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―純血の絆―②その3

 穂高さんの足が地面についたのを確認してから、ほっとして首に絡めていた腕の力を緩めた。空を飛んでいたという事実から解放された俺の顔を横目で見ながら、優しくイタリアの地に下ろしてくれる。 (ううっ、パスポートもなしにイタリアに密入国した形で、ここに来ちゃったんだな)  そんなことを考えて隣を見ると、いつもの見慣れた穂高さんの姿になっていた。それを見ただけで、不安になっていた気持ちが瞬く間になくなっていくから不思議だな――。 「ここが、穂高さんのお父さんの家なの?」 「ん……」  羽織っていた黒いマントを外している穂高さんに、そっと話しかけてみる。  立派な柵で仕切られたヨーロピアン仕様のお屋敷が、俺たちを見下すようにそびえ立っていた。お屋敷の周りには手入れの行き届いた樹木や芝生が展開されていて、そのあまりの広さに迷子になるんじゃないかと、変な心配をしたのだけれど――間違いなくベルリーニ家のお屋敷は、ここだけじゃないだろうなぁというのが容易に想像がついた。  穂高さんは自分の家のように、立派で大きな柵を開けながら「行こうか」と瞳を細めて中に促してくれた。ドキドキしながら足を踏み入れると、肩に回されたあたたかな腕がお屋敷に導いた。 「あのね穂高さん、どうしてイタリアに俺を連れてきたの?」  イタリアに向かう道中に考えていた質問を、やっと口にしてみる。今回、ここに来た目的を知っておかなきゃならないだろう。 「父さんが千秋に逢いたいと言ってきたから、ここに連れて来た。前回来たときに、恋人である千秋の話ばかりをしたせいかもしれないね」 「どうせいつもの『俺の千秋は――』って、デレデレしながら余計なことを喋ったんでしょ」  若干呆れながら指摘した俺の言葉に、穂高さんは目を見開いて驚いた表情をありありと浮かべた。 「何で分かったんだい? さすがは俺の千秋だね」  はいはい、安定の言葉をありがとうございます。 「でも日本からの土産も持たずに穂高さんのお父さんに逢うのは、やっぱり気が引けるなぁ」  しかも密入国している手前、ほいほいとそこら辺を観光することもできなさそうだし……。 「大丈夫だ。千秋の顔を見せることが、父さんの土産になるからね」  肩に回されていた腕が外されて、瀟洒な扉の前で一緒に並ぶ。穂高さんが扉に備え付けられているノッカーを鳴らして、俺たちが来たことを知らせた。 「穂高、千秋、ようこそイタリアへ! わざわざ来てくれてありがとう!」  しばしの間の後に扉が勢いよく開かれ、穂高さんのお父さんが登場した。声をかけながらぎゅっと抱きしめられたんだけど、その躰からはぬくもりを一切感じることができなかった。  どうしてだろうかと顔を上げてよく見たら、蒼い色をしているはずのお父さんの瞳が鮮血のように真っ赤に光っていた。 「あ、驚かせてしまったようですね。ちょうど食事中だったものですから」  瞳を細めてにっこり微笑んだ後に見開かれたものは、いつもの蒼い色に変わった。 (食事中になると、目が赤くなるのはなぜなんだろう?)  空を飛んでいた穂高さんの姿も変わっていたことといい、これってまるで――。 「穂高、顔色が優れませんね。すぐに食事の用意をしますか?」 「そうしていただけると助かります。実はお腹が空いてしまって」  お屋敷の中に促してくれたお父さんの顔を窺うように、穂高さんは口を開いた。 「分かりました。すぐに部屋を用意させますね、ちょっとだけここで待っていてください」  だだっ広い玄関ホールと目の前にある真っ白い螺旋階段に圧倒されていると、隣にいる穂高さんがはーっと深いため息をつく音が耳に聞こえてきた。 「お腹が空きすぎて疲れちゃったの、穂高さん?」 「ん……、ちょっとだけ。いつもはひとりでここに来ていたのだが、千秋を背負って飛ぶのが初めてだったせいかな。やっぱり疲れてしまったらしい」  俺たちがそんな話をしている最中、傍らに置いてあった大きな金色のベルを鳴らしてお手伝いさんらしき人を呼んだお父さんが、こっちにおいでと手招きをしたので傍に駆け寄った。

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