れる。って俺が揺れてるから、そうなるのか。ちょっと飲みすぎちゃったな――
若干の気持ち悪さを抱えながら、走ること数分。そうこうしている内に、もうすぐアパートに到着してしまう場所に差し掛かった。
(――仕掛けるなら、今だろう……)
目をぎゅっと瞑り、思いきって転んでやった。ズシャッ! なぁんていう、大きな音までオマケでつくとかラッキー。
「いったぁ……」
あまり痛くはなかったけど、転んだことを大げさにすべく大きな声で言い放つ。否が応でも、アキさんの耳に届いただろうな。
顔を歪ませて必死に笑いを堪えていると、アキさんが渋々といった感じでやって来て、俺に向かって手を差し出してきた。
「大丈夫?」
まんまと騙されてくれたことに思わず笑い出しそうになり、慌てて顔を背ける。口元を押さえて、何とか微笑を隠した。
「……あまりにも惨めな姿に、仕方なく手を貸してくれる気になったの?」
笑いを堪えているので、必然的に声色が震える。それが迫真の演技になって、彼に伝わったかもな。泣いていると思ったかもしれない。
「そんなこと……ないよ。だって友達だし。俺たち……」
アキさんはどんな顔して、それを言ったんだろう。優しいくせに残酷な人だ――だけど俺は愛おしくて堪らない。
「っ……なんで……なんで友達以上になれないんだよっ!!」
もしも願いが叶うなら井上さんよりも先に、アキさんに出逢いたかった。先に出逢っていたら、もしかしたら俺に恋していたかもしれないよな。
「竜馬くん、お酒あんまり強くないのに、飲み過ぎたみたいだね」
「何度となく告白してもスルーしたアキさんから、そんな風に優しい言葉をかけられるなんて、ビックリするしかない」
乾いた声で言ってやり差し出された手を借りずに、自力で立ち上がった。転んで汚れてしまった膝頭を、右手で叩いてみる。
「あのね、竜馬くん……」
「言いたいことは分かってるつもりだよ。いい加減に、諦めてくれって話でしょ?」
屈み込みながら延々と膝頭を叩き、次の作戦を考えた。この後、どうやりこめようかと。あれこれ考えながら、渋々と言った感じで口を開いてやる。
「ここんとこ、ずっとアキさんの背中を追いかけてばかりいたよな。その間に、何をやってるんだろうって考えちゃってさ。前なら顔を突き合わせながら、お互いに笑顔で並んで、歩いていたのにね」
「うん……」
「追いかけても捕まえられないことくらい、頭で分かっていても、なかなか踏ん切りがつかなくて。どうしたらいい? なんていうのをゆっきーに愚痴っちゃった」
腰を曲げているのも疲れたので叩いてる手を止め、ゆっくりと顔を上げた。笑いを噛み殺したお蔭で、上手い具合に涙が溜まってる目を見せることができる。
そんな俺の顔を見て、はっとした表情を浮かべるアキさん。そろそろ、トドメをさしてあげようか。
「もう、いい加減に……。アキさんのことを諦めなきゃダメだよね。今までゴメン、井上さんにも迷惑いっぱいかけちゃったよな」
さて君は、この言葉にどう動くだろうか? 優しいアキさんなら間違いなく、俺の予想通りの行動をしてくれるだろう。
「それはそうだけど。あのさ、ここで待っててくれるかな? お水、持ってきてあげるから」
言い終らない内に駆け出して俺の目の前から消えかける背中を、笑い出さないように両手で口元を押さえ、靴音を立てないで追いかけた。
計算通りに動いてくれるアキさんが、とてもとても愛おしくて堪らないよ――
目の前を必死になって走っていくアキさんの後ろを、ちょっとだけ距離をとって、静かについていく。彼が家に入るのを確認してから、どうしても靴音が鳴ってしまうアパートの階段を、急ぎ足で駆け上がった。
玄関のドアを開けると、脱ぎ散らかしたままのアキさんの靴があり、相当慌てていることが、手に取るように分かった。友達のために一生懸命になってるその優しさを噛み締め、ゆっくりと靴を脱ぎ捨てて中に入る。
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