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―純血の絆―

 あ、金縛り――。  疲れが溜まっていたりストレスが溜まったりすると、寝ている間に足がつったり金縛りにあったので、いつものヤツだと思ってじっとしていた。  穂高さんに逢えない寂しさやバイト、その他もろもろのストレスのせいで金縛りにあったんだな。いつ解けるだろうか?  動かせる場所を探すべく、そっと目を開けてみた。 「!!」  ベッドの脇に、誰かいるではないか! 「あ……ぁ…っ」  ――声が出ない……。どうしよう、泥棒!? ウチには金目のものなんて、全然ないのに(涙)  寝る前にきちんと閉めたはずのカーテンが半分だけ開いていて、傍に立ってる人の姿を月明かりが照らし出してくれた。 「雨が止んだんだな。見事な月が出てる」  窓の外を見るその横顔は、ここには絶対にいない人。俺の心を奪った――。 「ほ、だかさ、ん?」  言い淀んでしまったのは、いつもの見慣れた姿じゃなかったから。  栗色の髪の毛は何故か金髪になっているし、闇色をしている目が赤く光り輝いていた。 「バレてしまったね、俺の正体」  身につけているマントをひるがえし、こっちを向きながら、やるせなさそうな表情を浮かべる。 「穂高さんの、正体?」 「ん……。ベルリーニの一族の祖先は、ヴァンパイヤなんだよ。その血を継いでいるんだ」 「ば、バンパイヤって、えっと、吸血鬼……?」  夢のような話で、目を瞬かせるしかない。だけど傍にいる穂高さんは、明らかにそれっぽい姿をしていて、それが現実だと暗に示していた。 「月に一度か二度、血を吸わなければ生きていけなくてね。それもキレイな身体の持ち主の血じゃなきゃダメという、偏食吸血鬼なんだ」  言いながら跪き、寝たままでいる俺の顎を上向かせる。 「千秋は俺以外、誰とも関係を持ったことのないキレイな身体をしてるから。君の血の味を思い出すだけで、涎が滴ってしまうくらい絶品でね」  付き合った当初から、何かにつけて俺を見て「美味しそう」と言っていたのは、こういう理由があったからなんだな。  自分なりに納得してる間に、穂高さんのくちびるの隙間から、すーっと牙が出てきた。作り物じゃないそれは鋭利なくらいに尖っていて、これにガブッとされたら痛いだろうなぁと思ってしまったのだけれど……。  俺の血を飲んで生きられるのなら痛いのをガマンすればいいやと考えて、疑問に思ったことを訊ねてみる。 「ねぇ穂高さん、どうやってここまで来たの? 時間、かかったでしょ?」  現在進行形で遠距離恋愛をしている関係上、何百キロと離れている場所にいるのに。 「このマントがあれば、空を飛べるからね。大した時間をかけずに、千秋の元に駆けつけられるんだよ。だけどここに来る直前で雨に当たって、少しだけ濡れてしまった」  その言葉に右手を伸ばして、キレイな色の金髪に触れてみる。 「ホントだ、髪が少し濡れていますよ。風邪を引いちゃうかも」 「風邪の心配よりも、お腹が空いてしまった。血を分けてもらってもいいだろうか?」  相当、お腹が空いているんだろう。俺の返事を待たずに、パジャマのボタンを手早く外していく。 「いつもの千秋なら金縛りの術をかけたままで、目を開けることなく吸血されていたのに、今夜にいたっては一体どうしたものか」  ぶつぶつ言ってから大きな口を開けて、俺の首筋に噛み付こうとした穂高さんの顔面に、両手を使って思いっきりブロックしてしまった。 「これは何のつもりだい、千秋。お腹が空いて、フラフラなんだが」 「あ、その、ゴメンなさぃ。ちょっとだけ怖くて……」  ちょんちょんと、くちびるの隙間から出てる牙を突ついてみる。 「そうだな……。じゃあ起き上がって。そう、次は俺に背中を向けてごらん」  穂高さんの指示通りに、ゆっくりと体を起こして背中を向けると、優しい所作でパジャマを肌蹴させて、いつも咬む肩口を露わにした。 「痛みはないから安心してくれ。その代わり、気がおかしくなるような快感をあげるから」  ――痛みじゃなく快感?  それを不思議に思った瞬間、牙が皮膚を割くような感覚が伝わってきたのだけれど、痛みは一切なくて、その代わり――。 「ひぃっ!? な、な……にこれ!?」  ゾワゾワっと背筋を走り抜ける、わけの分からない感覚。血を吸われてる感じが全然ないから、逆に不安になった。 「あっ…ぃぁあ、あっ、やっ……」    身体がどんどん熱くなっていく。何もしていないのに自然と息が乱れてしまって、変な声が出てしまった。  耳に聞こえてくる俺の血を飲む穂高さんの喉を鳴らす音が、やけにリアルだ。それを聞いてるだけで、下半身がジンジンしてくるとか俺、おかしくなっちゃったのかも――。 「身体が、あぁっ、変だよ。ムズムズする」  意味なく両足の膝頭同士を擦りつけたら、動けないようにするためなのか身体を拘束するように、後ろからぎゅっと抱きしめてきた。その抱擁だけでも、妙に感じてしまう。 「はぁっ、ぁ、ぁ…んんっ」  もっともっと、強く抱きしめてほしい。捕まえていないと俺の身体が、どこかにいっちゃいそうだよ。 「ほだか、さ…んっ、も、ダメっ…イキそぉ…っ」  一切触れていないというのに血を吸い続けられている内に、痛いくらいにアソコが張り詰めてきて、どうにも堪らなくなってしまった。 「ん……。そんなに感じさせることが出来るのなら、金縛りにかけずに叩き起こして、吸血すれば良かったかもしれないね」  ゆっくりと牙を抜き、俺の身体から腕を外して立ち上がった穂高さん。息も絶え絶え状態のまま、恐るおそる咬まれたところを触ってみた。 「あれ? キズがない!?」 「そうだよ。牙を抜くと、キズが塞がるように出来てるんだ。相手に吸血したことがバレないように、ね。この姿になってる時だけ、特殊な薬が唾液に含まれるから、痛みも感じずに済むんだが」 「薬?」  不思議顔で訊ねてみたら、口の横から滴らせてる俺の血を手で拭って、美味しそうにぺろりと舐めていた。  他の人ならその姿は、猟奇的に見えるのかもしれないけれど、どこか切なげな表情を浮かべている顔に、胸がきゅんとなる。 「何でも、強い催淫効果があるそうだよ。そのお陰で、痛みを感じないらしい」  ああ、だからいきなり身体が熱くなって、アソコが勃っちゃったんだ。納得――。  つけていたマントをその場に脱ぎ捨てると、いつも着ているラフな服装が現れた。 「マントの下って、タキシードとか着るものじゃなんですか?」  着てるところが見たかったかも。きっと、すっごく似合っているだろうな。 「なら次回は、きちんとした格好で現れてあげるよ。そんな風に、残念そうな顔しないでくれ千秋」 「べっ、別にそこまで、残念なんて思っていませんよ。いきなり見慣れた格好をしていたから、拍子抜けしちゃっただけです……」 「今の俺と人間の俺、どっちがいいだろうか?」  着ていた服を手早く脱ぎ捨ててから、俺の身体に寄せるようにベッドに腰掛けて、じいっと顔を覗き込んできた。  見慣れない赤い色をした瞳が、どこか扇情的に見える。人間の姿をした穂高さんの瞳も同じように感じるんだから、答えは考えなくても直ぐに出てしまうよ。 「どっちにしても、穂高さんは穂高さん。比べる方が、おかしいですって」 「千秋……だから君のことが好きなんだ。俺の全部を受け止めてくれる、君が愛おしくて堪らない」  笑いかけた俺をぎゅっと抱きしめて、ベッドへと押し倒した。 「俺もだよ、穂高さん。愛してるから……」 「君の純血が俺の中にある限り、ずっと愛し続けてあげる」  塞がれたくちびるからは、最初だけ血の味がした。それが穂高さんの唾液と混ざって、甘美な味に変わる。 「んんっ…はあ、あ、あぁ…も、もっと…ほしぃ、ほらかさ……」  自分から強請ってしまうくらい、とても美味しいものだった。それだけじゃなく、身体中が沸騰しているみたいに熱い。熱くて堪らない。 「お願い、っ…ほらかさんっ、キス……してぇっ!」 「キスだけじゃないだろ。ココがこんなになってる、辛いだろうに」 「ひっ!? やらっ…そんなにしちゃ、はぁはぁ……ひとりで、イキたくな、っ…くぅっ!」  何もしていないのに、感じまくっているアソコをぐちゅぐちゅと音を立てるように手荒に扱われて、呆気なくイカされてしまった。 「らめって言ったのに……。酷いよ、穂高さん」 「1度ヌいておかないと、千秋が壊れてしまいそうだったから。でも残念だな、これも全部、忘れてしまうんだから」  身体に放った俺の白濁を舌先を使って丁寧に舐めながら、感じるように両手で腰のラインを撫で摩る。 「ひゃ、ぁっ…わっ、忘れるって、な、なんで?」  いつもより敏感なせいで、息つく暇がない。質問するのも必死だよ。 「人間は、快楽に弱い生き物だからね。それを覚えてしまうと溺れて、簡単に自滅してしまう。だから俺の目を見て」 「穂高さん?」 「君が放った体液も、俺の命の源になる。だから今夜一晩かけて、しっかり愛してあげるよ」  魅惑的な微笑を浮かべた穂高さんから、何故だか目が放せなくなった。それだけじゃなく――そこからの記憶も、プッツリと途切れてしまったのである。 ***  いつもとは違う雰囲気を肌で感じて、目覚ましが鳴る前に目が覚めてしまった。 「あれ、おかしいな? 寝る前に、きちんとカーテンを閉めておいたはずなのに」  外の明るさが部屋に差し込んだせいで、目が覚めてしまったのだけれど。 「バイトの連勤が毎週立て続けで入っていたから、疲れが溜まっているのかな。身体が鉛のように重たい……」  よいしょっとかけ声の勢いで身体を起こし、両腕を天井に向けて、うーんと伸びをしてみた。身体は重たいのに、心が妙に軽やかでスッキリしている。まるで――。 「島にいる時みたいだな。穂高さんが傍にいるだけで、嬉しくて堪らなかったあの感じ。何だかそれに近いかも」  頭の中であれこれ思い出しながら、意味なく肩口にある痣の部分に触れてみた。 「昨日ハロウィンだったからって、穂高さんが吸血鬼になる夢を見ちゃうとか、欲求不満が溜まってしまっているのかも。アハハ……」  寝る前にカーテンを閉めるのはいつもの日課だけど、ここのところの連勤の疲れなどでストレスが溜まっていたから、ぼんやりして忘れたのかもしれないな。 「今からこんな風にボケていたら、自分の親くらいの年齢になった時には住所が言えなくなったりして。怖い怖い……うっ、痛いぃ――」  腰痛に顔を歪ませながら身体を反転させて立ち上がろうとした時、枕にキラリと光るものを発見した。 「うわぁ、金髪みたいな髪の毛、見つけちゃった。これが頭にあったら、間違いなく白髪になるんだろうな。栄養バランスには、気をつけて食事をしてるのに」  老けこみたくないと呟きつつ、ゴミ箱にポイした。そういえば、吸血鬼の穂高さんの髪の色は金髪だったっけ。 「……そんな、まさかねぇ。アハハ!」  夢の出来事を穂高さんに言ったら、きっと笑われてしまうかもな。だけど俺から電話するきっかけになるし、呆れられるかもしれないけれど話題には充分になる! 『俺と一緒に、ハロウィンの夜を過ごしたかったのかい?』  なぁんて声が聞こえてきそうだ。 「漁から帰ってくる時間に目がけて、電話を鳴らしてあげたら喜ぶこと間違いなし!」  時間にはまだまだ早かったので布団に入り直し、横になった。スマホを手に取り、穂高さんが漁から帰ってくる時間に、アラームを設定してと。 「2度寝になるけど、少しでもこの疲れが取れたらいいな。本当にダルすぎる」  そして引き込まれるように、眠りについた俺。  夢の中で、タキシードを身に着けたカッコイイ吸血鬼の穂高さんに逢えますようにとお願いしたのは、ナイショにしてね。人間の穂高さんが知ったら、間違いなく嫉妬しちゃうから。  おしまい

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