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―純血の絆―②その7

***  隣で寝ている穂高さんのあたたかさで、ふと目が覚めた。  暗闇でわからないけれど、吸血鬼のときよりもあたたかく感じるということは、人間の姿に戻っているのもな。  ぐるる〜!  人としてのあたたかみを嬉しく感じていたら、恥ずかしくなるくらいにお腹から大きな音がした。イタリアに来てから何も食べていなかったし、適度に運動しているせいでお腹がすくのは当然だろう。  疲れ果てて寝ている穂高さんを起こさないように起き上がり、床に散乱している自分の衣類を着て部屋から出てみた。  この部屋に来たとき同様に薄暗い廊下を突き進み、螺旋階段を降りて一階を目指していたら、穂高さんのお父さんが階段を上がろうとしているのが目に留まった。 「あ、あの……」 「グッドタイミングでしたね。夕飯の時間になったので、声をかけようと思ったのですよ」  柔らかくほほ笑んで、来た道を戻って行くお父さんの後ろについて歩いた。 「済みませんでしたね、千秋。穂高が貪るように食事をしたみたいで」 (ひえぇっ! 一階まで声が聞こえてしまったのかな) 「いえ……。大丈夫です」  恥ずかしすぎて顔を上げられず、テーブルについても上気した頬を隠すように俯いたままでいた。目の前には美味しそうなスパゲッティやピザ、グラタンなど洋食が所狭しと並べられていて、どれから手をつけていいのか迷ってしまう。 「遠慮せずに、好きなものから食べてください。ここまで来るのにお腹が空いているでしょう?」 「はい、戴きます」  一番手前にあったコーンスープに口をつけてみる。とうきびの甘さが、塩コショウでとても引き立てられていた。両手で握りしめたカップの温かさが伝わってきたお蔭で、躰がリラックスする。  俺の食べる様子を眺めていたお父さんも真ん中にあった大きなチキンを手に取り、美味しそうに頬張った。人間の姿をしているときは同じように食事をするんだなぁと、チラチラ見つつ自分の食事を進めていった。  お腹がいっぱいになったところで手が止まると、それを見計らったようにお手伝いさんの手によってコーヒーが置かれた。 「ご馳走様でした。どれも美味しく戴きました」  出されたコーヒーに手をつけず、まずはお礼を言わなければと先に口を開いた。するとナプキンで口元を拭ったお父さんが浮かべていた笑みを消し去り、俺の顔をじっと見つめる。 「お腹がいっぱいになったところで、これから本題に入りましょうか。穂高がいない今だからこそ、自分の気持ちを心置きなく告げることができそうです」  とても静かな部屋の中、テーブルを挟んで向かい合わせになっている現状だからこそ、視線を逸らすことができなかった。 「私たちヴァンパイアは、人間の2倍ほど長生きできます。きっと人の生き血をすすっているからこそ、生き長らえることができるのでしょうね」 「…………」 「しかし穂高は、君が死んだら自分も死ぬと言い出しました。君以外の血をすすることを拒否しているからです」  俺以外の血を飲んでいないんだ――。 「彼はヴァンパイアと人間の血を受け継いだ半妖として、この世に生を受けました。年頃になった辺りで、吸血衝動に襲われたと聞いています。血をすすった時点でヴァンパイアになることを教えていたので、ずっと堪え忍んでいたらしいのですが、君に出逢ってその理性を打ち壊されたと、苦笑いをしながら教えてくれました」 「そうなんですか……」  まさか自分の血をきっかけに穂高さんが吸血鬼になろうとは、夢にも思わなかった。 「穂高が我慢できなかったのは、私の目から見ても分かります。千秋、君の血はとても清らかで美味しそうですから」  見つめてくる瞳が一瞬だけ赤い色に変化したけど、すぐにいつもの蒼い色に戻った。 「人によって、いろいろ味があるものなんですか?」 「そうですね。それまで暮らしていた環境や食べ物で味が変わりますし、心が綺麗だと惹きつけられるようないい香りもします」  お父さんの言葉に、匂いを嗅ぎつけてここに辿り着いた穂高さんの行動を思い出してしまった。美味しい血を求めるのに、鼻が良く利くんだな――。 「話を戻しましょう。私は親として、子どもが先に死に急ぐのを見たくはありません」 「はい……」 「どうしたら穂高が生き長らえることができるかを考えました。千秋、君が半妖になればいいのです」  言うなりお父さんは席を立ち、部屋の隅に設置されている小さな冷蔵庫から何かを取り出した。手にしたそれは透明なアンプルで、赤黒い液体が入っていた。 「これは、穂高が半妖のときに採血したものです。彼がヴァンパイアとして目覚めた際に使おうと思って、事前に用意していました」 「それを使うと、どうなるんですか?」 「元の半妖に戻ることができます。しかし君が傍にいる以上、吸血衝動に襲われた穂高はふたたび千秋の血をすするでしょう。それが容易に想像ついたので、使うことを諦めました」  確かに――惹きつけられる匂いを漂わせている俺が傍にいたんじゃ、穂高さんが抗えられない気が激しくする。 「俺がそれを使って半妖になれば、穂高さんが長生きできるんですか?」 「ええ。ヴァンパイアの秘めたエネルギーが生命エネルギーに変換されるので、半妖として君は長生きすることが可能です。そうなれば穂高も長生きができるでしょう? ただし……」  お父さんはそこで一旦口を引き結び、手にしているアンプルを切なげな瞳で見つめた。 「半妖になってしまったら、もう二度と人間には戻れません。それだけでなく不定期でおとずれる、吸血衝動と闘わなくてはならないのです」 「それに負けて人の血を吸ったら、吸血鬼になってしまうんですね」 「そうです。そうすると穂高は君の血をすすることができなくなります。同族の血をすすったとしても、生きるものにはなりませんから」  人間を辞めて半妖になり、吸血衝動に襲われながら長生きをしなければならない――それはとても過酷な人生になってしまうだろう。

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