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第5話

 雲行きが怪しくなっている。差していた光が少しずつ消え、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。さあさあと葉に当たる音が聞こえてくる。森の中はどこまでも鬱蒼としていてセナはすぐに自分がどこにいるのかわからなくなった。そのうち激しい雷鳴が轟き、恐怖で蹲った。雨は容赦なくセナの身体に打ち付け、呼吸をするのも苦しいほどだ。  ルカは精気を吸い取るためだけに自分を側に置いていた。わかっていた。わかっていたけれど。  優しく、時におどけるようにセナを見つめてくるあの紅玉の瞳に心が揺れ動いていた。抱かれることは恥ずかしくとも、今はそんなに嫌なことではない。むしろ求めてくれることの意味を誤解してしまうくらいにセナはルカを想っていた。でも、身代わり。ただの物。それがセナはとても哀しかった。この世のどこにも自分を必要としてくれる人がいない。その心もとなさに震えてしまう。ルカが自分のことを好きでいてくれたらいいのに。そうしたらルカと一緒にずっといられるのに。  また激しい雷が鳴り、近くの木に落ちたようだった。鼓膜が激しく震えて一瞬音が聞こえなくなった。セナは両手で耳を塞ぎ、強く目を閉じた。死んでしまいたい。もう、生きている意味がない。その時だった。 「セナ! 大丈夫か!」  ルカの大きな声がした。目を開けると心配そうに屈んで両手を伸ばしてくる。その手を払いのけてセナは叫んだ。 「もうこないで! 目の前から消えてよ!」 「セナ」 「僕なんて……僕なんて!」 「セナ、泣くな」  泣いているのがわかるはずがない。雨でずぶ濡れなのだから。セナは顔を上げて、首を振った。 「……村に送っていく。だからまずは戻ろう。な?」  背に手を回し抱きしめられて、セナは唇を震わせて大声で泣いた。 「少しは温まったか? ん?」  暖炉の前で毛布にくるまれ、セナはこくりと頷いた。隣りにいるルカの顔が見られない。薪がパチパチと音を立てて弾ける様をじっと見つめる。 「雨が止んだら、……村に帰ろう」  セナは力なく首を振った。 「もう、帰れないんだ」 「セナ?」 「僕は生贄だったんだ。雨乞いのための」 「……そうだったのか。けれど、もう雨は降っただろう。帰れるはずだ」 「僕に両親はいない。村の家を転々としている孤児だったんだ」 「セナ……」  膝を抱えてセナは浅く呼吸する。もうどこにも居場所はない。ここも出ていかなくてはならない。あまりにも居心地がよくて勘違いしてしまった。だが、所詮ここでもセナはただの物なのだ。  ルカは両の手のひらでセナの頬を包み込んだ。 「ならば……ここにいればよいではないか」  簡単に言ってくれる。気持ちも知らないで。セナは唇を噛んだ。 「……マリーさんの……身代わりなんでしょう?」 「セナ?」 「どうせ、精気を吸い取るためだけに置いてるんでしょう!」  ルカは驚いたように目を見開いた。それから鳥籠を一瞥する。エレナはひょい、と首をあちらに向けてしまった。 「……妬いているのか」 「違……」 「それなら」  ルカが覆い被さってくる。セナは後ろに倒れた。両手を絨毯に縫い付けられて、全裸の肌が粟立つ。唇を重ねるとセナはあっという間に身体をほんのりと赤く上気させた。その様を見てルカが忌々しげに舌打ちする。 「……私と契ることができるというのか?」 「……え」 「本当に……私と一生、いや、永遠に一緒にいることができるのか?」 「……ルカ」  セナは不思議そうにルカを見上げる。意味がわかっていないのだな、とルカは苦笑した。 「セナは思ったより私のことが好きだったのだな。だが、それ以上の好きではないのだから」  額を押し付けられて、セナは反射的に両目を閉じた。 「私はおまえと一緒にいたい。だが、そのためにはおまえが永遠の命を持たなければならない。その覚悟はないのだろう?」  ルカが……自分を。 「嘘……だってルカはマリーさんのことを」 「マリーを愛していた。だが、今はここにいるセナを愛おしいと思う」 「ルカ……」  身体を起こして、ルカはセナの髪をひと房持ち上げ、それに口付けた。 「私の伴侶になってくれないか。セナ。私はおまえの騎士となって全力でおまえを守ろう」  セナは青い瞳いっぱいに涙を溜めた。答えはもう決まっている。強く頷くとルカの首筋に両手を伸ばし、引き寄せ固く抱きしめた。

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