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冷淡無情な心②

「今宵もそのお姿、麗しいですね」  バーのカウンターで1杯引っ掛けていたら、聞き慣れた声が背後からした。  顔だけで振り向くとそこにいたのは、警察にとっ捕まっているハズのやーさん。この歓楽街を牛耳る某団体に所属、そのお陰で変な揉め事はなかったんだけど。某団体に所属してる下っ端のコが、刑事を射殺してから組員が相次いで逮捕されていた。 「昴さん、出て来れたんだ。おめでと」  手に持っていたグラスを掲げてやると隣に座り込み、いつものやつを注文する。 「保釈金払って、無事に生還。今の警察じゃあ、俺らを拘束することが出来ないから。弱みを強みに上手いこと、利用しているからね」 「おお~怖い。そして相変わらずのその目つきも、怖すぎるんだけど」  凄みのありすぎる三白眼、笑っていても違う意味で笑っているようにしか感じない。  やがてオーダーしたグラスが目の前に置かれ、カチンと乾杯した。 「こんな目つきでも、好きだと言ってくれるヤツが塀の中にいるんだ。褒めてくれるな」 「うっわー、惚気られちゃった。つか、ここに来たのって男漁り?」  レッドアイを口にしながら、思わず訊ねてしまった。塀の中にカレシがいるなら、外にいる昴さんは寂しさのあまり、身体が疼くだろうと考えた。 「しばらく、ここを空けていたから。変化がないかなぁと、情報収集に勤しんでいる所」 「仕事熱心だね、感心する」 「そういう昇さんは、相変わらずだって聞いてるけど。これはもう、違う種類を試してみれば?」  仕事熱心で真面目な昴さんは、絞りたて100%のグレープフルーツジュースを美味しそうに飲んだ。 「ご教授、あり難いんだけどね、それなりに試してはみたんだよ。だけど、まーったく感じないんだ。これが!」  もう年なのかもとクスクス笑ってみせたら、顎に手を当てて真剣に考え込む。 「生涯現役を目指してる俺としては、その言葉、聞き捨てならないね。たいして年の違わない昇さんが、そんな怖いことを言うなんて」 「俺だって、なりたくてなったんじゃないよ。年々、感度が下がっていった感じなんだ」  身体は覚えてる、気持ちよさを――なのに、いつからか全然感じなくなった。相手が燃えるほど心が離れていくように冷めていき、やがて快感が見る間に失われていったんだ。 「なぁ、今までヤッた野郎の中で、一番感じたヤツって覚えてる?」  俺の顔を見ずに、グラスを手の中で遊びながら、唐突に聞いきた昴さん。その言葉のお陰でソイツの顔が、頭の中に過ぎったんだけど―― 「あ、俺ってば痛いトコ、見事に突いちゃったようだな。苗字と名前両方にSが付いてるから、そういうのつい見極めちゃうんだよなぁ」  気落ちした俺を励ますようにワザとらしく、声を大にしてはしゃいでみせるなんて。 「変な気を遣わないでよ。昔の話すぎて、何だかなぁって思っただけだし。それに……」 「うん?」 「相手は義理の弟なんだな、これが」  苦笑いして言うと、三白眼の目を大きく見開いた。 「こりゃまた、カオスな設定だな。逆にそういうのが、燃えた要因になったんじゃないのか?」 「さぁね……この顔にキズをつけた張本人で、嫌いで堪らなかったのに。なぁんか勢いで、そういうコト、しちゃったんだよなぁ」  従順に父親のいう事を聞き、真面目に尽くしてる姿を見て、穢してやりたいって思ったんだ、その時は。 『穂高、俺の事を抱けよ』 「は? 何言って……だって」 『俺が、そういう趣向の持ち主だって知ってるだろうが。ちょうど遊んでくれる人がいなくて、身体が寂しがってんだ。構ってくれよ』 「でも、俺は……」 『アメリカで開発された新薬、ウチの会社で取り扱えるよう裏から上手いこと、手を回してあげるけど、どうする?』  穂高を我が物にして、自由に扱えるネタはいくらでもある―― 「ん……分った」 『そんな顔するな、テンション下がるだろ。俺を女だと思えばいい』  そんな無茶なことを言って始めたのだが予想以上に、感じさせてくれたのだ。  大嫌いな義弟にこれでもかと感じさせられて、あられもない声をあげる自分が、すっげぇ腹立たしかったけど。それ以上に包み込んでくれる腕が、やけに心地よくて、縋りつかずにはいられなかったっけ。 『あっ、あぁ、あぁあ……はあぁっ』  俺の中に自分のモノを突き立てた穂高は、微妙な表情を浮かべていた。 「……義兄さん、感じているの?」  アイツが最中に口にした言葉は、これのみだったのだけれど俺は涙を流しながら、何度も首を縦に振ったんだ。もっと俺を悦ばせろと、強請りまくって。  たった一度きりの、そんな過ちを犯した行為に嫌気が差したのか、以来誘っても穂高は抱いてくれなかった。 「……明日、その義弟と逢う約束してるんだ」 「誘ってみれば、いいじゃないか。案外、簡単に不感症が治るかもよ?」 「誘っても応じてくれない。嫌われてるからね、俺ってば。それにアイツには、好きなヤツがいるから」  好きなヤツがいようが、関係ない。穂高は俺の自由になる便利な義弟で、それ以上でも以下でもない。 「好かれる努力、する気にはなれない?」  気前よく、1万円札をカウンターに置いて立ち上がる昴さん。 「何だよ、出所祝いに奢るのにさ」 「いいや……昇さんの貴重な恋バナ聞けたから、お金払っとく。じゃあな!」  肩を叩いて、颯爽と去って行く友人に言葉が出なかった。俺は恋バナしたつもりなんて、全然なかったから――

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