107 / 117

―純血の絆―②その9

***  目の前の光景の衝撃に、息を飲んで見つめるしかできなかった。自分の父親の足元に倒れている愛する人が、いつもの姿じゃなかったせいもある。 「父さん、千秋に俺の血を与えたのか!?」  綺麗な黒髪は銀髪に変わり、荒い呼吸を繰り返すくちびるの隙間からは鋭い犬歯が見えていた。  胸が押しつぶされそうな感覚に陥りながらも千秋の傍に駆け寄って、冷たい躰をぎゅっと抱きしめた。 「何で……、どうしてこんなことを。千秋に何を話したんですか?」 「前回、君が私と話をしたときに言いましたね。千秋が死んだら、自分も同じ道をたどると」 「はい。今もその決心は変わっていません」  しゃがみ込んだままでいる自分に視線を合わせるためなのか、同じように膝をついて顔をつき合わせた父さん。その表情はとても苦しげなものに見えた。 「自分よりも早く命を絶とうとしている穂高のことが、辛くてなりませんでした。順番でいくと、父親である私が先に人生を全うすべき存在なんです。だからこそ親として、子どもが先に死んでいくという事実を受け入れることが、どうしてもできなかったのです」  千秋の躰を抱きしめる両腕に、自然と力が入る。 「だからってそれに千秋を巻き込むことは、非常識だと思います。父さんのエゴを押しつけて、こんな姿に変えてしまうなんて……」 「私の気持ちを伝えた後に、千秋本人が言いました。『人として短い人生を送るよりも彼と長く一緒にいられるのなら、半妖として生きます』と。二度と人間に戻れないことも再度言い伝えましたが、彼の気持ちは変わることはありませんでした」 「千秋……。俺と一緒にいるためだけに、自分が苦しむことを選ぶなんて」  吸血衝動は喉が渇くという生易しい表現じゃない、喉全体が干上がって焼けつく感覚はとても苦しく、身悶えてしまうものだというのに――。 「穂高を想う強い気持ちで千秋は吸血衝動と向かい合い、打ち勝っていくと信じています。ですが、彼がそれに負けて誰かの血を口にしたときは――」  どんどん沈んでいく父さんの声に、たまらず顔を背けてしまった。 「ヴァンパイア同士の血は飲むことができないので、俺は死にます」 「千秋以外の血を、口にすることをしないのですか? そうすれば彼とともに生きられるのですよ?」  ヴァンパイアとして、千秋と一緒に命を長らえる。それはとても魅力的なことだというのが分かるが、彼以外の血を吸いたくない強い気持ちがあった。だから父さんの問いかけに口をつぐんだまま、静かに首を横に振ってみせる。  恋人の純血だけで生きたいというワガママが父さんや千秋を追い込み、その結果を自身の手で抱きしめているんだな。残酷なまでに美しいヴァンパイアの姿に、俺の血が千秋を変えてしまった。  閉じている瞳を開けた瞬間、深紅色の瞳が自分を魅了し、くちづけずにはいられないだろう。くちづけて抱きしめて離さない、絶対に。  どんな姿になっても君の生は俺の生であり、君の死は俺の死につながる。千秋、君に出逢った運命が俺を変えたんだよ。

ともだちにシェアしよう!