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第4話
と、言うわけで。
凛哉が元通り遠い存在に戻ってしまってはや一週間。俺はそれなりに平和に過ごしている。
なんだかんだのぼせ上がってはいたが、凛哉に対して恋愛感情を持っていたわけではないので、傷は浅かったのだ。
俺はもうすっかり今まで通り――と、言いたいところだが、実は重大な案件が一つ上ってきていた。
「はぁ……」
自然と溜め息が漏れてしまう。どうしたらいいのかわからない。
「はぁ……」
だけど、相談する相手なんていない。友達は志水だけだし、志水にはこんなこと言いづらいし。
「はぁ……」
無料の電話相談のやつ、掛けてみるか?いやでも、ああいうのって大抵相手はおばちゃんだろうしなぁ。女性になんて到底言える内容じゃないし。
「はぁ……ぶっ!」
急に顔面を教科書で叩かれ、意識が一瞬とんだ。痛む鼻を押さえながら犯人である志水を睨む。すると俺以上の眼力で睨み返された。
「ハァハァうるせぇンだよ、発情した犬かお前は」
「ちっがーう!悩んでんだよ!わかるだろーが!」
品のない物言いに俺は反論したが、志水は余計に顔を顰める。
「何を悩む必要があるんだよ。今言った公式に値を突っ込めばいいだけだろうが。まさか算数できないとか言わないだろうな。そこまで馬鹿でよく高校に入れたな」
とんとんと先ほど俺の顔面を襲撃した数学の教科書を指で叩く志水。
「だぁっ!この問題はちゃんと解ってますぅー!俺は別件で悩んでるんだってば!」
放課後の現在、志水の部屋にて数学の勉強中だったりする。
数学の小テストで真っ赤な数字を取ってしまった俺は、特別課題を命じられた。でも、課題がすらすら解けるくらいならそもそも赤点なんて取らないわけで。その課題を志水に教えてもらっているわけである。
今解こうとしていた問題は二分前に志水に解説を受けたばかりで、流石の俺もちゃんと理解できているのだ。
しかし、俺の名誉のための主張に、志水はぎろりと目を光らせた。
「別件だぁ?お前が数学教えて欲しいって言うから付き合ってやってんのに……別件?」
「ぎゃー!痛いいたいいたいごめんなさいぃぃぃ!」
いつものアイアンクローをくらい、俺はラグに沈んだ。志水家はリッチなので、ラグもふかふかして気持ちがいい。俺は痛みをモフモフで癒そうとごろごろと転がった。
「で?その少ない脳みそで何を悩んでるって?」
「いや、それはちょっとぉ……」
先ほども考えていたが、志水には言いづらい。かと言って他に言う相手もいない。でもやっぱり言えない。ああでも……。
「ふーん。ならさっさと問題解け」
「ちょっ!もっと追及してくれてもいいんじゃないの!?」
俺はがばりと起き上がったが、すでに志水の視線はローテーブルの教科書に向かっている。
「ねぇねぇ!友達が悩んでるんだよ!気にしようよ!」
「そんなに聞いて欲しいんならさっさと言え」
「いやでも…」
「言うなら三秒以内。言わないなら今後俺の目の前で溜め息付いたら握り潰す。三、二……」
「俺イけなくなっちゃいましたぁー!」
慌てて俺が暴露すると、しばらく沈黙が落ちた。
「……」
「えーっと、ちょっと、待って」
何も言ってくれない志水に、俺は少しだけ慌てた。
四つん這いで元の位置に戻り、テーブルに広げられた教科書とノートを閉じて正座をし、志水に向きあう。
「だから、そのですね?なんてゆーの?オナニーをね、するじゃないですか、健康的な男として」
志水とこういった話をしたことはあまりないが、奴だって高校男子、オナニーくらいするだろう。
だけど志水があまりにも真顔でこっちをガン見してくるので、いたたまれなくて俯く。
「今までは、その、ちゃんとできてたんだけど、最近全然イけなくなって……」
ぼそぼそと俺は続けた。
これまでは週二回くらいしてたのに、チンコが爆発するんじゃないかと心配なくらい出してない。
ムラムラはする、触るとちゃんと勃つし、シコれば気持ちいい。なのに最後までイけないのだ。
実は昨夜もそうだった。こっそり買ったセクシーグラビアをおかずにしこしこ頑張ってみたのだが、いつまでたってもイけやしない。そして、困ったことにとある場所が疼くのだ。今までまったく気にしたこともなかったのに、性感が高まれば高まるほどきゅんきゅんと刺激を欲しがる排泄器官。
そう、尻の穴――しかもその奥が。
だけど流石に自分でそこを弄る勇気は湧かず、モヤモヤしたまま大声で唸り続けていたら隣の部屋の姉ちゃんにうるさいと怒鳴られて結局萎えた。
完全に、不完全燃焼。
「志水…俺、どしたらいいの……」
洗いざらい吐き出していくうちに、俺は情けなさに涙ぐんだ。
「これって、絶対、あの時のせいだよぉ……凛哉はとんでもないもの残していったよ…」
そう、原因は解かっていた。凛哉と致してしまったときに、後ろの快感を覚えこまされてしまったのだ。たった一回のことで……なんと恐ろしい。
「チンコが爆発する前に凛哉にお願いに行くべきかな、やっぱり……」
志水が何も言ってくれないので、俺は自分で考え抜いた意見を述べた。
「あぁん?」
黙りこんでいた志水がついに声を出した。ものすごく低い声を。
「何をお願いしに行くって?」
「えと、その、責任とってもらって俺の性欲処理を…して……もらおうかー……と」
俺は恐る恐る顔を上げて志水を伺った。声の調子からして怒っている様子だが、その怒り度がどれほどのものか表情で判断しよう。
「お前の頭はほんっと湧いてんなぁ……」
顰め面だ。般若顔まで行っていないからまだセーフだ。と、思いたかったが、また右手がぬっと伸びてきて、俺はひぇっと飛びのいた。また顔面を掴まれたら表情筋が死ぬ。志水の握力は強すぎるのだ。
しかし、予想に反し、志水の手は俺の腕を掴み、そのままぐいと横に引っ張られた。俺は再びラグの上にダイブし、志水がテーブルを越えて圧し掛かってきた。
「え?」
マウントポジションを取られた。顔面どころではない。今日は俺の命日かもしれない……!
「お前本当に馬鹿すぎて救い様がない。意味わかんねぇその思考回路。よくそのお粗末な脳みそで今まで生きてこれたな」
「あう…あぅ……」
酷い言われように反論したくとも、恐怖でべそべそとするしかできない。
「でもまぁ、今回は行動に移す前に言ってきたから良しとしようか」
「へ……ひょえええっ!?」
志水の言葉を理解するより先に、あられもない所に刺激を感じて俺は素っ頓狂な声を上げた。
「ちょ、ちょっと、志水!?志水さん!?そこデリケートゾーンなんですけどぉ!?」
「うるせぇな。抜いてもらいたいんだろ。してやるからじっとしてろ」
そう言いながら、志水の左手が俺の股間を絶妙な力加減で揉んでくる。
「え?な、なんで、あっ…!ちょ…なんて展開…っ」
戸惑いつつもたまっていた俺は刺激を享受してしまい、息子はあっさりと反応を示してしまった。驚愕よりも快感が勝ってしまい、抵抗らしい抵抗もできなかった。
先端へと撫で上げるように揉みこまれ、ズボン越しだというのにじわりと濡れるのがわかった。
「あぅ、はぁ…っ」
正直キモチイイ。そんでもって、やっぱりまた例の場所が疼く。
熱い息を吐きながら志水を見上げると、にやっと笑う顔にかち合った。なかなかにヒールっぽい。
「なんで…?」
「お前、ホントに学習能力ないな。凛哉に近付いたらまた泣かされるぞ」
確かに、さんざん泣いて、志水にも追い打ちのように怒られて、もう二度と近付かないって誓ったばかりである。
「だから代わりに俺がしてやるって言ってんの」
「な、なんという友情…!」
「…ちょっと黙ってろ」
志水は呆れた顔になったが、それでもちゃくちゃくと俺のズボンを脱がしにかかった。
これはありがたがっていいのだろうか。でも、志水に触られたり見られたりするのは恥ずかしい。でもでも、気持ちいいし、何よりイきたい。
「うぁっ…!」
葛藤をしている内に、俺の下半身は丸出しになっていた。染みの着いたパンツが隣に転がっている。替えのパンツ持ってないのに。
志水の手が直接俺のものを握りこんだ。ぬるりと滑るのは俺が出したもののせいだ。
そのままぐちゅぎちゅと強めに扱きあげられて、俺はひっと息を飲んだ。
「あっ、あぁ…!」
ジンと腰がしびれて堪らない。俺は両腕で顔を隠し、与えられる刺激に身悶えた。
「すげー先走り出てるけど、マジでイケねーのか?」
双球を揉んだり、括れを擦ったり、先端をくじってみたり。志水の手淫は自分でするよりも何倍も気持ちいい。でも、出せない。強い刺激を感じるたびに、後ろの穴がきゅんとひくつくのが自分でもわかった。
「あ…で、ない…無理、イきたいのにっ…も、志水ぅ…!」
「お前、たった一回でそこまで体作りかえられるってどうなんだよ」
上ずる俺の声とは対照的に、志水のトーンは一段低くなった。なんでだろう、すごい怒ってる。
「ごめんなさいぃぃ…」
腕の隙間から志水を伺い、とりあえず謝った。俺そんなに悪くないと思うんだけど、こういうときは謝るに限る。
ちっと舌打ちされたかと思うと、ぬめりを帯びた指が、疼いて仕方なかった場所についに触れた。
「あっ…そ、そこ…」
「ここ?どうしてほしいんだよ」
「ひ、ひど……」
なんという辱めだ。志水は不遜な顔で俺の言葉を待っている。意地が悪い。
徒にそこを撫でたり爪先で引っ掻いたりされ、もどかしさに体が震えた。
「あ、あ……」
赤くなったり青くなったりしながら逡巡していると、ふっと手が離れてしまった。えっと思いながら顔を向けると、志水が体を起こして離れていく。
「えっ、えっ…やだ、志水、してくれんじゃないの!?弄ってよぉ……」
ずっと鼻を啜りながら追いかけようとしたら、意外に志水はすぐに戻ってきた。その手に何やらボトルを持って。
追って起き上がりかけていた俺の肩をトンと押し、再びマウントを取られた。
「なにそれ…」
「ローション」
「ろーしょん……なんでそんなの持ってん…うわぁっ」
言葉の途中でぐいっと足を持ち上げられ、回答は得られなかった。
「ほら、自分で膝抱えてろ。弄ってほしいんだろ」
「うっ…うぅ…」
まさか友人の目の前でM字開脚する日が来るなんて。恥ずかしすぎるがそれ以上に期待があって、俺は言われた通りに両膝を抱えて秘所を志水の眼前に晒した。
志水がボトルのふたを開け、中身を手の平に押し出した。とろりとしたローションを温めるように手の平でこねる姿を眺めながら、俺はごくりと唾をのんだ。その様子がエロティックで、ドキドキと心臓が高鳴る。俺のものは萎えることなく蜜を零す始末だ。
「痛かったら言えよ」
その言葉と共に、つぷりと指が挿入された。
「あっ!」
待ち望んでいた刺激に、ぎゅうと指を締めつけてしまう。ローションのぬめりで痛みは全く感じない。
俺の様子から大丈夫と判断したのか、中を探るように律動が開始された。ぐちぐちと弄られて、ぞくんと背筋に快感が走る。
「ふんっ…あっあっ…んあっ…!志水、だめ、もぉ…っ」
びくん、と脚が突っ張り、俺は呆気なく精を放っていた。あんなにイけずにいたのに、前に触れずしてそこはぴゅるっと白濁を吐きだしていた。
「えっ!?」
志水が驚きに声を上げた。こんな志水は珍しいが、その反応をからかう余裕なんて俺にはない。
「ふはっ…はぁ…ん…はぁ…」
久しぶりの射精が気持ち良過ぎて、息を整えるので必死だった。しかし、まだスッキリとはしていない。俺の性器はまだまだエレクトしていて、賢者モードも訪れそうにない。
「志水、もっと…足りないよぉ…」
恥ずかしさなんてどこへやら。
「お前、どんだけやらしくなってんだよ…」
涙でうるんだ視界に映る志水が怒っているのか呆れているのかももう解からない。ただ、その目がすごく熱っぽいのは感じとれて、見つめられた先から肌がピリピリとする。
「んっあぁぁっ」
後ろを弄っていた指が一気に三本に増やされたが、そこは大した抵抗も見せず飲みこんだ。その衝撃に、また前からとろっと精液が漏れてしまう。そのままぐちゅっと奥の方を抉られるたび絶頂を感じて、俺は壊れた蛇口のように精液を漏らし続けた。
「あっ…あ、あん…きもちいいよぉ…!はぁ…あ、あ…も、またイくぅ…っ」
「早漏ってレベルじゃねぇなこれ」
「だ、だってぇぇ…あぅ、あ、あ…溜まってた…っひっ…あぁ…志水…っ」
そんな問題じゃないとわかっていつつも、俺は言い訳を零した。志水はふっと笑うだけだった。
何回イったか解からないくらい弄られ続け、気付けば夜もとっぷり更けていた。俺の下半身は自分が吐き出したものでどろどろに汚れ、ティッシュじゃ間に合わずに風呂を借りた。ついでにパンツとスウェットも借りた。
ほかほかお風呂で冷静になると、引きこもりたくなってしまうほどの恥ずかしさに襲われた。
スッキリするまで散々指で弄られた尻はジンジンとして違和感がある。そして俺は散々出したというのに、志水はシャツ一つ乱さないまま終わったのである。そのことがまた俺の羞恥を煽った。
「志水も服脱いでって言えば良かったのかな…でもって、俺も志水の抜いてやったりとかしてれば……」
志水と顔を合わせ辛い。だけど、いつまでも風呂場に籠ってるわけにもいかない。
脱衣所を後にした俺はリビングへ向かった。そろーっと中へと入ると、志水はキッチンでフライパンを振っていた。ソースのいい匂いがする。
「焼きそば食うか?」
目が合った瞬間訊ねられ、俺は反射的に頷いていた。
「え、あ、うん」
お腹はぺこぺこだし、志水の作る料理は美味いのだ。母親が帰って来ない日も多く、自炊が多いらしい。
「座ってろ」
そこ、と指されたテーブルに大人しく着いて、俺はそわそわと志水を待った。志水の反応は普段と変わりなく、俺だけが落ち着かない。
暫くすると、俺の前に皿に盛りつけられた焼きそばが置かれた。ものすごくおいしそう。
向かいに同じく焼きそばを持った志水が座る。
ちらり、と焼きそばから志水へ視線を移すと、すでに食べ始めている。
「食わねぇなら下げるぞ」
「たっ食べる!いただきます!」
俺はモヤモヤ感を誤魔化すように箸を取った。
「……!おいひぃ!カップ麺じゃない焼きそばめっちゃ久しぶりー!」
はふはふと頬張ると、野菜のシャキシャキ感とソースの香ばしさが堪らない。一気にテンションが上がった。
「うんまぁ~…俺もやし好き。なぁなぁ、志水知ってる?もやしって冷凍保存できるんだぜ!」
「そーかそーか」
「安いしさぁ…んぐ……最高の野菜だよな。あっでも、母ちゃん曰く最強はきのこらしいんだけど、なんでかな」
「一年中値段変わらないからじゃね?」
「へぇー。でもきのこって野菜って感じしなくない?きのこってジャンルを確立してる!」
「まあ、野菜じゃないしな」
「えっ!野菜じゃないの!?」
びっくりして志水を見れば、柔らかい笑みを浮かべていた。俺の好きなあの顔だ。
「菌だろ」
「へぇー…」
ほんわかして、恥ずかしい気持ちも気まずさもなんだか吹き飛んだ。といっても、焼きそばを食べ始めた時点ですでに恥ずかしさをすっかり忘れてしまってたんだけども。
ニコニコしながら残りの焼きそばを食べ終えると、あったかい緑茶が出てきた。なんて至れり尽くせり。
「お前、今日は泊まって行けよ」
ずずっとお茶を啜っていると、志水がそんなことを言いだした。
「えっ!いや、俺もう十分出し尽くしたし、もういいよ!」
俺はもう十二分に満足した。溜まってたぶん全部吐き出したし、お風呂でピカピカになったし、お腹もいっぱいだし。
志水の気遣いはありがたいけど、もう大丈夫!
そう思ってぶんぶん首を振ったら、グーで思い切り殴られた。
「痛い!」
「アホかこのボケ」
さっきまで優しかった志水の顔が怒り顔に変わってしまった。なんてこったい!
「お前課題全くできてないだろうが。それをやるんだよ」
「ふ、ふぁい…」
すっかり忘れてた。
「ちゃんと家に連絡しておけよ」
「ふぉい…」
結局その日は課題ができるまで寝ることは許されず、布団に入ったのは午前三時となったのだった。
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