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冷淡無情な心③
次の日、穂高が来る時間に合わせて本店に顔を出した。
2階フロアにある事務所のソファで横になり、昨日指摘された恋バナについて考えてみる。
昴さんはどの辺りで俺が穂高に対し、好意を抱いていると思ったんだろうか。一番感じる相手だと言ったから? それはたまたま久しぶりの行為に燃えたのと、身体の相性が良かったからだと思うのに。
「顔を突き合わせてもドキドキの一つもないし、むしろどうやって困らせてやろうかと、そっちの方でワクワクしてんだけどね」
口元に笑みを浮かべた時、扉を叩く音が部屋の中に響いた。
「失礼します」
折り目正しく入ってきた穂高は、颯爽と目の前にあるソファに腰掛ける。3ヶ月前に逢った時と、明らかに雰囲気が違っていた。
「懐かしいだろ、パラダイス。1年半ぶりだよね、来たのは?」
「そうですね。さっき下で、信二くんに逢いました」
「お前がいた頃のメンツ、半分いなくなったんだよ。信二に逢えて、ラッキーだったね」
和やかに話をしていく穂高を見やり、テーブルに置いてある煙草に手を伸ばしたら、愛用しているジッポで火を点けてくれる。
相変わらず、便利で気の利く義弟だこと――
「ありがとさん……ふぅっ」
いつも吸ってる煙草なのに、美味く感じるのはどうしてなんだろ?
そんな疑問を思った時に、扉が再びノックされた。
「失礼しますっ!」
パラダイス売り上げナンバースリーの信二が、嬉しそうな表情を浮かべて、飲み物を運んでくる。
「穂高さん、オーナーと話が終わったらお店の方に顔、出してくださいよ。お願いします!」
オーナーである俺をしっかり無視して、穂高に猫撫で声をあげた信二を、しっかりと睨みあげてやった。
「相変わらず、甘え上手だねぇ信二。その調子で、営業も頑張ってほしいものだね」
――だからいつまで経っても、ナンバーワンになれないんだよ。
その意味も込めて言ってやったのに、へらっと笑いながら頭を掻き、静かに出て行く。イラついた俺を見越して、小首を傾げた穂高。
「可愛いコに、冷たく当たるのは変わらないんですね。そんなことをしていたら、いつまで経っても、仲良くなれないというのに」
的確なアドバイスに肩を竦めてやり、意味深な笑みを浮かべてみせた。
「前回逢ったのは、3ヶ月前だったっけ。お前、な~んか変わった気がするよ。牙を抜かれた、獣って感じ」
にいっと笑いながら犬歯を指差して告げると、一気に顔を曇らせた。
「……変わってませんよ。やっていることは、以前と同じですし」
仕事は以前と同じでも、プライベートは思いっきり変わっているだろうが。隠したってバレバレなんだ。お前は分りやすい男だからな。
右頬のキズが見えるように長い髪をかき上げ、流し目をしてやる。
「ふぅん。変わったかどうか、チェックしてやる。今、ここで俺を抱けよ」
その言葉に更に顔を曇らせ、眉間に深いシワを寄せた。
「悪いけど、それは出来ない。靴を舐めろとか、その……他のことならしてあげます」
何の真似事だよ、それは――
「何、ビビッてんの?」
声を荒げてみたら、ちょっとだけ体を引いて、怯えるフリをする。そのフリがいちいち演技がかっていて、見てるだけで不愉快だ。
「ビビりますね。だって感じなかったとか騒いで、訴訟起こされたら困ります」
「へぇ、俺の噂、知ってんだ」
知っててワザと、断っていたというのだろうか。
ムカつきながら煙草を口に咥え立ち上がると、穂高の顔に目掛けて紫煙を吹きかけてから、苛立ちと共に灰皿にぎゅっと押し付けた。
俺の苛立った意味が分らなかったのか、不思議そうな表情を浮かべる穂高に、ますます苛立って音をたててソファに座り直す。
「俺が不感症になるのを見越して、そんなセリフが出たんだと思ったんだけど」
その言葉にやっと意味を理解したのか、唖然とした顔をした。
「そんな……もう随分と前のことなのに、そんなの分るワケないじゃないか」
無理矢理に迫った関係だったけど、当時は普通に感じることが出来ていた。なのに今は――
「今や某所で『キレイなマグロ』って、言われちゃってね。俺を感じさせようと、いろんな人に声をかけられるんだけど、ぜーんぜんダメなんだよ。面白いくらいに、さ」
「確かに。キレイな義兄さんを喘ぎさせたいと、他の男は思うだろうね」
「だったら――」
目を見開いて穂高を見つめたら、あからさまに視線を外される。
(――徹底的に拒否るつもりか)
「悪いけど、どんなに頼まれても、応じることが出来ない」
「なら俺のことを好きなヤツとでも思えば、抱くことは可能だろ。昔のように」
「えっ……?」
俺の言葉に、えらく反応したお陰で、俯く顔を勢いよく上げた。
予想通りの展開に笑みが浮かんでしまい、慌てて口元を押さえながら、ズバリ的中している事実を指摘してやる。
「穂高、俺のことが好きだったろ?」
口をきゅっと引き結び、微妙な表情を浮かべた。
「……好きでしたよ、兄として。残酷なまでにキレイ過ぎる義兄さんと、兄弟になれて嬉しかったです」
兄として、ねぇ――
「ふぅん。ヤれて嬉しかった?」
うざったい髪をかき上げ答えを待ちながら、じっと見つめていると、また俯いて視線を外す。何故か膝の上に置いてる両手をぎゅっと握りしめ、苛立ちを隠した穂高。
「今日はそんな昔話をしに、ここへ来たんじゃないんです。俺の話を聞いてください」
どうして隠したがるんだ、真実を教えて欲しいのに。素直に言えば、嫌がることをしないかもよ。
「聞いてほしければ、質問に答えろよ。俺を抱けて、嬉しかったのかと聞いてる」
「あの……嬉しいよりも、蔑んで見てました。俺の身体の下で感じさせられて、喘いでいる義兄さんを、ざまぁみろって思いながら……」
渋い顔をしながら告げた言葉に満足しながら、ゆっくりと立ち上がって穂高の傍に行き、手荒く顎を掴んでやった。
「ざまぁみろって思いながら、あんなに激しく腰を振って、感じさせたってワケなんだ。頑張ってくれて、俺は嬉しかったんだけど」
当時のことを振り返りながら、艶かしく表現してやったら、ますます嫌そうな顔をする。
「…………」
「今はその情熱の矛先は、紺野 千秋くんだけに向けられているようだね。羨ましい限りで」
紺野 千秋というワードで、明らかに瞳孔が開いた。新しい玩具を見つけた喜びで、穂高に触れるだけのキスをしてから、ソファにゆっくりと座る。
俺の口から、大切な恋人の名前が出ると思わなかったんだろう。信じられないという表情を浮かべ、目を見開いたまま固まってしまった。
「あ、そうそう。親父殿の会社も乗っ取られかけて、危ないんだったね。いくら欲しいのさ?」
声に出さずに無言で、指を3本立てた。
「そんなんで、足りるの?」
前回の半分以下の金額、大丈夫なのか?
「……分からない。地方の株主に掛け合ってウチが向こうよりも、高く買い取ればいいだけなんだけど、今のところ見繕って3千あれば足りるかな、と」
なるほどね、そこまで切羽詰ってないんだ。つまらないな。いっそのこと、潰れてしまったら面白いのにね――
会社の話になった途端、曇りがちだった表情が少しだけ変わり口を開く穂高に、ニッコリと微笑んでやった。
「大変だねぇ、ひとりであたふたして。前回よりも金額が少ないけれど、ちゃんとウチでも働いてもらうから」
「分ってます、そのつもりで来てます。前と同じように」
「ああ、いい仕事をしてくれたら、ボーナスをプラスにしてやるよ。お金、欲しいんだもんね」
どうせボーナスを出したところで、全部親父殿のところにまわすんだろうな。
笑いながらゆっくりと立ち上がり、穂高の隣に座ってやる。目に付いた左手を、ぎゅっと握りしめてあげた。
「相変わらず、冷たい手をしているね。あっためてやろうか?」
上目遣いで訊ねる俺の手を振り解き、いきなり両肩を掴んで、ソファに押し倒される。
一瞬、時間が止ったのかと思った。倒された瞬間、まとわりつく自分の長い髪が、はらはらと音をたてて、ソファの上に散らばる。
俺に跨る穂高の目は欲情に満ちているワケではなく、どこか蔑んで見ているような感じが伝わってきた。そんな視線に負けないように、じっと見つめ続ける。
「義兄さん……」
「威勢よく押し倒してくれたのに躊躇するなんて、気を持たせすぎだろ」
ヤる気がないのは明らかなれど、それでもしつこく誘ってみた。
「どんなに頼まれても、抱きませんから」
低い声で言いながら、俺の首に両手をかけた。手の中に、ぎゅっと力が入る。
「……千秋に、手を出さないで下さい。彼は会社のことや俺の素性すべて、何も知らない。変なことに、巻き込んでほしくないんです」
「俺の首を絞めて、脅してるつもりなのか。ご苦労様だね」
こういうプレィは正直なトコ、趣味じゃない。
「脅しじゃないですよ。彼をキズつけるようなことをしたら、その顔にキズをつけたように、躊躇なくヤってあげますから」
更に力を入れてくれたせいで、呼吸がしにくくなり苦しさがじわりと増した。
「ちょっ……わかった、わかったから! く、るしっ……ゲホッ!」
あまりの苦しさに、起き上がって咳き込むしかない。
まったく、力加減っていうのを知らないんだから。ま、こんな派手なことをしてまでも守りたいくらい、大事な人だってことか。
俺に跨ったまま咳き込んでる身体を労わる様に、背中を優しく撫で擦る穂高を、恨めしそうに睨んでやった。
「っ……ゲホゲホッ! お前って過激なんだか優しいんだか、ワケ分かんない男だね、まったく」
文句を言ったのに、そんなの関係ないと言いたげな顔して、長い髪を梳いてくれる。
「母ひとり子ひとりでいた俺に義兄さんが出来て、嬉しかったんですよ。それまで母さんは忙しく働いていて、ずっとひとりきりだったから。聡明でキレイな義兄さんと、どうしても仲良くなりたかった」
左側の髪をゆっくりとかき上げ、耳元にそっと吐息をかけながら、顔を寄せてきた。何をされても、感じない身体だというのに――
「仲良くしたいって、俺としては思ってるんです。だからイジワル、しないで下さいね」
笑った感じが吐息から伝わる。耳朶を口に含み、甘咬みされても、何も感じない――
「…………」
「これじゃあ抱いたとしても、感じさせることは無理そうですね」
クスクス笑ったと思ったら、ぎゅっと身体を抱きしめてきた。その瞬間、穂高の香りと体温 に包まれた身体が、一気に熱くなるのが分り、戸惑いを覚えるしかない。
その熱をもっと感じたくて、穂高をじっと見つめたのだが、さっさと俺の身体を放り出し、勢いよく立ち上がってしまった。
身を翻すように振り切られた態度をとられ、内心ショックを受けてしまって。
「ほらよ、受け取れ」
そんな気持ちを悟られない様に渇いた声で告げながら、用意していた封筒を取り出して穂高に手渡す。
「これからお前が働く店について、まとめたものだ。そこにいるホストの連中、自分を客だと思ってるらしくてね。店舗の中では、最低の売り上げなんだよ」
店長以下、全然いう事を聞いてくれないバカ共ばかりなんだ。
「Shangri-La ですか。パラダイスと違って、内装は落ち着いた雰囲気ですね」
苛立つ俺を無視して、封筒から紙を取り出し、しげしげと書類を眺める。
「穂高、お前のその手で地上の楽園を作ってみろ。客にサービスさせてるバカ供を、叩き直してくれないか。どんな手を使ってもいいからさ」
「それは早急に、結果を出せとの命令……ですか?」
当たり前だろ! 3千万を、はいどうぞとプレゼントするワケじゃないんだ。
「俺だって、慈善事業をしてるんじゃないんだ。親父殿に回した、金の徴収も兼ねているんだし。是非とも従業員を手玉にとって、操ってくれたまえ!」
俺の言葉に面白くなさそうな表情を浮かべ、じっと睨んできた。
この言葉の意味する事を、すぐに理解してくれてるみたいだね。結構なことで――
そんな穂高の傍を笑みを浮かべて、さっさと通り過ぎながら、ぽんぽんと肩を叩いてあげる。
「穂高、頼んだよ」
どんなことをしても、このミッションを成功させなければ、大事な人がどんな風になるか。
――それはそれは、楽しみだね――
元いた場所に座ると、きちんと一礼をして事務所を出て行く穂高。出て行ったのを確認してから、自分の身体を抱きしめた。
久しぶりに感じた身体の違和感のワケを知りたかったけど、分からないままで……
「昴さんが言うように、俺は穂高のことが好きだから? いいや、ドキドキはしなかった。そんなんじゃなく――」
理由が分からないまま目の前のソファに視線を移し、穂高の影をぼんやりと作る。
「俺のことが嫌いなクセに、どうして優しくするんだ。だから混乱するんだ」
いない人に対して文句を言っても、返事が返ってこないのに、ムダ口を叩いてしまった。ムダ、なのに――
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