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13.怪しい人
「そこのお兄さん。…ちょっと、お兄さん。……おい!」
「……え、俺?」
学校帰り。道の途中に佇む、全身黒ずくめの男が1人。
誰に向かって呼びかけてるのかと思ったけど、どうやら俺の事を呼んでいたらしい。
「俺?じゃないですよ!周りを見なさい!アナタの他に誰もいないでしょう!」
「………」
…なんかキレてるし…。
振り向かなければ良かった。どこからどう見ても怪しい男。黒のスーツに黒のタートルネック。ゴツイ黒のハイカットスニーカー。
変態だ。全身真っ黒クロスケの変態さんがいる。醸し出すオーラさえ黒い。
周りを見渡せば、確かに俺以外誰もいない。これって、ここで俺に何かあっても目撃者ゼロで未解決事件行きになるって事だよな?
顔だけ見れば、きれいなアーモンドアイで(今はなぜか恨みがましく半眼になってるけど)なかなか整った容貌をしているのに。
勿体ない。これは勿体ない。というか残念。俺と同じくらいの年齢に見えるけど、どうしてこの人はこうなっちゃったんだろう。
「…その妙にムカツク憐れみの眼差しはやめなさい」
あー、俺の眼差しの中にあるものを読みとれるくらいには鈍くないわけね。
「俺になんの用ですかー」
そう聞いたら、ちょいちょいと手招きされた。その手招きが悪霊の手招きに見えたのは何故だ。
どことなく薄ら寒いものを感じながらも好奇心には勝てず、細心の注意を払って相手の目の前まで近づいた。
近づいて見ると、身長はほとんど俺と変わらない事がわかった。いや、わずかにこの人の方が高いか?髪型も、サラ艶な黒髪を結構いい感じに格好良くしてる。
まじまじと遠慮なくその顔を眺めていたら、どこから取り出したのか、突然目の前にトランプのようなカードの束を突きつけられた。
「…なにこのトランプ」
「トランプじゃない。タロットカードです」
「タロットカード?」
うわ…、やばい。本当に怪しい人かも…。
胡乱な眼差しを向けながら一歩後退る。
すると同じ距離だけ、ずずいっとタロットカードも突き出される。
なにこれ。なんなの?
顔が引き攣る。久し振りに本気で訳のわからない人種に出会ってしまった。
「この中から一枚好きなカードを抜き取って下さい」
「………なんで」
「いいから」
「イヤだよ」
「いいから!」
「だからイヤだって!」
「………」
「………」
なんで怒るんだよ。逆ギレってタチが悪い。
眠そうな半眼で上目遣いに睨まれると、今にも呪いがかかりそうで怖い。
「…わかったよ。一枚選べばいいんだろ…」
根気負けしたのは俺の方だった。
溜息を吐きながら、カードの束から適当に一枚抜き取る。黒い兄ちゃんが手を差し出してきたから、引き抜いたカードを渡してやった。
満足そうにカードを見ながら薄い唇を笑みを形に引き上げている。ニヤリという擬音が聞こえてきそうな黒い微笑み。
しばらくそのカードを眺めていた黒い兄ちゃんは、一言「なるほど」と呟いた後、ようやく俺を見た。
「8番。剛毅。逆位置」
「は?」
「キミのそのどうでもいいという無気力さのせいで、強引な性格の人に無理やり押し切られるだろう。もしくは最近そんな目に合った」
「………」
…脳裏に苓ちゃんとか槇さんとか橘さんの顔が浮かびましたけど…。
「もう一枚選んで下さい」
今度は抵抗する気も失せ、言われるがままにもう一枚を抜き取ってクロちゃんに渡した(今からこの兄ちゃんはクロちゃんに決定)。
またしても不敵に笑むその顔。今度は何。
「9番。隠者。正位置」
「………」
「思慮分別のある人物との出会い。その人物が与えるアドバイスに耳を傾ければ、キミの未来は光に向かうだろう」
「…これから出会うわけ?その人物っていうのは」
疲れてきてぞんざいな口調になっても、クロちゃんは気にならないみたいで妙に嬉しそう。
いったいどうした。
「何を言ってるんですか。思慮分別ある人物とは僕の事でしょう。良かったですね」
「………」
とりあえず何も聞かなかった事にして歩き出した俺。
後ろの方でクロちゃんが、まるでどこかの呪術師のように不気味に手を振っていた。
その唇が「またお会いしましょう」と動いていたとかいないとか…。
たぶんあれだ。昨夜の寝不足がたたって寝ぼけてるんだ、きっと。今日はこのまま家に帰って早く寝よう。うん、そうしよう。
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