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当たり前のような奇跡を感じて――
六月某日の週末、穂高は千秋と一緒に島にある小高い丘に来てきた。
この時期になると辺り一面に芝桜が咲き乱れ、観光客や写真家がフェリーでこぞってやって来る。今日は特に天気が良かったのも手伝って、丘の上は人が溢れ返っていた。
「ピンク色に敷き詰められた絨毯に、空の青と海の青がよく映えて見えるね。穂高さん」
弾んだ声をあげる恋人を、静かに見下ろしながら思い出した。去年の同じ時期に、なんとはなしにひとりでここに来て、同様の景色を眺めた。
普段は静かな島が活気に溢れている様子を肌で感じつつ、ぼんやりと目の前に広がる光景を見つめながら考えていた。
千秋にもこの景色を見せてあげたいな、と――
「穂高さん?」
不思議そうな表情を浮べて、自分を見上げる千秋が愛おしい。こうしてこれからも一緒に、同じものを分かち合えることができるのだろうか。
「千秋、綺麗だね」
当たり前のように隣にいる可愛い恋人に話しかけると、花が咲いたように笑いかけてきた。
「穂高さんと一緒に見てるせいか、いつもより綺麗に感じるのかな」
嬉しいひとことを告げるなり、穂高の手を繋ぐ。手のひらに感じるあたたかさをぎゅっと握りしめてから、ほかの人からは見えないように脇の下に隠してみた。
「……もしかして、これって隠してるつもりだったりする?」
「もちろん。そのつもりだが」
「俺の腕が不自然に穂高さんの脇に入っていて、余計に目立ってますけど」
言うなり繋いでいた手を解いて、脇をくすぐり始めた千秋。いきなりの先制攻撃に穂高はなすすべがなく、声をたてて笑った。あまりの騒ぎっぷりに、傍にいる観光客が自分たちをじろじろ見つめてきたが気にしない。
「千秋、もう参ったからやめてくれ」
涙を滲ませながら降参した哀れな恋人に向かって、千秋は眼下から望む景色に負けないくらいの笑顔を返した。
「また来年もこの時期に、ここに来ましょうね」
「ああ。来年は、俺が千秋をくすぐる番だな」
「穂高さんみたいな変なこと、俺はしませんのであしからず!」
そう言って穂高の手を掴み、力ずくで引っ張って丘を駆け下りる。日の光を浴びた薬指の指輪が時折キラキラ瞬くのを、繋がれた自分の手を見ながら幸せを噛みしめたのだった。
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