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蒼い炎14
つま先を使って抜き足差し足で忍び寄り、台所に立ってる細身の身体にぎゅっと抱きついてあげた。
「なっ!?」
「待っていられなくて、勝手に上がらせてもらっちゃった。お水、ありがとアキさん」
肩に顎を乗せてお礼を言うと、くちびるが見る間にぶるぶると震えだす。今直ぐにでも塞いで、その震えを止めてあげたいな。
「はっ、放して、よ……。お願ぃ、だから」
「そんな風に震えながら掠れた声をあげてくれるなんて、まるで感じてるみたいに聞こえるね」
「ちがっ……。そんなんじゃ、な――っ!?」
ふふっと笑いながら、傍にあるふっくらした耳たぶを口に含んだ。柔らかくてしっとりしているそれに、どうにかなってしまいそうだ。
荒い呼吸を繰り返す身体を手早く反転させて向かい合う形にしたら、悲しげな色を宿した瞳が俺の顔を捉える。見つめられるだけで、体温が一気に上がってしまうよ。
「もう誰にも邪魔されない。俺だけのモノにしてあげるアキさん」
「それは……きっと無駄だよ。そんなことをしても、俺の心は手に入らない。むしろ君を、どんどん嫌いになるだけなのに」
静まり返る家の中にアキさんの声が響いた。自分のすぐ傍で告げられた言葉だったけど、ほぼ泣き声に近くて所々聞き取りにくかった。だからこそ、しっかりと耳を傾けたんだ。心と一緒に――。
「嫌いなんていう、生ぬるい感情は嫌だな。むしろ憎んでくれて構わないよ」
「えっ!?」
「だってその方がアキさんの心の中に、深く深く残るでしょう? 真っ黒い影になって、井上さんという光を覆い隠す存在になるんだ」
漆黒の影になって心の中で光り輝いているであろう井上さんを飲み込み、忘れられない存在になってやる。
「……可哀想な、ひと……」
切なげな表情をしながら、じぃっと俺を見つめたアキさんに、一瞬だけ息を飲んでしまった。
(何で……なんだ――どうして!?)
「こんなときまで、変な優しさをかけないでよ。自分が今、どんな状況なのか分かっているよね?」
動揺を悟られないように彼の腕を掴み、力任せに引っ張ってその場に押し倒してやる。どこか打ったのか、痛そうな顔を見て躊躇ってしまった。
ゴメンって、声をかけようかと思ったけれど――さっきのアキさんのように変な優しさをかけると隙を与えてしまう恐れがあると考えて、すかさずその身体に跨った。
「その泣き顔を悦びに変えてあげる。いっぱい感じてアキさん」
そう言っても抵抗するでもなく、されるがままでいたため、迷うことなく綺麗な色をしたくちびるに目がけ、押し付けるようにキスをした。
ずっと……ずっと待ち望んでいた彼とのキス――柔らかいくちびるに溺れながら、角度を変えて更に深くしていく。舌を割り入れてアキさんの舌に絡めてみても反応はなく、相変わらずされるがままだった。
うっすら目を開けてその顔を見てみたら、しっかり目を見開いたまま遠くを見ている感じだった。まるで遠くにいる井上さんを見ているような眼差しに、嫉妬せずにはいられない。
「っ……アキさ、んっ……ね、俺を、んっ、見てよ。俺、んんっ……だけをっ、み、ぅんっ……見て」
どんなに口内を責めてもそのままに、受け続けるだけで声も上げてもくれない。
「分かったよ。何もしないことがアキさんの抵抗なら、俺の手でそれを壊すまでだね。覚悟して――」
そうして無抵抗でいる彼の服に手をかけて、次々と脱がしていった。途中で暴れられても厄介だから、アキさんが着ていたシャツの袖を使って後ろ手に縛り上げてから、ゆっくりと仰向けに戻した。
「ちょっ……何、このアザ?」
服を脱がせているときには既に目に入っていた、肩口にあるアザに触れてみる。まるで歯形のようなアザだな――。
「アキさんの身体に、こんなのが付いてるなんて……。これって、井上さんが付けたの?」
「…………」
俺の質問には答えず、眉根を寄せて心底嫌そうに顔を背ける。そうか、それが君の答えなんだね。だったら俺は――。
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